メイン

熱く伝えたい!! アーカイブ

2012年03月25日

アスリートサポートプログラム再募集!!

120325a.jpg

前回募集から丸四年。 再度、真剣にスポーツに取り組んでいる若い選手のサポートを開始致します。


18歳以上で競技種目は問いません。今後、各種競技会等での宣伝広告に効果協力をできる方。 その上で本人の目標とヤル気に応じてサポートランクを決定いたします。

治療・ケア、トレーニングのサポートから、ウェアーやシューズ、ハートレートモニター、ドリンク・サプリメント等のサポートを中心に行います。(サポート率は契約内容により異なります。)

募集人数は若干名。 随時募集いたします。  


応募方法:応募希望の方は13時~14時(当院昼休み)の間に電話にてご連絡下さい。まず「アスリートサポートプログラム希望」の旨を伝え、住所・氏名・年齢・職業(具体的に)・電話番号・即時連絡のつくメールアドレス・競技種目・簡単な自己PRをお伝え下さい。 

選考の上、後日此方からご連絡差し上げます。


ライバルは常に先へ進んでいます。 本気で真剣に競技を考えている方、此方も本気でサポート致します。 我々も新たな一歩のお手伝いを出来る限り致しましょう!

2011年09月18日

努力と我慢は一セット

110918a.jpg

最近身の回りで諸々アンラッキーが続いております。 隕石でも降ってくるような天災ならいざ知らず、基本殆どが人のせい。 そう言うのは人災とは言わんだろうが。

不運な事に出くわしてしまった場合、選択肢は二つ。 立ち向かい乗り越えるか、避けて逃げて通るか。

避けて逃げて通ればその後の答えは一つ。 また幾度となく同じ事を繰り返す。 確かに残念な選択肢だが、更に残念な選択肢がある。 それは、もう一つの立ち向かい乗り越えるパターン。 その中でも立ち向かう手法を勘違いしている人間だ。

自分は努力している、我慢している、頑張っていると言うが、根本的に間違えているパターン。 

我慢と努力。 そもそも我慢は他人に言われてするものでは無く、自ら進んで行うもの。 金が無いから、時間が無いから我慢すると言う事は、金と時間があればやると言う事。 それは我慢で無くてやれないだけ。 患者も一言二言話せばすぐ分かる。 むしろ電話の問い合わせで一言で完璧に。 時間が無いから場所だけ、値段だけ教えろなどとは、自分のやりたい事だけ最優先人間。 コリャ、来ようが来まいが治らん。

努力だってそうだ。 その努力だって自分が単純にやりたい事ではないか!? やりたい事は子供だって出来る。 やりたい事も頑張れなきゃ、子供以下だ。 だから子供時代に学校で、人の嫌がる事を進んでしましょうとか、食べ物好き嫌いなくしましょうと習う。 コレが真の勉強。 それを『ウチの子はとってもスポーツ頑張ってるのよ』とか、『嫌いなものを進んで食べる必要は無いとテレビで言ってたのよ!』と親が言う。 勉強・学習が完全ゼロ。 俺なんか親に抑え込まれて口に押し込まれたって死んじゃいねぇし。 
アレもコレも、しかも短期間で努力してます頑張ってますと言うのでは、既に結果が出ているようなものだ。

前進への答えはただ一つ。 やりたい事を自ら我慢し、やりたくない事順に行い、それらを何があろうともやり遂げる強い意志を持つ事。  辛い時こそ自分の信念を曲げてはならぬ。 まずその信念を欲と切り離し見つける努力をしようではないか。 努力と我慢は一セットと言う事を決して忘れずに。

2011年08月04日

保険診療が子供の将来をダメにする...

冒頭から過激な文句だが、特にスポーツをする子供達にもっとも “悪” なのが、昨今巷で行われている保険診療なのである。


昨年より当院も保険適応を開始したから声を大にして言うが、なかなか良くならない、向上、発展・発育に大きくブレーキをかけている状態でやって来る小学生、中学生のほぼすべてが接骨院からの転院である。

では何故そのような事が数多く現状として存在しているのか!?  それには保険診療・適応の法的な事が大きく関係している。

そもそも我々が言うところの保険診療は急性疾患のみなのである。 詳しくは 厚生労働省(http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/jyuudou/) のホームページで確認してもらいたいが、骨折、脱臼、打撲及び捻挫(肉ばなれ含む)のみであり、いわゆる単なる肩こり、腰痛などに対する施術は保険の対象外なのである。 しかも基本、治療で行って良い行為は、電気と温熱とアイシングのみなのだ。


では町の接骨院へ通うお年寄り達は皆、骨折、脱臼、打撲なのだろうか?! そんな事ぁ~無いだろう。 会社帰りのサラリーマンやOL達はではどうか? ずっと関節や筋肉が痛い、辛い、不調な慢性は保険を使う時点で違法なのである。 ちょっと痛いのを何でも急性と偽り保険に放り込み、気持ち良くして毎日ダラダラ来させなければ商売にならないのだからであろう。


真面目にやっている接骨院、柔道整復師も小生の知人には数多くいるが、意味無くサービスマッサージで客寄せ治療を行っている者のせいで、真面目にやっている者までも自分で自分の首を絞めるが如く、毎年の規制改正で自らの仕事の幅を狭めてしまっているのである。


治療側の内情はさておき、そんな粗雑な粗悪な治療を当たり前のように受けてしまっている患者側は、当然治療・医療に対しての意識は下がってしまう。  昨今、何でも安く簡単に手に入ると思い込んでしまっている現代、医療もまた安近短で手に入るものだと勘違いし、ノリや安売りだけでの駅前治療院を渡り歩いてしまうのである。

子供は所詮子供。 それを大人が安直に良さそうだと思ったところを単純に渡り歩くのでは無く、何故治らないのか、その本質を真剣に考えなければ治癒は勿論、これから成長していく身体を発育的にもスポーツを悔い無く全力で行う事も、将来的に大きくブレーキをかけてしまうのだ。


¥500、¥600を週に何度も行くのであれば、週に一回¥2000、¥3000の質の高い治療を受けるべきである。 決して安さに惹かれて保険診療を受けるべきでは無い。

金と将来、選ぶのは大人である。

2011年07月16日

ストレスティーチングダイエット、スタート1ヶ月目

先月より希望既存患者向けにスタートしたダイエット企画。 そろそろスタート一ヶ月を過ぎた患者の初回カウンセリング。 昨日も数名の患者と個人面談。

三か月の間、毎週一週間ごとに目標体重設定を計算・設定しています。 それを専用トレーニングシートのダイアリーへの記入と、一覧をメールで本人へ送信と。 

今現在、初回カウンセリング者全員、恐ろしいぐらいキッチリ予測計画通り推移して減量しているんですわ。 グラムの誤差ぐらいで。

オリンピックで金メダルって言うのは流石にハードル高いが、痛い悪い、動く気が無い患者の指導は、どうにもこうにも後は本人次第。  基本健康、運動する気バリバリのスポーツ選手は、メダル以外、案外気が楽。  まぁ、どちらにせよ本人次第って事にはかわりは無いのだが。 記述や知識では無い、一番重要なその “心” 、魂を伝え、理解させてこそ真の治療家なのだ。


肩こり慰安マッサージ専門インチキ保険診療治療院との、人間として男として、治療家として雲泥の質の違いを今このご時世だからこそ、見せ付けてやろうではないか! コレを読んでる同業者諸君達よ!!

2011年05月13日

続・仕事の流儀 生き方

110513a.jpg

昨日のブログ、書いて若干後悔もするが、嘘でも無く真実事実であるので良いであろうという結論で。

今までも敢えて隠しも、もちろん自慢もしてはいない事。 過去数名の患者に話しの流れで言った事もある。 だが昨今、小生の考え、生き方と真逆と思われる輩が同業に溢れ、苛立ちと怒りを覚える場面にしばしば出会う。 しかも上辺な粗雑な治療をする者を見抜けぬ患者が多い事を嘆く。

19、20歳が訳も分からず学校で勉強や資格取得をするならまだ分かるが、20代後半、30、40代になって是からの為に、仕事の為、将来の為、自分の為に資格を取って、さも自分は凄いんです的な自分中心の人間に、全身全霊を困り果ててやってくる患者に向けて取り組めるとは思わない。 出来ぬ事実に気が付かぬ、いや、自分は取り組んでいると思い込んでる者すらいるぐらいだ。

取得資格をズラズラ書き、患者の声などと言う物を書いてみたり、酷いと患者や知り合いの有名選手を広告告知に利用してみたり。 全部が全部、自分以外の存在でしか自己表現、アピール出来ぬ人間のオンパレードな世の中になってしまってきている。 最近めっきりテンション下がってしまったツイッター内の人間なんかは、そんな人間の巣窟状態である。

どうすれば患者が増えるのかを3日も4日も考えるのか、治りが悪い患者の事を1週間も2週間も頭の中全部で考えるのか。 小生の周りにはスタッフはもちろん、同業の知人友人は後者の人間しかいない。 悩み、苦悩し、葛藤し、そこで初めて真の “学び” が生まれる。 本や講義にすぐ手を出す人間には決して手に入れる事の出来ぬ勉強を。


前職も含め、過去仕事柄何十人ものプロ選手、オリンピック選手と出逢い、古い話だが昔の歌番組によく出ていた某歌手が身内に居たりもする。 患者との会話ではジョークも含めネタで時折話すが、それと広告客寄せとは別物。 まぁそれでもイチローでもやって来たら肩組んで写真撮って引き伸ばして表に貼るかも知れんケドね。  相変わらず面白くないな、小生のネタは。

2011年05月12日

仕事の流儀 人と向き合うと言う事

110512a.jpg

毎日不快なブログを書いているが、たいして誰も読んではいないだろうから今回は少し自分の事を。


高校を卒業し、少々事情があり自宅から電車で2時間半ほど離れた、東京の反対側にある祖父母の近隣にある某体育系学校に通う事になった。

当時小生が勝手に思い描いた学校、授業の内容とは大きくかけ離れたレベルの低いものであった。

少々腐りながらも授業を受け、学校にもだいぶ慣れてきた6月の、今でも鮮明に記憶に留まっている日曜日の父の日の出来事であった。

少々風はあったが非常に温かいその日、バイクで少し足をのばし神奈川は茅ヶ崎の防波堤の上から海を眺めていた時の事、寝転んだ防波堤から2、3メーター下の波打ち際から小さな女の子の声で「助けてー」と言う言葉が聞こえてきた。 慌てて下を覗き込むと年下の男の子(後に分かったが5歳の女の子と3歳の弟であった)を抱えた女の子が足元をすくわれたように波打ち際からほんの数メーター流されていた。

小生が驚いている間に父親らしき男性が岸から走り込んで、二人を抱え込み事なきを得たように思われた。 しかし天気は良かったのだが風の影響もあってか沖からの波と岸から返る波、そして防波堤からと見た目以上に水面下では渦を巻くような状況になっていた。 三人はみるみる沖に流され始め、何も考えず気が付いたら小生はジーンズを脱ぎ、パンツ一枚でその海に飛び込んでいた。

あまりにも突然の出来事で、正直記憶がどこまで正確か自信など全く無いが、たしか男の子だけを受け取り、無我夢中で岸に向かって泳いだ。

スイミングに通っていた友達には敵わなかったが、それでも小中学と水泳は学校で1、2位を争い、泳ぎには正直自信があった。 しかし特別水難救助を学んだ訳でも無く、その波に体力だけでは打ち勝てず小生もどんどん沖へ沖へと流されていった。

これ以上は武勇伝を書いている訳では無いので割愛するが、しこたま水は飲んだが何とか子供を抱え岸まで辿り着いた。

暫くして大勢に抱えられて父親が岸まで連れて来られたがその意識は無く、今すぐにでも蘇生術が必要な状況であった。 『誰か人工呼吸出来る奴は居ないのかー!!』と大きな声が飛んだ。 海開きにはまだ程遠いその時期、海辺にはライフガードなどは当然いない。 実はそのひと月ほど前に学校で人工呼吸、心臓マッサージの授業を受けていた。 しかしまだ18歳の自分には人の命を前に頭が真っ白になり、気道確保と体位変換しか出来なかった。

暫くし救急車が到着し、事情聴取先の茅ヶ崎署でそのお父さんの訃報を耳にした。


腐りながらも誰よりも勉強が出来る、暗記し点数が取れると思い込んでいた自分を一生辱、後悔をする。 使えない知識・勉強など一生しないと。

資格取得に躍起になっている知人もいたが、資格を取る為の勉強など、ましてや資格を取って働こうなどとはまるで思わない。 そもそも資格とは働き、作業に当たり、現場で必要になった時に取得するもの。 是から自分が何処へ向かい、何をしたいのかも見えて気もせず先ず資格ありきは本末転倒である。


サッカーやジョギング、自転車など、この数年で日本でも一気に市民スポーツが広がりを見せた。 それに伴い小学生から70歳過ぎまで、スポーツ愛好家の患者も以前にも増して増えてきた。 しかし、熱心すぎる程スポーツに打ちこむ患者に少々変化が表れ始めている。

時間をかけその患者達の話しを聞くと、非常に最新のトレーニングを取り入れていると言うのだ。 しかもその指導者を聞くと、皆30歳中盤~40歳前半のトレーナー達。 20代30代と熱心にお勉強、研究していたのだろう。 それがある年齢を迎え、独立をしたのであろう。 医療でも研究と臨床の専門家は違う。 ある著名な医師の先生が、医学部の学生が全員医師になっては困る。研究して下さる方がいるからこそ、我々は臨床で患者と向き合えるのだと言っていた。

お勉強した知識で指導に当たってしまう。 元気な若者、スポーツ選手になら問題は無い。その知識を単純にスケール、レベルダウンして一般人にもっともらしく語ってしまうところに問題が発生してしまう。 耳や目が遠い、足腰が弱いお年寄りに最新の車や携帯電話を渡すのか? もしくは単純にスペックダウンした物を与えるのか?!

スポーツ選手に競技別の特性があるように、子供や年配者、一般人には一般人向けのセオリーがある。 商売の為に自分の専門分野、身の丈を超えたものまで請け負おうとしてしまっているのである。


数年前にNHKの番組で、長野県にある佐久病院を題材に、其処を訪れる医学部の学生達を通して地域医療について、医師に必要なものとは何なのかをやっていた。

医師として人として本当に必要なものを伝えようとする熱心な医師の気持ちは、残念ながらほんの数パーセントの学生にしか伝わる事は無い。 その殆どが最新を学ぶのが先だと言って、都心の大学病院へとインターン先を決めていくのだ。

確かに最新の医療は努力をし、取り入れなければならない。 しかしそれよりも何よりも先に患者と向きあう大切さを学ばなければならない。 検査検査ばかりの治療になり結果、検査に出ぬモノは見落とされてしまう。 本当に困っている人を誰が受け止めるのだろうか。


資格や肩書に惹かれるのであれば、どうぞそういう処へ行くがよい。 資格取得に時間を費やしたいのであれば、どうぞそうしてくれ。 小生はその時間の多くを患者の為に使う時間にしたい。 答えは本の中から出るのでは無い。 患者の中から出るものなのだ。

本と向き合うのでは無く、人と患者と向き合って生きていきたい。

2011年04月13日

医師になんてならなくて...

110413a.jpg

一昨日、人生の中で最も心の底から尊敬し、敬愛していた医師であるK先生が急逝されました。 まだまだこれからという50代の若さで。

僕はまだ1%も先生から学んではいません。 そしてまた、お世話になった分の1%も返してはいません。 

誰よりも真剣に患者と向き合い、時に厳しく、そして優しく診察する姿は永遠の目標です。 しかも永遠に手の届かない目標になってしまいました。

きっとどの医師の方もそうなのでしょうが、自分の身と心を削って他人への健康・人生へ全力で力を注ぎこむ。 それがお仕事なのでしょう。

そして多くの苦労と悲しみを乗り越えて、患者と共に前進するお仕事。 受け身なアップデートでは患者の悲しみ、苦しさを受け止める事は決して出来ぬのだと。

僕には医師の方の様に、人の死や悲しみを受け止める心の強さも資格も持ち合わせていないのだと改めて感じます。

なりたくても医師になる頭も持ち合わせてはいませんが、それらを乗り越えて患者と日々向き合っている医師の方々に尊敬と感謝をします。

世の中でもっとも尊い人命と言う最前線の現場で働かれている皆様、安易に我々などが到達できないご職業に尊敬をはらうとともに、くれぐれもご自愛ください。 そして永眠されましたK先生のご冥福をお祈りいたします。


麻生スポーツ理学センター
施設長  大友 邦男

2011年03月20日

明日21日は全額東日本大震災義援金へ

110320a.jpg

患者様に今回震災に遭われたご身内の方をお持ちの方が多くいらっしゃいます。心よりお悔やみ申し上げます。


今我々に出来る事、しなければいけない事、してはいけない事を日々日記に書いておりますが、当院として出来る事として休診日の明日特別診療を行い、全額を東日本大震災義援金として送りたいと思います。

今回ばかりは癒しマッサージでも何でもやらせてください。


院長が一人ですべて手だけで30分¥2,000-で治療いたします。1時間ご希望の方、応相談。
一人で診る都合上、検査等の問題で新規外来は基本お受け出来かねますが、こちらもご相談ください。

営業は午前10時より午後3時まで。2Fラボ利用も可能、その料金も全額寄付いたします。

院長私ひとりで診る都合上、時間等ご迷惑をかけるかもしれませんがご了承ください。
経営者としてスタッフ君達を消耗させる訳にはいきません。彼らには痛くて困ってやって来る方の為に、健康で円滑な世の中の為に、また翌日から全力で仕事をしてもらいます。それが一番の社会貢献なのですから。


治療で無くてもお近くまでお越しの方、是非募金の為だけでもお立ち寄りください。 ガソリン、電車賃もかかるとは思いますが、それも是非協力と思って頂ければ幸いです。

お電話、ご協力心よりお待ち致しております。


院長 大友

2011年03月17日

その行列が被災者の足を引っ張る

110317.jpg

まだまだ混乱の日々を過ごされている方も多いと思われます。

しかしこういう時だからこそ常識的な、いや、常識以上の行動をとれるかどうかで人間の価値と言うのが出るのではないか!?

普段どんなに偉そうな事、もっともらしい事、自分は正しいと言ってる事が真実か虚偽
かが明白になる。

殆んど災害の無い東京で今一番言われている事、それは無駄に買い集める行列だ。

必要なものを買う。それ自体は悪くは無い。 しかしその心の中に、『今買わねば』とか、『無くなったら困るから』というあるのではないか!?

他人が並んでいるから自分も並ぶ。 問題外で低レベルな人間の思考だ。

米でも水でもガソリンでも、買いに行って行列であったら、『自分は切迫していないのだから又にしよう』と全員が思えば行列など出来ぬ筈。 たとえ電車が動いていなくとも、こういう時だからこそ車で送りぬ迎えを出さない。

是こそが、水も公共交通機関も遮断されて無い我々が、今被災された方々に最低限出来る、最低限しなければならない支援ではないだろうか!?

一日も早い、円滑でスムーズな世の中に戻す為に一人一人が最大の努力をしなければならない。 今自分に出来る使命。

行列に並ぶ人間を見るたびに、悲しい思いになるのは小生だけなのだろうか...

2011年03月15日

品薄、ガソリン、道路混雑に怒りを感じる!

110315a.jpg

災害地で被災された方々にお悔やみ申し上げます。

幸い被害の少なかった都内でも、昨日は混乱の一日となりました。 停電等、もう暫くこの混乱は続くと思われます。 昨日は休診日だった事も有り、所用で院周辺地域に居ましたが道路やスーパー、ガソリンスタンドは大混雑。 その混雑は災害とは関係無い地域までも広がりつつあるようです。

その事はツイッターやネットでも問題として、下記の様にもの凄く取り上げられています。

“都内で買いだめが多発しています。料理など作れずコンビニやスーパーの食料に頼っていたお年寄りが買えずに困っています。東京は無事です。必要な分だけの買い物をしてください。お年寄りに食料が回らないのは立派な二次災害です。自ら災害を起こさないように! ”

その通りです! ガソリンだってそう、人間には二本の足が有るのです! 地震当日の大混雑で車より歩いた方が早いと分かっているではないですか! その一人一人の粗雑な意識、行動が更なる渋滞を招き、必要な物資の遅延を招き、自らが商品の品薄を生んでいるのです。 

困っているのでは無く、アナタが困った事を生んでいるのです!!

普段から歩いてでも自転車でも独りで行ける距離を、甘やかして車で送り迎えという普段からの低意識が招いた混乱なのです!!

我々が被災された方々に一番出来る事。 それは節度ある行動を取る事なのです! 買占め行列に並んでいる身内がいたらシッカリ叱ろう!! 

誇りはスポーツだけで表現できるものでは無い! 今こそ世界に誇れる、本当の日本人になろうではないか!!!

2011年02月19日

独立新規開業求人募集

110219a.jpg

学生君は就活真っ只中で、今春採用者はそろそろテンション上げて学生気分追い出す季節。 いつまでも卒業旅行に浮かれてる場合じゃ無い。

土日も診療している小生は、今週を締めくくるにはまだ早いのだが患者、診療以外の問い合わせが相変わらず今週も多かった。 この時期は毎年同じなのだが。

旧友も一人尋ねてきたりで、逆に此方の方が刺激を受けたり実のある一週間であった。

以前この手の事は、これも出会いだと思って全員に会う努力をしていたが、まぁ得てしてその手の想いは届かず単なる相手の欲を埋める時間を提供しただけに終わる。 結果現在は数人に一人。 それでも去年はほぼ全滅で裏切られた。 唯一違かったのは、現在居る男性スタッフ君。 求人していないのに雇って欲しいと。 

当然縁が有るうちは全力でサポートするのが小生の主義。スタッフであっても友人知人であっても、無論それが患者であっても。 しかしその縁を先方から切った場合はその範囲では無い。
多分それはどんな人の縁であっても同じだろう。 恋愛だって本当に何が一番大切かを考えるのが大人であり、好き嫌い、好みだタイプだ合う合わないだでは子供の恋愛。 お互いがお互いにとって本当に一番必要で大切な事は何かを考えるから、真の人間関係が生まれるのだと思う。 それが相手の事では無く自分の事ばかり中心で考える人間だから、恋愛も仕事もすべてを語り合える友人も、勿論良い先生にも出会う事が出来ぬのだ。


小生が昔からこれだけは絶対他人に負けないと自負している事が有る。  それは“最後の最後で誰が一番裏切らないかと言ったら、俺だという自信がある”と言う事。 

自分がどんなに真面目に誠実に努力しても、世の中それを理解しようとせず、自己利益を優先し相手の気持ちを踏みにじる輩が多く居る。 悲しいかな小生の身の回り、同業者にも多く居る。
小生から裏切る事は決して無い。 知らず知らずに裏切る側に廻らぬよう気をつけなければならない。 

2010年11月30日

科学的根拠に基づいた医療“EBM”

101130a.jpg

まだまだ不景気予断を許さぬ昨今。 ここまでを予見した訳では無いが、今までとは違う時代がやって来ると、自分自身の新たなステップも含め2年半ほど前に治療の方向・専門性、屋号変更を行った。 当時は周りからは賛否両論、否の方が多かったが大きな賭けではあった。 そもそも其れは更にさかのぼる事2年弱ほど前、もう今から4年以上も前からスタッフ全員で話し合い、始めたものであった。

最近の景気の悪さに耐えきれぬせいか、大・中小企業、業種問わず試行錯誤が明らかにうかがえる商売を多く目にする。

勉強になり感心するものをあるが、明らかに一本スジを外してしまっているものも多く見受けられる。

よく「ビジョンを持って」と言うが、それは自分がやりたい “欲” とはまるで違うものだと会社員時代に上司・先輩に叩き込まれた。 どうもそれが良く分かっていない者が、スジを外れているように思える。

治療や医療において重要なのは“科学的根拠に基づいた医療(evidence-based medicine)” に常に留意して取り組まなければならないという事。 占いや呪いでは無いのだから、自分達しか理解できない根拠では駄目なのだ。 この辺りの論理的推論は経験の少ない者、若い学生は理解を間違っている事が多いが、まぁ未熟と言う事で見逃してあげたいと思う。

問題はそれを尤もらしく唱え、時としてそれを商売としてしまう事。 コレはマズイ。

例えば風邪ひとつとっても、過去小生も徒手療法の勉強で風邪に効果的なものを幾つか学んだ。 会社を辞め、開院すると決めた当時、数名の先輩に『風邪の治療はどのくらい効果的か?!』と同じ質問を投げかけた。 

全員妻帯者で子供が居た。 例えば夜、自分の子供が風邪っぽかったとする。その時治療を行い、翌朝改善していればそれでお終いだが、良くなっていなければ内科へ連れて行くと言う。 独身でもちろん子供もいない小生にはイメージが湧かなかったのだが、ズバリその確率はどのくらいかと質問したところ、全員口を揃えて『五分五分ダ』と言っていた。  さすがに当たるも八卦、当たらぬも八卦的な五分五分治療では金は取れんと思い、今でも広告や看板に大きくうたう様な事はしない。

しかしそれが最近では、病院・医師が治せないものを、さも当院なら治せる的な、前述の科学的根拠に基づいていない事を大々的に商売の武器にしてしまっている輩が多い。

お願いだから、藁をもすがる人を騙すような事だけはしないで欲しいと、心の底から願うだけである。

2010年07月10日

不正保険診療にもの申す

100710a.jpg

当院も今月より保険診療を始めたが、準備をしている過程で保険適応・診療に対して多くの疑問、矛盾を覚えた。

現在来院された全ての患者に、口頭で保険適応の説明と同時にその仕組みについても詳しく話をしている。 

お金、しかも身体にかかわる事を正確に理解せずして、世の中何について理解を深める必要性があるのだろう。

先日も書いたが我々の保険適応は急性疾患のみである。 にもかかわらず慢性腰痛や肩こりに無理矢理急性疾患名を付け保険診療をする。 患者は安く、施術側は一円でも多くと、お互いの利害関係が一致し不条理を黙殺する。 泥棒の仲間での分け前と同じじゃネーか!と小生は昔から言う。

医療にグレーな部分などあってはならぬ。 それは税金、政治でも同じだ。 皆が皆でズルイ事をしてはいけないと小学生でもわかる話が、なぜ大人が出来ぬ?!

情報が多い世の中だからこそ、透明性を持って生きようではないか!

2010年07月01日

保険診療はじまります

100701a.jpg

本日7月1日より、当麻生スポーツ理学センターに於きまして、保険診療を開始致します。

法規上、保険診療は打撲・ねん挫等の急性疾患のみ。 慢性的な痛み、肩こりは不適応。 治療できる部位(箇所)も1、ないし2部位に基本限定させて頂きます。


新規保険外来
(打撲•捻挫等、急性疾患の方。)※保険適応は急性疾患のみ。治療部位は1、ないし2部位に限ります。


新規慢性疼痛外来(従来通りの科目です)
(長引く腰痛、肩凝り、各種スポーツ障害の方。多関節•多部位に渡り診察、治療させて頂きます。)※保険証は必要ございません。

金額例:保険自己負担3割の方、初診¥630-、2回目¥260-、3回目以降¥180-

その他、詳しくはスタッフまでお尋ねください。

2010年06月15日

頑張れニッポン!みんな頑張れ!!

100615a.jpg

サッカー日本代表おめでとう! 夕べは多くの人が深夜までTVにカブリ付いていた事でしょう。 サッカー少年では無かった小生も、流石に夕べは観ましたよ。

観ると負ける的なジンクスってあるじゃないですか? だから夕べは真逆で深夜目ん玉見開いて本気で観てみました。(笑)

そもそもスポーツは殺し合いじゃないんだから、結果全てじゃ無く、選手たちが今まで努力した集大成を温かく見守って応援しましょうよ。 生きるか死ぬかなんて言ってるモノはスポーツじゃ無くて、単なる野蛮な勝負事。博打やギャンブルですわ。 麻雀やパチンコはスポーツじゃ無いだろって事。

正々堂々、親兄弟・お天道様に正面切って生きていく男気も無い者は、そもそも男じゃ無い訳だ。 って事は、人間邪道であれ王道・正当であれ、男であれ女であれ、結果勝負では無く、過程の努力にその真価を問うべきではなかろうか。

帳尻合わせりゃイイ、金額出りゃイイ、責任取ればいい、辞めればいいなんて、どっかの政治家がとる行動と同じだわ。当人にであれ周りの人間であれ、選手であれサポーターであれ、皆で真の日本人になって応援する、される人間になろうではないか!!

努力は皆で評価し、苦労苦悩は皆で分かち合い、一人は皆の為、皆は一人の為に前に進もう。

2010年06月08日

完全完璧テニスエルボーリハ

100608a.jpg

まだまだ不景気な昨今、いつにもまして患者さんからのご紹介には頭が上がりません。

プロロードレーサーの子が活躍すると、一気に自転車が趣味だと言う患者が増え、ジョギング、ランニング繋がりで知人友人お友達が来たり、この半年はテニス繋がりの患者さんが大挙。 何十人も。

皆さん大人なお姉さま方。殆ど全ての方が長く患い、今まで何軒もの病院・治療院を渡り歩いていらっしゃる。 当然知識・イメージのハードルも高く、生半可な説明では納得されない。

ココが若もんスポーツ選手、動ける人だけを見てきた自称スポーツトレーナとの違いの見せ所。 治療のテクニックや知識・理論で攻めてはかえって引くのもこのケース。 もっぱら、最初は飛びつくのもこのケースだが、すぐに引くのもこのケース。だから渡り歩き、なかなか治らない。

子供への運動指導は身体で覚えさす。理論を説明したって小学生に全てを理解させるのは不可能。 頭がダメなら身体。  逆に大人は頭で分かっていても身体が付いていかない。 身体がダメなら頭。 

ココが大切。 頭だからと言って知識では無く、“イメージ”。 頭と身体をすり合せる事が重要。

ウチで必ず行うのがメディスンボールを利用した運動リハプログラム。決して筋力やスピードトレーニングでは無い。

先日もまったくラケットも握れない患者、2回でOK。 自慢では無く、協調性の再教育を今まで行っていないという証。 だから今まで自分が描いていた治療やケアと全く違う次元で取り組まなければならないと言う証拠。 当の本人が一番驚く。

さぁ、揉みますか?何をしますか??なんてナンセンスな質問などせず(説明しても理解出来ぬのだから)、先ず一歩踏み出そうではないか。

2010年05月21日

思考のすべてを感情が支配

100128a.jpg

はてさて、新規の患者さんはここから先へはお進みにならない方が良いかもと。

まぁもっとも、精神世界に依存逃避するようなヘタレスピリチュアルはゼロなので、現実にしっかり目を向けられる人は是非読んでみて頂きたい。


馴染みの患者は『院長またやってるわ』と言う事必至であるが、暫く前「治療来なくていい、もう止め。」と言い吐きました。 これでは男気ブログでは無くて、大人気無いブログだと少々反省。

しかし“どうしても曲げたり引いてはいけない信念”が、他人の健康・身体を診る者としてある。

真剣に良くしたい、出来る事はしっかりやりたいと思い臨んでいるにもかかわらず、患者本人にその気が無いどころか、小馬鹿にしてかかって来る。

コレには3度まで我慢できる小生も一度でキレた。 まぁ、そもそもこの患者自体今回で3度目の来院だから2回はこちらも踏ん張ってみたのだが。


前進する為、新たな答えを出す為には、今自分の頭に思い浮かんだ事を一度客観的に捉えなおし、整理・精査しなければならない。 それを一時の思い込みや感情で思考を停止してしまっては飛躍など訪れるはずが無い。

永遠に自分を受け止めてくれるところを求め、うわべの慈愛・優しさを疑いもせず信じ、受け入れてしまうのだ。

間違えている事には間違えていると言える大人。 それを反発せず素直に聞き入れる子供。 それが教育であり、もっとも大切な教育を、自分に都合良く変えた理解の世間一般ぽいルールで自己肯定し、学びいれる事を子供以上に放棄・拒絶する。


欲望や感情をコントロールしてこそ、大人。 決して感情に流されてはいけない。

それを自分自身に言い聞かせたうえで、これからも何処よりも真剣に仕事に、患者に向き合っていくと改めて誓う。

2010年05月07日

整形外科との最大の違い

100507a.jpg

幾度となく過去書いているが、ウチを訪れる患者の殆ど全てが病院や鍼灸・整骨でお手上げ状態でやってくる。

整体でもマッサージでもカイロでもまったく無い、180°違う取り組み・治療を提案するのが我が院の最大の武器であり、特徴。


それらはいったいどういう事であるのか?!


テーマは “積極的な身体活動に勤しめる要に” である。

捻挫であれ骨折であれ、脳血管障害(CVA)であれパーキンソンであれ、スポーツ選手であれ一般人であれ、健康的に今以上に動けるようにする事を第一に考えた治療を提案・構築する事。 ただ単に痛みを止めたり、楽にするだけの治療では無いと言う事。


通常の院では、“構造と解剖”という知識の二本柱を中心に治療・診察を組み立てる。

だがウチではそれが少し違う。

“構造と行動” と言う事が中心にあり、そこから動作・運動へと発展していく。 

解剖学は大変重要であるが、そこだけに強く捕われているといつの間にか視野が狭くなり、目の前の事に固執してしまう。 今、目の前で苦しんでのた打ち回っているのであれば別だが、院外の行動環境で痛みを訴えているのであれば、先ず理解しなければならない事は違ってくるのだ。 その優先順位を間違えると、永遠に机上の理論をすり合わせようとする治療になってしまい、結果治らず、理解されずやって来るのだ。

根本的に思考のプロセスが違うのである。


しかしこれは文章にすると簡単であるが、患者側であっても治療する側であっても、既成概念が多くを邪魔をし、真の答えに辿り着くのは非常に困難である。

重篤とはどういう事か? 重篤では無いのに長引くのは何故なのか?! そこに心底疑問を持てる患者ほど、驚くほど早く治る。 我々はそこへ辿り着く道順を提案するだけなのだ。 治療家や先生と言うより、ガイドやコーディネーターと言った方が正しい表現なのかもしれないが。 

すべての患者にとって優秀なコーディネーターになれるであろうと、当院は自負する。

2010年04月20日

納得できない事はとことん戦う

100420a.jpg

男たる者、納得できない事はとことんまで戦う。

たとえそれがどういう結果になろうとも引きはしない。 ハナっから引く気など完全無いから戦う。

実は最近、かなり頭にきた事があった。 治療や患者に対しては戦うのではなく、基本、協力の手を差し伸べるスタンスだ。 サービス業として商売として、他人さまからお金をもらう以上、当り前だ。

自分個人の事であれば男の度量でグッと押し殺す事もあるが、それらが身内はもちろん知人友人、患者、すべての身の回りの大切な人の生活を脅かすような事であったら、ガキの頃から身を投げ出す。

それが理不尽であったり、ハートの欠片も無かったり、男であるのに腐った根性を持っている者に対しては命張ってでも追い込む根性が無くてはならぬ。 それが愛する人たちを守る “男” であるのだ。

以前、妻帯者30代男性の患者に感心させられた事があった。 自衛で商売をする彼。
普段はにこやかで小生とは真逆なキャッチーな性格であるのだが、ある時とても浮かない顔をしてきたので話を聞いてみると、子供の学校でチンピラまがいの父兄ともめているとの事。 親も親なら子も子らしく、『殺すゾ!』的な事をしょっちゅう口にする子らしい。 
そこで凄いのがウチの患者の彼。 調べてみりゃチンピラでも何でもない事を突き止め、逆に猛反撃。 愛する家族を守る “父親” と言う者はこういう者だと改めて考えさせられた。


小生が昔から知りあう全ての人間に、これだけは絶対だと言いきる事がある。


それは、 『最後の最後で、誰が一番裏切らないかと言ったら、それは俺だ』 と言う事。 こちらから裏切る事など今までの人生も、これからの人生も無い。


本当に信じられる人間。 人生のテーマであり、すべてである。

2010年03月30日

進むべき人生の道

sotugyou.jpg

先日、とあるテレビ番組でご夫婦で医師であり、横浜市内で24時間年中無休の小児科を開業されている先生にスポットが当たっていた。

二人の子育てをしながら、強い意志と使命を貫く姿は決して真似など出来ぬ、尊敬すべきものであると感銘を受けた。

小生も、病院で治らない人を何とかしてあげたいの一心でここまでやってきた。 その先生ご夫婦も、途中スタッフ達の離職等いくつもの苦難があったと言っていたが、現在ではその志を理解したスタッフ達が集まり、現在に至ると言っていた。 残念ながら小生はまだまだその域には努力が足りないようである。

その番組の中で先生が、『夜間救急に来た100名中殆どが軽傷患者だと思うか、100名中1名でも2名でも救えたと思うかだ。』と話していた。

多くの諸先輩方に、無理だ、無謀だ、身体が持たんと言われても貫いたその志のお陰で、命を救われた子供たちが多くいる事の事実に間違いは無い。


先日、約3年間ウチでバイトをしてくれた作業療法士の卵の女子スタッフの就職祝い&送別会を行った。 非常に優秀なその彼女の事なら、何処へ行っても多くの患者さんの為に全力を尽くし、QOLの向上を提供出来るであろう。

組織変革・人事移動が多いこの時期、患者さんからも様々な生活環境の変化を聞き、改めて “働く” と言う事を考えさせられる。

そもそも “仕事” と言う事をどんな基準で捉えているのか。

こんな仕事をやってみたいは子供の発想。 給与が良いから、家から近いからでは、完璧バカ学生か腰かけOL。  “自分はこう働きたい” ではなく、 “自分はこう働くべきである” ではないか?!

おそらく先述の先生ご夫婦のところへは、そのように考えるスタッフが数多く集まっているのではないかと想像する。

今一度、一度きりの人生において自分がやるべき使命を、本能中心な犬や猫や野生動物では無い、 “人間” として命を燃やしていきたいと思う。

2010年03月10日

サプリの話。(サプリメント良い・悪い・選び方)

100310a.jpg

現在の仕事の前、某スポーツメーカーに勤めていた。

学生時代に取得した治療やスポーツ関連の知識や技術、指導経験が現在の基礎になっているのはもちろんだが、実際他の同業達に対して大きなアドバンテージだと感じる部分の多くが前職、すなわち企業人としてスポーツ、健康産業にかかわっていた経験である。

スポーツ選手の指導・治療だけでは無く、シューズやウェアー、トレーニング機器、ハートレートモニター等各種測定機器、サプリメント、スポーツドリンクの輸出入や、それらを持って官・民スポーツ施設、スポーツ用品店等への提案・啓蒙活動を行っていた。 アウトドア事業部時代にはMTB(マウンテンバイク)やトライアスロングッズ(ウェットスーツは過去、高速水着の項で触れたが)の輸出入もしていた。

前置きが長くなったが、今回はサプリメントについて。


この10数年で、以前とは比べ物にならない数のサプリメントを店頭で見かけるようになった。 しかし当然、すべてが同じで、良いものではない。

では良いサプリとは何か?!

例えばビタミンC。 そのサプリのビタミンCが何からできているのか?! 当然合成ビタミンより天然成分の方が吸収が良い。 薬局で並んでいる、疲れた時に飲む瓶に入ったビタミン剤、あれは当然ほぼ合成ビタミンであるが、吸収が悪ければ効果無いので吸収を高める薬剤も添加してあったりする。

良いサプリメントの一番の定義は、 “安定した血中濃度を保てる” 事にある。 

先のビタミンCに代表される水溶性ビタミンは、過剰摂取したものは汗や尿で即刻体外へ排出される。 1000mg摂っても1000mg体内に入る訳では無い。 粉末をカプセルや糖衣でタブ化や、つなぎ粉混ぜて錠剤化では胃で一気に解けて、ハイさようならである。

それらの場合、素材そのものが徐々に腸内で解けるような加工を施されているかどうかが重要になる。 『飲まないより飲んだ方がいいんだから、そんなの安けりゃナンでも良いダ』なんて輩は、金も成分も完全無駄に垂れ流しの、 “安物買いの銭失い” で、そう言うのを小生は、“馬鹿” と呼んでいる。

だが、メーカーは 『当社の商品は吸収は良いですが、一気なので殆どが体外へ出てしまいます。』 とは書かないだろう。

指導する側の大部分が、生理学、生理的作用を学んで完全完璧だと思っているのだが、最後の最後でユーザーの口に入る段階ですべてが駄目になっていたりするのが、これまた滑稽と小生は思ってしまう。

目的・使い方によってはコンビニで手に入る安価なサプリで良い場合もある。 必ずしも高機能商品が全てでは無い。

本やネットに書いてない情報を提案するのが、 “プロ” である。
それが前職の経験で培われた、誰にも負けないウチの強みである。

2010年02月25日

形態では無く病態を診る

100225a.jpg

過去数百人の治療家・トレーナーを目指す若者に、声を大にして伝えてきた事がある。


それは、『形態を診るのでは無く、病態を診ろ』 と。


患者、もしくはやってくる選手は、なんらかの故障を抱え、自分の身体に不安と不満を持ってやって来る。 それらを理解したのち施術が始まるのだが、そんな事などは全く考えようともせず、殆どの若者はいきなり治療を始めようとする。 しかも骨や筋肉の形態だけにとらわれた思考で。

以前、柔道整復師の学校に通う学生が、「辞書の何ページ下にある髪の毛までわかるか練習してます」と自慢げに言っていた。 
100%無駄だとは本人には言わなかったが、それより先に学ばなければならない事、より多くの時間を割かなければならない事がある筈なのだが。


病態とは、 “患者の病気のようす。その人の病状” である。 だが、我々のような専科はもちろん、整形外科で治らないと言ってやってきた患者に、その検査・治療法を訪ねると、殆どが形態ばかりに固執した内容のケースなのである。 おそらく、“外科”的に“形”“整”えているのだろう。 まさしく、“整形・外科”であろう。


問題点は、 病態を診ずして形態ばかりを診ているのである と、いたって簡単である。


何事も、習って暗記すれば技術・知識が習得できると思っている世の中。 出来る気になって、自己満足の勉強。 他人から見れば無意味だと一目瞭然であっても。

骨・肉を触って診て治るのであれば世の中世話無い。 兎にも角にもまず“患者”を診る事から始まるのであるのだから。

2010年02月11日

整形外科の先生、ごめんなさい。

100211a.jpg

最近またまた新規外来が増えてきました。 ありがたい事ですわ。

そんな新患の人の為に、整形外科についてクドくはなるが再度書いてみたい。


皆は腰痛の場合、通常、常識的に何科の病院へ行くであろうか? まぁ普通は整形外科だろう。 だが本来は違うのである。 昨今、欧米ではMD(医師)の間でもやっと広まりつつある認識らしいのだが、本来は “神経内科” なのである。

腰が痛いのが、何故骨・肉と決めつけられるのだろう? まして素人が。 
内臓でも腰は痛い。 女性の生理痛でも腰は痛い。 心臓でも肩・背中が痛く、肺でも腕が痛い。 脳に障害があれば足だって動かない。 それらを見極める専門の診療科目が “神経内科” なのだ。 (くれぐれも心療内科と混同しないでほしい。)

内科の原因なら内科で、脳なら脳外科、もしくは脳神経外科、骨・肉なら整形外科とコンサルテーションしながら診てくれる。

日本語であるととても分かり易いのだが、整形外科と書いてみてほしい。 

文字通り、“整形”“外科”であり、“外科的に形を整える”のがご専門の学問・診療科目なのである。

だからよく、『レントゲン撮って、異常無いね、はい湿布。』なんて事に多々なるのである。 切れた折れたがお好きな先生も多く、縫って繋いでが経験だになる。 また患者もそれに惹かれて訪れる。 よって、折れていない場合はサポーターで、コルセットで、引っ張って。 どちらにせよ、ナンとか形を整えたいのでしょうナ。

そうで無い先生のところの患者さんは当然治る。 上記思考の先生の場合、患者は治らずウチへやって来る。 だから、以前通院していた病院や接骨院を聞くと、不思議といつも同じ院。 近隣に何十件もあるのだが、当然と言えば当然である。


ウチは現在、“整体院”でも“カイロプラクティック”でも無い。 “治す”という事、治らないというところに存在する根源は、すべて“思考”なのである。 知識でも資格でもテクニックでも無い。 治る病院、治らない病院、先生による差はそんなところには無い。

患者も治す側も、自問自答せねばならぬのだ。 他人を頼っているうちは、自分自身など見出せる訳が無い。

ウチはスタッフ全員に、絶対本を読ませない。 先ず自分自身でとことん考えさせる。そして様々な可能性をださせ、そこから先で力を貸す。 

長々書いてみたが、一生涯このままでいい人には、全く関係無い話だな...

2010年02月10日

筋トレよりも、うさぎ跳び。

100210a.jpg

昨今、うさぎ跳びはやらないが一般的。

では何故、ダメなのか?!

1980年代頃、医学的見地から身体に与える有害性が指摘され始めたのがきっかけらしいが、その有害性をいくつかあげてみよう。


・脚を深く折り曲げた状態では下半身の瞬発力を効果的に引き出す事は出来ない。
・肢末端近辺の細かい筋肉に硬直的緊張を強いる。その結果、柔軟性の低下を招く。
etc...

と、その他もろもろあるが、上記理由によってトレーニングとしての効果は期待できず、むしろ関節や筋肉を傷めるスポーツ傷害を引き起こす可能性が高いからというのが有害だという理由らしい。


さて、ここまで読んで賢い方はもう既にお気づきであろう。  そう、それも理由の殆どが、筋肉や筋力ばかりの目線での話なのだ。

身体・関節は筋肉だけで出来ている訳ではない。 皮膚もあれば関節包、靭帯だってある。 感覚器官の多い皮膚が過敏・緊張・痛みで動きを阻害だってある。寒さもそうだ。 関節包の代表的なのは四十肩。急性・慢性滑液包炎。 靭帯だって痛めたり切れたりする。


動くという事、運動という事、“人体運動学”という事を力学的な“運動力学”でしか考えられない。 それ以外に運動には幾何学的偏位を扱う真の“運動学”と言うのがあるのだ。 さらに言えば、“骨運動学”や、関節面運動を対象にした“関節運動学”等、様々な分野に分けて考察しなければならない。


まぁ詳しい事は別の機会として要は、うさぎ跳びは膝関節の過屈曲から更に屈曲の反復動作なのだ。 イメージして欲しい。 しゃがんだ状態の伸びきった膝の靭帯を。 園から更に膝をグッと屈曲させて更に一瞬靭帯が伸びるイメージを。

伸びきったところから靭帯の更にアソビ。

今どきの子供、若者は正座もしなくなり、もちろんうさぎ跳びもしない。 TVを見ていて20、30年も前、今ほど多く膝の靭帯を切る選手が多かったであろうか? 昨今では小生のところへも中学・高校生で靭帯を切ったと言ってやってくる患者も少なくない。

『足首や膝、股関節にかなりの負荷がかかるから』というが、そもそもトレーニングなんて、どれもそれ相当にかなり負荷をかけるものだ。 要は程度問題。 なんでもやりすぎりゃ、悪くなる。 それを上っ面な知識やイメージだけで考えるから、可笑しな事になってくる。

かの張本勲氏は 「ウサギ跳びをやらないから今の選手はダメ」 とウサギ跳びを推奨する発言をしている。

『これこれ、こう膝に悪いからやらないのです』では無く、小生はうさぎ跳びをやれ!! と言いたい。


何度も言うが、何事も程度問題なのだ。 賢くなってもらいたい。

2010年01月29日

誰よりも治す事に真剣

100129a.jpg

10年以上コツコツやってきた成果か、この数年、個人開業・総合病院からの紹介患者も来られるようになってきた。 正直あまり簡単ではないケースも少なくないが、保健医療の範囲を超えた事が出来るのがウチの最大の特徴でり、武器である。

しかも最大限に料金は同等で。

最近ではネット・ブログ経由で多くの患者がやってくる。 しかも皆隅々まで熟読し、考え、納得し、本気でやってくる。 

結果、皆真剣で良い患者であり治癒・向上も早い。

治療、医療と言うものはどちらか一方の努力で成立するものでは無い。お互いの努力の上に成り立つもの。

ネットであれ紹介であれ、一番大切なのは客観的な思考と物理的な理解。

昔と違い近隣に数多く同業が乱立する昨今、それでもウチへは遠方からの患者が多い。

価値観・優先順位が距離や時間、料金では無く、 “治す” というところにある。


本気で困っている人には絶対後悔させない治療。 自身がすべてだ。

2010年01月08日

きっと貴方も誤診です。

100108a.jpg

冒頭から厳しいタイトルであるが、誤診は重篤な症状の手術だけにあると思ってはいないだろうか?

実はウチにやって来る患者の殆どが、過去の治療が適切で無い事が治癒を妨げている、いわゆる “誤診” の結果の現症状である。

たとえばヘルニア。 たとえMRIで椎間板が潰れて映っていたとしても、それは健康な人の85%にも有る現象であり、腰痛と椎間板変性の関連性が極めて低いというのが、ヨーロッパで明敏なドクターのこの15年の常識である。

では、ばね指。 手の指の屈曲,伸展時にそれぞれ弾発現象を生ずるこの症状。臨床上は伸展時に弾発現象を呈するほうが多くみられる。中年以降の女性で手をよく使う人に多く,母指,環指,中指によくみられる。進行すれば弾発時の痛みが強いため、指をなかなか伸展しなくなる。 関節付近に小腫瘤を触れ,圧痛がある。指を他動的に伸展させると痛みとともに弾発現象を生ずるのが理論だが、ばね指だと言われてやって来る患者の殆どが他動的には全く症状が出ない。

喘息も少し。 先日、あるスポーツの小学生の合宿に立ち会った。 どの子も全国的にレベルの高い子を集めた強化合宿。 その中の一人が咳が出ると言って、朝一から夕方までコートの端のパイプ椅子で見学。 コーチに聞くと、どうやら喘息らしい。 しかし、大きくあくびはするわ、ウトウトはするわ、昼ご飯はモグモグゴクゴク食べるわ飲むわ、とうとう一日動かない練習にも近くで参加などしはしないわ。
肺尖まで吸えてるでしょ。 鼻だよな、どう考えても。


ホントにキリが無いのでやめるが、他人が決めるのか自分で決めつけるのか、とにかく思い込み、他の可能性を放棄する。 諸外国の医師は、思考を停止する事が医療において全ての悪だと学ぶ。

ウチは絶対、思考は停止させないと誓おう。

2009年11月29日

医療保険・健康保険は必要無い!

091129a.jpg

ウチにやってくる患者のほとんどが、整形や接骨院で治らないのが殆どである事は、既に承知の沙汰であろう。

昨日も50代のある男性患者が、『保険の利くトコ一度だけ行ったよ。 10分ぐらい揉んで、電気で。 アレで¥500-。3割負担ででしょ?! イイ商売だよねぇ~。 だからもう行かない。』 と。

小生も多少耳が痛い話ではあるが、良い目線・価値観の患者さんである。 さらっと言った会話だが、深い。 幾つもキーワードが隠れている。

高いから行かない訳でも、安いから行く訳でも無い。 サービスを受ける側として、その内容に見合った対価を支払えるかどうかを考えて、見抜いているのである。  しかもそのベースには “治る” という事が絶対条件として存在しているかどうかなのである。

治らない患者は、100%と言ってもいいぐらい保険、いわゆる料金に重きを置いている。 しかも目先の金額に。 ¥500~¥600で、毎日行って¥3000~¥4000。 何週間でどうなるかなんて、治癒も金額も考えてはいないのだ。

治すところに行きたいのではなく、安いところに行きたいのである。

それはダメだと思えない患者。

自分の気持ちと向き合えないようじゃ、身体と向き合う事も対話する事も出来る訳が無い。

子供だって、おこずかいのムダ使いをしたら反省し、学習する。 だから次からお金を大切に使う。 医療費を高いと思ったら、次から健康に気をつければいい話。

そもそも甘やかされて育ったダメ大人じゃ、そんな事など出来る訳が無い。 医療制度崩壊なんて、そんなレベルなんだろうな、実際は...

2009年11月07日

親友とは何か?!

091107a.jpg

一部昨日の続きになるのだが、知人・友人の存在について考える。

子供の頃のように友達100人作ろうとはしないが、真に理解し合える知人は多く作る努力はしたいと常に思っている。

それはプライベートであれ、患者であれ同じである。

元気な時、楽しい時、面白い時だけ一緒にいられるのは、子供レベルのお友達関係。

大人としての知人・友人関係は、お互いが得るものを持っていなければならない。 そしてお互いが、与えてあげようと相手の事を想いやらなければならない。

それらは “常に” 繰り返さなければいけない事なのである。

お金払って食べに来る、痛い時だけやって来る。 金払った分だけ、ときだけの付き合いでは、得るものがある時だけ、損得・利害関係が一致する時だけの付き合いである。

自分の人生の中で、強く自分に言い聞かせている事がある。

それは、 “何かをしてもらう量より、してあげる量の方が多くなければならない” と。 たとえそれが親兄弟であっても。

本当の意味で長く付き合える人間関係。 構築するのが難しい、またその必要が無いと考える人間が多い世の中なのだろう。

各々それぞれが自分勝手に生きる世の中なんて、おれは真っ平御免だ。

これからも変わらず熱く行くゼ!!

2009年11月05日

腰痛は“整形外科”ではありません。

091105a.jpg

少々過激な題名ではあるが、決して整形外科がダメだという意味では無い。


小生はこの数年、訳あって縁あって “神経内科” の勉強しかしていない。


本来、腰が痛い、膝が痛いという場合は “神経内科” に行くべきなのである。

既存患者にその話をすると、 『なんだか精神的に病んでいる人が行く見たいよね』 というが、そのイメージは心療内科、精神科。

腰が痛いからといっても骨・肉が原因とは限らない。 内蔵の原因もあれば、脳で手足が痺れる・動かないだってある。 内臓なら内科で、脳なら脳神経・脳外。

“整形外科” は文字通り、 “外科” 的に “形” を “整” える診療科目。 だから基本、折れた切れたが専門。 手術で繋ぎ、引っ張って伸ばし、コルセットで固定して。 形を整えるのが中心。 だから形を整える必要が無いと、 『異常無いね、ハイ湿布』 となる。 整形外科も接骨も、折れても切れてもいなければ行くところでは無いのが本来。

だから勝手に決め付けて行く患者にも、多くの問題が有るという事なのだ。

何で痛いか、何が原因なのかを考えるのが “神経内科” の先生の得意分野。

患者も治す側も、目先の治療方法に捉われていては答えは出ない。

なかなか治らない症状こそ、ウチの真骨頂を発揮できるのである。

2009年10月18日

赤い羽根共同募金と善意

091018a.jpg

毎年この時期各地域で、共同募金の活動が行われています。 平成21年度(第63回)共同募金運動の期間は10月1日(木)~12月31日(木)までの3か月です。
今年のメインテーマは「じぶんの町を良くするしくみ。」。地域を良くする活動を応援する民間の運動である赤い羽根共同募金。 私の住んでいる地域でも、町内回覧板で回ってきました。

実は毎年思っていた事なのですが、今年は少々書いてみたいと思います。

昨年は自治会班長さんが町内会費の集金と同時に、募金のお願いに回った。 今年は回覧板に世帯数分の募金袋が挟んであり、町内会費と同時に回収らしい。
20件前後の世帯数で5~6件が、『ウチはいいわ』とかナントかで協力拒否、今年は更にその件数を上回る状態になっているそうだ。

いったい何が“いいわ”なんだろう。 人に言われてとか何やらと言うが、5万10万って話じゃ無いだろ? 10円でも100円でもイイじゃん! 皆戸建でイイ家住んで、イイ車持っているくせにナンだいソリャ?! コダワルところ間違えてんヨ。 どんな言い訳したって、男として人としてちっちぇーてんサ!! もっと他にコダワルとこ、あるだろさ。

“どう使われてるかわからないから”と言ったって、確かにそう言う事あるニュースを聞いた事は俺だってあるが、ホントに全部が全部そうだと誰が言ったんだ?! 世の中真面目にきっちり善意で頑張っている奴だってごまんといるんだ。 一部を聞いただけで、全てを知ったような気になっている奴が居るからタチが悪い。 

善意を信じられない奴。 一人一人が正しい事・いけない事、善意とは何かを強く胸に抱けば、ズルをする奴を周りの皆が阻止できるはず。 皆が皆、自分の損得ばかりを考え、屁理屈を付けて生活をしている世の中にしてはいけないのだ。

金額の大小では無い。 お金が無いなら 『ごくろうさま』 の一声だっていいじゃないか。 屁理屈を言う暇があったら、他に言う事があるだろ!

そんな事が出来ない奴は、善人では無いと断言したい。 

皆でより良い生活、社会にしていこうではありませんか!!

2009年10月14日

診療料金で悩まれているのなら

091014a.jpg

先日も、政権が変わり医療の分野にも変化が現れようとしています。 
世界各国で医療費の増大が問題になっており、日本も例外ではありません。

では何故、医療費負担が増大するのでしょうか?!

もちろん理由は様々ですが、一人一人の健康への意識を高める必要があると言われています。

日課のように病院へ行っている人がいると言う冗談を聞いた事はありませんか? 痛くも無いのに、少々辛いから、行くと揉んでくれるからと保険を使っていませんか?

これは痛くも無いのに行く側と、悪くも無いのに来させる側双方に問題があるのです。 お互いに負の利害関係が一致し、保険負担の無駄の一部を生んでしまっているのです。

そもそも健康を維持するのに、国や政府へ負担しろと言うのが変なのです。 スポーツクラブの月会費を負担させるのか、はたまた毎朝のジョギングまでも誰かに負担させたいのかと言う意識レベルです。 実に低俗です。

ウチに来られる方の多くが、整形外科や接骨院に通院されてなかなか良くならないという方々です。

1回¥500、¥600ぐらいの保険診療で週2~3回通うと¥1500、¥2000。 月にするとそれなりの金額と時間を費やす事になります。時間もお金と言う意識のある方は、目先の料金以上に大きな負担に気が付く事でしょう。

ここで、治らなくて悩む方と悩まない方に分かれます。 健康に対する意識も優先順位が大きな壁となるのです。


私が昔から心掛けている事。 初診時はまず治す側の目線で、今の症状を改善する最も良い方法の提案と、患者さんの立場で通う事の出来る現実的な料金と回数を話し合います。 改善回復を邪魔している大きな壁を取り除く、もっとも大切な診療です。 

ですから初診診療と言う “特別” があるのです。 それだけ大切に思っている事なのです。

お仕事や小さなお子さん、ご身内の介護など、暇な人など多くはいません。 週に1回来れるのか、半月に1回、ひと月に1回なのか。 来週来れる人と1カ月後に来る人、同じ治療する訳がありません。
来れないのであれば、来れない分日常でこんな事気を付けて、自宅でこんな事してとも提案します。

料金も下は¥600-からご用意しています。 皆さまが思われているほど、時間も料金もかかりませんし、要りません。  ですから一人一人の意識と努力で、本当に困っている人の為の医療保険費と、無駄に混雑する病院で救急患者がたらい回しになる事を防げるのです。


あとは “相性” などという、好みと言い訳をしない事だけですね。

2009年09月05日

最新手術・技術・トレーニング

090905a.jpg

最新の技術やトレーニングが好きでは無い。

正確には、そう言う物にすぐ飛びつく奴が嫌いだ。

別に興味が全く無い訳では無いのだが、さもソレが救世主ダばかりのように飛びつく輩が好きでは無いのだ。

最新の理論なんて言っても、その多くがもともと存在していたものであり、それに気付かずにいたものをたまたま気が付いたと言うだけの話。

理論への興味より、なぜそれが今まで気が付かなかったんだろうと言う事への気持ちの方が大きい。

最新はその臨床の少なさに、多少なりとも必ずリスクを含んでいる。

内視鏡も当初はそう。 放射線治療のリニアックなんかもそう。 新薬なんかもっとそう。

いまだに患者から質問や相談が多い視力矯正手術(レーシック等)はかなり。
近くは見えるけど遠くが見えにくいから手術。 遠くにピントを合わせる。 すると今まで難なく見えていた近くの物が、より近くを見ようと努力をするようになる。 生活習慣・職種によっては当然目が疲れるようになる。 当たり前だ。
 
メガネやコンタクトを出来ない理由、例えば顕微鏡をのぞく仕事や、目の問題でコンタクトが出来ないとかがあるならわかる。 眼鏡がめんどくさいからとか、見てくれの為に手術をすること自体疑問だ。


最新手術、技術が良いとか悪いとか、そういう次元での考えそのものが低次元であり、自分は何の為に最新技術に飛びつこうとしているのかを、今一度考える事が重要なのだ。 
だが最新の技術をうたう人間は、その臨床を積みたい・やりたいから、悪い事は言わないし書かない。 そりゃ良い事しか言わない。

名医名医って、ホントの名医は自分で自分の事名医って言わないし、言われるの嫌がるもんだ。 ホンモノであればある程。  それと同じ。

何度も書くが、最新の技術そのものが悪い訳では無い。 それを受ける・施す側の内面の問題。
シンプルな事だが、改めて書いてみる。

2009年08月27日

職と学習

090827a.jpg

最近の景気後退で契約カット、就職難の時代であると誰もが承知の沙汰であると思うが、果たしてどれだけの人が他人事では無いと自分自身に危機感があるのだろうか?

この春に行った当センターの求人に例年の3倍以上、70名近くの応募があった。 電話でふるいにかけ、実際会うのは10名前後。 選りすぐって10名ではなく、その他は会うに至らないのだ。

そもそも昨年以前も20~30名の応募があっても、やはり会ってもいいかと思えるのは10名ほど。 厳しい言い方だが、カットされるべき人間がカットされたと言えるのではないか。

10名ほどの面接で採用は4、5名。 だが実際最終的に残るのは1名程度。  その辞めていくスタッフに、最近一定のパターンが見受けられる。

退職を考え始めた期間ときっかけを尋ねると、ごく短期間で、たったひとつの事がらで。 

残ったスタッフにも一定のパターンがみられるのだが、それは “学ぶ” という姿勢がしっかりあると言う事だ。 だから 『こうした方がイイ』 と伝えるとその意見を受け止め、目の前の現実とすり合わせる事が出来る子たちなのだ。 
辞めていくスタッフ、いや、患者にも最近の我々多くに言えるのだろうが、こうした方がイイと言っても、 『イイヤ、そうでは無い!』 と強く心に浮かべ我を通し、自分とは合わないと去っていくのだろう。  たった一つの事柄も受け止め、乗り越える事も出来ずに。  他に非常に多くの良さを持っているのに、残念である。

昨日やってきた新規の年配男性患者。 足首をひねった昔の古傷でゴルフをすると痛く、様々な治療・ケアをやってはいるのだが、治るどころか最近少しずつ悪くなっていると不安で遣って来たという。
少々足首に腫れた感があると言うが、それ以外の身体所見・血圧等にも異常は無い。 整形や外科にもこの足首は仕方が無いとしか言われないという。

何処へ行っても良くならないものを治すのが仕事。 今までの治療が良いか悪いかではなく、違う発想で解決の糸口を探す。 ここからは小生でも流石にノウハウの一つぐらい持っているので、詳しくは記載しないが、循環器の障害が一番の原因であると。 血圧測定の数字の裏にある本当の数字、綺麗な数字過ぎるのだ。 更に詳しく尋ねると、当初の問診と違う話が出てくる。 ゴルフをしても痛くない、ゴルフの数時間後が痛い、むしろゴルフより毎朝起床時、立ち上がる時が痛い。 終いには血圧の薬を飲んでいると。 

患者が間違っているとか、言う事を信じないで考えるとかではなく、 “患者から学びとろう” と言う気持ちをどれだけ強く持っているかだ。 

それは本や学校で教わり、出来るようになるものでは無い。 日々の人生の中で常に自分に言い聞かせ、初めて身に付く。 

そして学ぶ気の無い者に未来は無いと、ここに断言すると同時に、とことん最後まで診たい、治してみせると心に誓う。

2009年07月15日

本質がわからない大人

090715a.jpg

昨日、ある女性の患者さんから質問があった。 仕事もスポーツもとても熱心で前向きなその患者さん、ご家族全員が治療やケアの為、皆様々違う処へ通院しているらしい。

もちろんご本人はウチへ、ご主人は保険の利くところへ行っているらしい。  奥さまは治らなければいくら値段が安くたって、 “安物買いの銭失い” だと言う。 だがご主人様は、「だからと言っても、お金が無くて行けない人もいるのだからそんな事を言うもんでは無い」と言うらしい。

もちろん小生もそれはそうだと思うが、奥様曰く「自販機でジュースを買うお金を、自分の身体にまわせば良いのでは」と言う。 

価値観は人それぞれだが、それなりのいい車乗っていい家住んで、社会的立場だってあるにもかかわらず、健康の優先順位が他よりも下がる事には些か疑問が残る。


ウチは 「保険は利きますか?」 と言う質問に、 『いいえ、必要はございません』 と答える。 『どうしても保険を利かせたいご事情があるのでしたら話は別ですが、金額だけでしたら、同レベルの金額で他以上の治療のご提案はさせて頂いております。』 と言う。  言い切るだけの事をやる。

お金は大切だが、お金以上に大切な事がある事を今一度考えてみて欲しい。

2009年06月20日

お金より大切なもの

090620a.jpg

“健康と安全はすべてにおいて優先する”


18歳の時、ある事をきっかけに自分の無力さ、学(まなぶ)という事への浅はかさを痛感させられた。

その事は40を過ぎた現在でも、自分の人生に大きく影響を及ぼしている。


人は何故金(カネ)に執着するのだろう。  必要が無いものだとは思わないが、もっと大切なもの、必要な事があるのではないのか。

皆わかっている筈なのだが、その優先順位を見失っている。

死してもなお、お金が大切と言うのだろうか? 具合が悪く病んでいるとしても、まだお金が大切だと言い続ける気でいるのか?! 


小生の仕事がら、日本人の健康への意識の低さを日々実感する。  しかも日増しにその傾向が強くなっていく事を。 

立地や料金、保険の有無で医療・治療を選び、その真意などは選択外。 今までもそうだったのだから、現在の不具合があると言う事に気が付きもせず。 

20代、自分が闘うべき、学ぶべきフィールドをずっと探し続けて来た。 見かけの給与や資格、イメージなどに惑わされる事無く。 患者にも、自分自身フィールドを見つけて欲しい。 そのフィールドが合う事こそが、真の意味での “相性が合う” と言う事なのではないだろうか。


何度も言うが、お金が必要では無いとは言わない。  しかし、 “健康と安全はすべてにおいて優先する” と言う事を、今一度念頭において行動してほしい。

その気持ちに、我々は何処よりも責任を持って答えていきたいと思う。

2009年06月07日

医療保険適応とエコロジー

090607a.jpg

“健康と安全は全てにおいて優先する”

人としてもっとも大切で当たり前な事。

しかし最近では、自分は常識的だと思う人間ほどそのセオリーを知らず知らずのうちに度外視してしまっている。

特に小生は仕事柄、医療・健康について日々考えさせられる場面に数多く直面する。

当初からではあるのだがコノ数ヵ月、整形外科や接骨院など、いわゆる健康保険適応なところからの患者が多くやって来る。

無駄に毎日通院し、良くなるどころか悪くなってやって来る。

個々の理由については過去何度もここで書いた事があるから今回は割愛するが、その一人一人の意識の低さが医療費増大に繋がり、様々な改革・改善の妨げをしている。

地球環境を考えたエコロジーと同じで、自己都合だけではなく他人の事、自然の事を日々広く考えて、始めて実現に向かうのである。

目先の値段に釣られるような患者はウチには居ない。 最小限の手間暇時間で治す。 無駄に毎日来させ一方は商売になり、一方は毎日揉んで満足で。 保険利いて500円600円でも、毎日行きゃ3000円4000円。 毎日行く手間暇時間の金なのだ。 時は金なりと言うだろ。 昔の人はよく言ったものだ。 暇だから毎日と言う気持ちが、無駄な医療費負担を生んでいるのだ。

これからの将来の為、自分たちの次の世代の為に住みやすい世界、住みやすい環境の為の努力を我々はより一層考えねばならない。

2009年06月05日

本気で治す人が居な過ぎる

090605a.jpg

本気で治すとは一体どういう事だろう。

これは治す側も治してもらう側にも言える事だが、本当に “治る” と言う事を第一に考えているのだろうか?

昔は同業者が少なかったからという理由もあるが、治したい一心で患者は遠くから多くやってきた。 最近は情報も多く、安易に身近で済ましてしまう傾向が日に日に強くなっている様に思う。
10件の中から良い所を探そうとした場合、今より情報の少ない以前は秀でた所だけが噂になり耳に入ってきた。 しかし現在では10件ぐらいの情報はいとも簡単に、しかも身近に転がっている。

いつも間にか、 “治す” が、 “近くで治す” にすり替わっているのだ。

一歩も歩けないならいざ知らず、治す気持ちを自己都合がいつの間にか上回ってしまっているのだ。 だから “治す” が、 “楽になる” に気持ちまでグニャっと歪んでしまっている。

治す側も “治す” から、いつの間にか “さばく” に変わってしまっている。

院長一人でだって50や100人は診れる。 診る為の努力、業務改善するのがプロとして当たり前。 大学病院に行って、毎回毎回若いインターンに診られたら嬉しくはないだろう。 そもそもそんな病院は無いが、それが良いとか悪いとかでは無く、その事実に患者も治す側も気が付くかどうかだ。

安い・近いで来る患者と、本気でやって来る患者を同じパワーでやったとしても、正直前者にとっては必要が無い。それどころか煩わしいとさえ思うだろう。

小生が出来る事、してあげられる事はこのブログに小出しに書いてるつもりだ。 本気には本気で答えたいと思う。

2009年05月22日

損得勘定じゃ治らない

090523a.jpg

スイスにある、とある慢性疼痛疾患専門のクリニックの話。

たとえば数ヶ月治療を行い、本人の意向とは少々ズレた効果が現れているとなった時、 『アナタの症状はおそらくコレが原因で、これこれこういう治療でやってきたが思うように痛みが取れなかった。 だからこれからは痛みをとる治療ではなく、痛みとどう付き合うかと言う治療に変えてみませんか?』 と話すことがあるそうだ。

それを聞いた患者が、 『そうねぇ、私もこの歳だし何年も患ってきたからコレからはそうするわ』 と言う患者は、今までと同じ治療を続けて一年後に治っている確率が80%近くあるのにもかかわらず、そう説明して、 『チッ!』 っと舌打ちしムッと顔に出すような患者が一年後に治る確率は一割以下だったらしい。

外国人も日本人も、心・気持ちの持ち方で結果や効果に違いが出るという話。

ウチの場合でも、初診時すべての患者に今後の治療回数の目安を伝え、このぐらいは来てはどうかと提案する。

支払いも都度払い以外に、継続通院される方の為に割引制度も用意している。 ほとんどの患者が 『そうネこの方がお徳ネ』 と迷わず買っていくが、そこでチケット何回でどう来たら得か計算していく患者が年に2、3人いるが、得てしてその2、3人の治りは悪い。 しかも過去長期に渡り不具合を抱えているのにも拘らずにだ。 治すより損得を真っ先に考えていると思わざるを得ない。

他人の提案や意見より、自己都合優先では現状を変える事など不可能。 変わりたいのならまず自分自身を変えるべきなのだ。

健康だろうとケンカだろうと、トラブル・不具合の原因はすべて自分自身の中にあるのだから。

2009年05月19日

愛があるという事

090519a.jpg

自分以外の存在に、 『愛を持って接している』 と胸を張って言えるだろうか?!

いいな、好きだなと思って一緒にいるのは馬鹿でも出来る。 異性なら、小中学生レベルの恋愛。

スポーツ選手の場合、コーチや監督に対して “相性” が合わないと言う奴がいるが、多分一生ダメな選手だろう。

小生は昔から心に決めている事がある。

“自分から決して人を裏切らない” と。

相手がこちらを裏切るような行為をした場合は、勿論この契約は成立しないと言う。

これは友人・知人、後輩や同僚・スタッフに対して、患者に対してもそう心に決めて接している。

双方がそう思い続けていれば、道は必ず開ける。 たとえ途中、意見違い・仲たがいをしたとしても。


ケンカをしても一緒にいたいと思えるかどうかだ。


選手とコーチ・監督の仲も、もちろん異性・夫婦でも、ある意味治す側、治してもらう側も、そういう気持ちが知らず知らずのうちに欠如してしまっている時代なのではないのか。


男はケンカしても仲良くなれるが、事女性となると男の様にはいかないようだ。


薄っぺらい上っ面な愛ではなく、お互いがお互いに対して愛情を持って接する。 お互いで障害を乗り越えたいと思う気持ち。 人として最も大切なものが欠けていては話しにならないのだがな。

2009年05月08日

治る腰痛(人生)、治らない腰痛(人生)

090508a.jpg

腰痛について話そう。


腰痛が治る人と治らない人との差は何処に在るのだろうか。

その答えはいたって明確で単純。


骨や肉、身体的な問題では無く “人そのもの” にある。


まず、痛みの原因と治らない原因を同じだと考えているようでは、問題解決には程遠い。

きっかけは何でもいい。 治療で出逢った医師でも、同じ腰痛で悩む者でも、そのきっかけから自分自身を変えられるかどうか。

そこで間違えてはいけないのは、鵜呑みや模倣でなダメだと言う事。 本質的に自分自身を変えようと言う気があるかどうかと言う事。


どんなに医者や我々が治療をしても、それ以外の大多数の時間をどう過ごしかに、ほぼ全て左右されると言う事。


例えば運動。  たしかに運動が悪いとは言わんが、んじゃ運動しない人は皆が腰痛なのか? 運動しない人は皆治らないのか? と言う事。

痛いからと言って動きもせず、変わりも変えもせず、ずっとゴロゴロ、永遠コルセットで治るイメージが湧くであろうか。


治る人、治らない人との差は そこの心がけ、人間性 にあるのだ。


少々話は逸れるが、毎回甲子園で優勝する高校。 16、17歳の少年達の身体的差など殆ど無い。 
では何故、生徒達は毎年入れ替わるのに、優秀な成績を修め続けられるのであろうか。

まだまだ人間性の成熟が未熟な彼等を、導く事に長けている指導者が居ると同時に、中学・幼少時代から指導・練習に腐る事無くついて行ける、最低限の意識と気持ちの強さを持った性格の生徒達が集まったからこその結果なのだ。

数年前、長年優勝から遠ざかっていた阪神タイガースを、星野監督が優勝へと導いた。
優秀な指導者・指揮者とともに意識の高い選手、金本選手などがいての結果だろう。


スポーツだろうと治療だろうと、身体的向上を目指す事に変わりは無い。 目に見えるものではなく、気持ち、意識なのだ。


患者は高い意識を持ち、他人に頼る事の無い変化の努力をし、治療側は良き影響力を与える為の努力をする。


治る人生を送れる人、治れない人生を送ってしまう人。  その理由を自分自身で見出せるかどうかから始まるのだ。

2009年04月24日

自慢より憂い

090424a.jpg

この一年半で世の中の変化、やって来る患者が求めるモノの変化を多く感じる。

時代の流れは速い。 流行りモノに乗ると言う意味では無く、どう時代について行くか。

20、30年前は、カラダの歪みが全身のバランスがと言って、バキバキボキボキ治療するだけで商売が成り立った。

この10年はダイエットだ、美容だ、リラクゼーションだとうたっていかないと、商売が成り立たないと理解しているところが多くなった。

最近は更に急激に状況が変化している。 おそらくそれはTV等で “行列のできる、うんちゃらかんちゃら...” や、ネット等での情報が独り歩きしているせいもあるのではと考える。

以前も何度か書いた事があるが、我々同業種の広告に 『○○在住Aさん56歳、××で来院...』 みたいに書いてある奴、アリャいかんよ。 

昔から諸先輩達は、

「あんな広告打つのは、腕の無いオバサン先生が情に訴えて書く広告ダ! 全員治して当たり前なのにイチイチ書くな!!」 

と言っていたっけナ。

まぁ、そう言うのに惹かれる気も判らんではないが、読み手も書き手も質が低すぎる。

小生は性格的に、治った事より、治らなかった事をどうしても書きたくなる。

先日も何週間も足首が痛く、腫れていると言って、紹介でとある患者がやってきた。

明らかにウチの境界領域を超えた症状。

だがこの近所では無いが、ある総合病院で内科でも-、整形でも-と言われ、シップで誤魔化されていると言ってやって来た。

代謝性疾患の可能性を疑い、早急にセカンドオピニオンを勧めた。 残念ながら重篤で嫌な予想が的中してしまったのだが、自分の無力さに悩む。 

占い師なら当たった事を自慢し、満足するが、我々は占い師では無い。

症状を言い当てたところで、解決では無い。 そこから先の事を、 “患者の目線” で考える。

知識や技術を振りかざしての治療なんぞは、根本的な解決は生まない。

常に憂いを抱き、後悔のない前進を志す。

それしかないのだから。 

2009年04月17日

エコな車って何ですか?!

090417a.jpg

新車が売れないという、自動車業界。  そんな中でもハイブリット車のようなエコカーの売り上げは順調らしいではないですか。

ヨーロッパのエコカーと日本のエコカーについての考え方には少々隔たりがあるらしく、ハイブリット車をエコカーの主流として開発しているのは日本がトップ、 というか日本ぐらいと言うか...

まぁその辺の理由や賛否については、各々で自由に調べて考えちゃって下さい。


そもそもそんなエコカーの技術の問題では無く、エコカーと言うものについての捉え方、意識を小生は問いたい。

エコカーが悪いとは、おそらく世界中の誰もが思わないであろうが、ではそもそも何でエコカーに乗るのか?


“地球・環境・自然にやさしい。”


コレはわかる。


“人にやさしい”


コレはどう捉えるべきであろうか?


『排気ガスがクリーン、もしくはCO2排出が少ない結果、有害な物質が軽減できるので人体にやさしい』 のか、 『燃費が良いので、ガソリン代が節約でき、家計、生活、人に経済的にやさしい』 のか。

そりゃどっちもだろうが、主眼をぼやかさず、どちらが優先すべきな事柄なのかを考えるべきだ。

本当に人として人間としてエコを考えるのか、自己利益だけでエコを考えるのか。

こりゃ、“エコ” じゃなく、“エゴ” だ。  (シャレにもならん。)


エコノミーな車、節約なクルマでしょ。 車と言うものを節約と言う価値観をのせてこそ、初めて “エコカー” なのでは無いのか?


チャリでもバスでも足でも何でもあるのに、無駄に家族を駅まで車で送り迎え。  ハイブリット車での送り迎えなんざ愚の骨頂。 小生はいつも指さして笑う。


そんな事を大人が考えられない、そんな親がいる家族があるうちは、 “エコ”なんて 永遠に見せかけ なのだろう...




**頭痛・腰痛(ぎっくり腰)・関節痛 スポーツ障害、リハビリテーションならお任せ下さい**
麻生スポーツ理学センター(http://www.asao-sp.com)
***新百合ヶ丘・柿生 麻生区、小田急線沿線で整体・カイロ・マッサージをお探しなら***

2009年04月16日

ぎっくり腰でも走る

090416a.jpg

「ぎっくり腰でも走りたい」、「腰痛で朝つらいけどゴルフに行きたい」

イイでしょう、イイでしょう~、そんな患者大歓迎!!

好きな事じっと我慢できるぐらいなら、こんなトコ来て無いでしょ? 病院でジッと入院でもしてんでしょ?!

アナタもやりたい動きたい、コッチもゴルフでもマラソンでもやらせてあげたい。

だったらコッチだって倍頑張るから、アンタも倍頑張れ!

ソレが出来ないならこの契約は成立しないから!!

プロ・実業団選手に対しては当たり前な事。

それでもアナタは、 『痛い時は無理しないで下さいねぇ~』 っと言うトコロに行きたいですか?!




**頭痛・腰痛(ぎっくり腰)・関節痛 スポーツ障害、リハビリテーションならお任せ下さい**
麻生スポーツ理学センター(http://www.asao-sp.com)
***新百合ヶ丘・柿生 麻生区、小田急線沿線で整体・カイロ・マッサージをお探しなら***

2009年03月24日

痛みの解決

090324a.jpg

屋号にもある“理学”について、 以前も自然科学・物理学、その言葉の真理、哲学について書いた。

それらを学問の根底においた上で、運動機能の回復を目的としたものが理学療法と呼ばれる。

理学療法を学ぶ上で基礎医学知識の多さ・正しさは、当然ではあるがかなり問われる。

もうひとつ、人間が生物であり生活する以上、日常動作を考える上で“運動学”と言うものも考慮しなければならない。

だが基礎医学で考えると、やれ神経だ免疫だと、運動学的に考えると骨だ肉だ、筋力だと考えてしまう。

そのどちらでも無い事が存在すると言うのにだ。

それは眉唾でもオカルトでも無く、医学的な目線でのものでだ。 

その考えを元にヨーロッパ、例えばドイツでは全整形外科医の30%がその考えを元に治療にあたる。 だが日本では残念ながら未だ全整形外科医の1%にも満たないらしい。 (実は幸運な事にこの近隣にもお一人いらっしゃるのだが)

それが何であるのか、ここでは書かない。

何故ならば書いてしまうと、考える事・学ぶ為の努力を一切しなくなってしまうからだ。

小生は医師になるつもりも真似事をするつもりも、ましてや理学療法・作業療法士になるつもりも無い。
そのどちらでも無いものに取り組む人間になりたいのだ。

患者もそうだ。 医師になりたいのであればいくらでも上っ面な医学の情報を得ればいい。 うわさ話が好きならば、いくらでも近所のおばさんに尋ねればいい。

答えをつかむ為には、痛み・苦しさ・努力を避けては通れない。  それは肉体的だけでは無い。 精神的にもだ。

根性に男も女も、子供も老人も年齢も関係無い。  小学生だって痛くても歯をくいしばって何度もやって来るのだから。

避けて通っていいものなど何も無いのだから。

2009年03月18日

良いクリニックを選ぶ為の自問自答

090318a.jpg

最近自分の知識・技術を不満に感じる。

原因はある様なない様なだが、ふと思う。

普段は自分自信・信念に自信を持ちつつ、かつ驕らず過信せずを心がけている。

運動をした後の筋肉痛を嫌がるかの如く、楽をして良い結果を手に入れようとする。

治療する側も、患者側も。

骨折だろうが腰痛だろうが、長年悪かったものを動くようにするのだから苦痛ゼロな訳が無い。

たとえそれが嫌われる事に繋がる可能性があっても伝えなければならない。 それは気に入られるのが仕事なのでは無く、治す事が仕事なのだから。

昨日もある女性患者が、過去に行った病院(整形)について話してきた。  まず家の近所だから選んだと。 行ってみたらとりあえず少しは良くなった。 暫くして再度訪れたが、前回と治療も説明も何ら変わらず、何となくそこに行かなくなった。 (ちなみに数年後、そこは移転したらしい。)

たしかに病院を選ぶとき家から近いと言うのは大きな要因だが、一番は治してくれる事。 家の近所でしかも良くなったのであれば、それ以上患者は考えない。 そこに問題がある。 その先、その次のステップがある。

本質的に続けて通いたいと思える所を探すと言う事。 近い・安いじゃない、本質的にだ。

内科だってかかりつけで継続的に診てくれる事が良いのは判るだろう。 それは外科であれ、耳鼻科であれ、皮膚科であれ、整形外科であれ何であれだ。

継続してみなければと言う気持ちが、お互いに存在に無ければ答えなんか出る訳が無い。

気分や好みで、それに合わない事を避けて通る。

常に自問自答してこそ、新たな答えが見いだせる。

前進する為に満足せず、常に自分自身の思考に不満でありたい。

2009年03月13日

脳血管障害(脳梗塞・くも膜下出血etc...)リハビリテーション

090313b.jpg

リハビリテーションと言う言葉をよく使うが、どうも昔からシックリ来ない。

辞書を引いてみると、 “障害者や事故・疾病で後遺症が残った者などを対象とし、身体的・心理的・職業的・社会的に最大限にその能力を回復させるために行う訓練・療法や援助、社会復帰。” とある。

ナンか凄く悪そう...

しかも気持ち的にも病んでいそうなイメージ。

まぁ、ハッピーは気分でリハビリに挑む患者はいないだろうが、せめて前向きな気持ちを持ってもらわねば良い結果もなかなか付いては来ない。

ではどうすれば希望を持って、前向きにリハビリテーションに挑めるのだろうか?

たとえば脳血管障害のやって来る患者さん。 その多くが 『私は思うように腕に力が入らない』 と言う。

いや実際は力が入りすぎているのである。 だから肘・手首・指が曲がり、膝は大腿に力が入り膝がピンと伸びきってしまうのだ。 たとえばウチではその状態をバイオフィードバック装置などを使って、筋萎縮している状態を教えるのである。 そして脳・目・筋を連動させ、その場で萎縮を解除できる事を自覚させてあげるのである。

バイオフィードバック装置が良いとか効果が有る無いという問題ではなく、患者に新たな希望を与える為の努力を、常に我々がしているかどうかなのである。

最初にも触れた “身体的・心理的・職業的・社会的” な部分を統合して治療を考える。 机上の理論で得られる幸せなんて無いのだから。

2009年03月11日

スポーツコンディショニング・スポーツ理学療法

p005.jpg

当施設の屋号にある“理学”という言葉。 なぜ“理学”という言葉を使おうと思ったのかを少し話そう。

“理学”という言葉には自然科学・物理学と哲学という意味がある。 この“哲学”というところにすべての理由がある。

“哲学”とは世界や人間についての知恵・原理を探究する学問。もと臆見や迷妄を超えた真理認識の学問であり、それらは自分自身の経験などから得られた考えに基づくものでなければならない。そこから生まれた人生観こそが“哲学”なのである。

だが実際は他人の知識に触れただけで、さも身に付けた気になり、実験や臨床で得た結果だけを論じて、そこにまったく人間の原理・真理が全く存在しない。 そもそも原理・真理の意味が判っちゃいないのだから仕方が無い。

たとえば筋肉の運動負荷を学ぶとき、コンセントリック・ エキセントリック ・アイソメトリック だと学ぶ。
負荷をかけながら筋肉を縮めるとか 負荷をかけながら筋肉を伸ばすとか、 負荷をかけながら状態を維持だとか。 苦手な運動は反復すれば出来ようになると思っているし、出来るようになれば続ける事によって向上すると思っている。

ハートレートモニターもバイオフィードバック装置も、あぁ上がらないダメだ、やった上がった万歳じゃ意味が無いのだ。 人間と言う生物を考えた、その“真理”を考えなければならないのだ。

講義・講習受けて開催して自己満足。 たぶん今だけスポーツ選手ならそれでいいのだろう。

もっと広義の意味で、もっと広い視野で我々は “生涯スポーツ” に取り組む為、本当の意味での“理学”にこれからも向き合っていきたい。

2009年03月01日

情報モラル教育

090301b.jpg

先日、小学校の教諭をされている患者さんと、子供たちに対する“情報モラル教育”ついての話になった。

今はそんな事も学校で教えねばならないのか、少々唖然とした。 

まぁそりゃそうだろう。 その親が裏サイトなんて言って、学校の陰口叩くもん作ってるぐらいだから。 悪口陰口を言っちゃいけないと、教える事すら出来ない人間なのだから。

小生の身の回りでも、なんでもネットネットで調べて分かった気になっている輩がいる。 口コミサイトなんて超鵜呑み。 あんなん殆ど自作自演だから。  とも考えもせずに鵜呑み。 都合のいい事だけ鵜呑み。

旨いラーメン屋探して口コミサイトならまだしも、子供の行く末決める学校をネットで調べたり、子供に命の尊さを教えるといって飼う犬探すのにネット情報超鵜呑みだったり。

どんな理由・言い訳付けようとも、第三者から見たら滑稽そのもの。

ネットは確かに便利だ。 だが物事なんでも楽をした分、必ず落とし穴もある。

自分にとって必要な情報とは何かを考える。 本当に今すぐ必要かどうか考える。 ネットじゃ無い方がイイのではと考える。 

そもそも情報は道具で得るものでは無い。 頭で得るものだ。

まず人としてのモラル。  笑いものだけにはならないでくれ。

2009年02月28日

継続的リハビリテーションのご提案

090228a.jpg

昨今、治療やリハビリテーションをうけたいと思っていても、様々な理由で思うようにうける事が出来ないケースを時折耳にする。

確かに制度そのものの不備もあるとは思うが、どんなに他人のせいにしたところで最終的に困ってしまうのは当事者である本人。

悲しいのが、ご本人が本気で心底治療やリハビリを願ったとしても、それを受け止めてくれる施設の数があまりにも少ないという事実。

以前より当院には脳梗塞や脳出血、パーキンソン等、様々な脳神経疾患の患者さんが数多くやって来る。 口コミや紹介、ホームページ経由でやって来る。

きっと何かしてあげれる事がある筈と考える一方で、安請け合いは出来ないと考えるのも事実。

保険がきく、きかないとか、制度がどうとかこうとか、そんな事どうでもいいから来い!と真剣に、気合を入れて思う。


ウチの運動療法科は1回二千円(チケット1回あたり。税抜き)。 30分から40分診る。 自宅で出来るリハビリ指導も含めてだ。

コンディショニングラボ専科にいたっては1回五百円(税抜き)だ! ある程度自分で出来るよう、出来る気にさえなってもらえれば格安!! 毎日だって来てもらいたい。 どこぞのスポーツクラブと違って、指導するのに金なんか取りゃしねーし。


声を大にして言う。


希望だけは捨てないで欲しい!


協力できる事は必ずあるはずだから。

2009年02月18日

対症療法(対処療法)

090218b.jpg

先日、ある事をきっかけに改めて考えさせられた。


“対処療法とは何か?” と。


“対処療法”は間違いであり、正しくは“対症療法”。  表面的な症状の消失・緩和を主目的とした治療であり、一般的にはあまり望ましくない治療とされている。

では対症療法がダメなら何かと言えば、“原因療法”なのだ。 これがまた難しい。 様々な文献に良く用いられる表現だが、たとえば胃痛。 胃薬で痛み止め。 これは対処。 原因が胃潰瘍で薬剤によって制御したり手術によって除去する事が、一般的に原因療法とされるが、そもそもその原因が職場の人間関係の心労である場合はどうであるのか?

ヘルニアや靭帯損傷もそう。 手術で除去・再生は本当に原因療法と言えるであろうか?

何度も繰り返す、なかなか治らないのであれば、他の原因を模索する。 対症と原因の差はそこにあるのだ。 処置・技術ではなく、双方が模索するというスタンスであり理学なのだ。

特に我々のような民間療法は、病院では治らない症状を根本から治すと掲げるが、実際は今だけ揉んで今だけ楽にが多いのも事実。 これは資格や技術に問題があるのではなく、その人間に問題があるのだ。

それは病院だろうが民間療法だろうが関係無い。 クスリだろうが手術だろうがそんな事は問題では無い。

本当に大切なものは何か、本当に我々が伝えなければならないものが何なのか。 改めて考えさせられる。

2009年02月15日

過去を美化するダメな奴

090215a.jpg

過去何十人、何百人の治療家になりたい、治療家を目指していると言う奴と会った事か。

真面目に、実直に、地道に患者さんと向き合って治療をしたいと思っている奴には言わないが、やれスポーツだ、やれ最新の治療だとカッコつけしい、商売っ気ムンムンの奴にクギを刺す話がある。

まず、 オマエはいつまで自分自身、スポーツをしていたのだ と。

過去この質問をし、体育大でという奴にまず会った事が無い。 その殆どが中高生時代、ヒドイと小学生の時などと言いやがる。 遠い昔に辞めてしまったスポーツを、自分の中で完全美化してしまっている。

たとえば患者でやって来る子供の親が、悪くなってもイイから小学生の時だけスポーツやらせリャイイなんて思っているか? 常識的に考えたら長く出来るようにと思うだろ?!  自分自身が長く続ける事も出来ない奴に、長くやりましょうなんて言われたって説得力なんて無いだろサッ。

自分の身の丈も判っちゃいない、上っ面ナ奴。 そういうのを “ニセモノ” って呼ぶんダヨ。  最近も身近にそういう奴がいたから一喝だ。

こんな景気の時だから、消費者の目は一段と厳しくなっている。 だからすぐボロが出て、見透かされる。 “赤ん坊からお年寄りまで、各種スポーツ相談承り中” なんて看板、よっぽどそこの先生、大先生なんだろうな。

まぁ兎にも角にも、本物を見抜く目を持ってくれ。

2009年02月12日

保険がきく、きかない

070527a.jpg

同じタイトルで過去何度も書いたが、非常に重要な話。

スタッフや後輩たちに、“常に自分の頭に浮かんだ答えと全く違う事を思い浮かべろ” と言う。

今の状況、状態、現状、症状を良い方に変えたいのであればと。 今が間違っているのではというところから始めろと。

学生の頃、自分も含め友人知人たちが痛い・悪いと医者にかかっているにもかかわらずなかなか良くならない事に疑問をもった。

まず何のせいにするか? まず痛い肩や膝、骨・肉のせいにする。もしくは練習・競技、動きのせいにする。  これは全く小学生レベル。

全く違う事を考える。 いっそのこと人のせいにしてみる。 先輩やコーチ、監督、親や医者のせいにでも。 もちろんそれ以上に自分自身の内面のせいにもする。

当時、自分なりに一つの答えにたどり着いた。

“本当に自分は、心底治したいと思っているのか” と。

現在は職業柄、治す側の目線にならざるを得ない。 患者は本当に治すと言う事を第一に考えているのだろうかと。 治療する側も治す事を第一に考えているのだろうかと。

自分自身も一時期、数件の病院や接骨院にかかっていた事があるが、なかなか良くはならなかった。
そこからケアや治療に興味を持った時、医者や鍼灸・柔整になりたのではなく、治す人になるのにはどうしたら良いのかと考えた。


最近特に保険がきく治療形態の施設が街に乱立し始めた。 
例えば保険代は¥500-、あとプラス¥1000-で15分揉みますと。 『¥1500-ぐらいで30分揉んでくれるから安くていいわ』と患者は素人だから考える。 そもそも安い・近いで選んでいるのも大間違いだが、果たして治療する側はどうであるか? 保険がきく事を、果たして治療するという意義で捉えているのか?客寄せでなどとは捉えてはいないであろうか?
それでなくても医療費負担が問題になっている昨今、そんな治療、医療、健康保険の意義・意識を下げるような事は、特に医師の方々が黙ってはいない。

商売をしたいと思っている先生と治したいと思っている先生、どちらに自分が行くべきなのかよく考えて欲しい。 勿論、気持ちよくなって満足なら止めはしないが...

兎にも角にも、藁をもすがる思いで来る患者を騙したり、自分で自分達の業界の首を絞めるような事が起きない事を望む。

About 熱く伝えたい!!

ブログ「神奈川県随一のスポーツ専門治療院!       “麻生スポーツ理学センター” BLOG」のカテゴリ「熱く伝えたい!!」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。

前のカテゴリは最近のニュースです。

次のカテゴリはこんな事やってますです。

メインページはこちらです。

Powered by
Movable Type 3.36