子供のスポーツ障害を真剣に考える。

子供のスポーツ障害を真剣に考える。

桜が咲き、春になり、夏が来て秋が来て、冬になり、また春がやって来る。そして一年経ち、また桜が咲いた。

先月三月は人生で最も悲しい連絡が幾つも舞い込んだ。何も出来なかった、してあげる事が出来なかった事の後悔の念に押し潰された。

親なら子供に、知人友人なら後輩に、会社なら部下に先人として教え伝え、そして世の中と言うものは前進するものだと信じたいた。だが、身近な人の声に耳を傾けず、裏切っている自覚も無く、自分自身で勝手に答えを出し押し進む悲しい世の中にいつのまにかなってしまった。

子供の新患が毎週何人もやって来る。痛みさえ取れれば、蹴って走って投げれれば、本当にそれだけで良いのかを、お母さんと膝をつけ合わせて毎回一緒に考える。 痛みとは何なのかを、それらを治す過程が重要だと言う事を、真剣に説明する。

大人は勝手に好きな事にドハマりし、没頭する。 大人の嗜みと言う言葉を完全に忘れた、駄目な大人。 子供がそんな事をしたらどうなるかなど、まるで頭に無い大人。 ただやりたい事と出来る事だけやる人間になってしまう。 そうならぬよう、全力で仕事を、人生を歩んでいきたいと改めて思う今年の春である。