子供と大人の未来への時間の違い。

子供と大人の未来への時間の違い。

中学生時代、当然まだ運転免許も無いクセにオートバイが大好きだった。 友達みんなで毎日バイクの話で盛り上がっていた、その時の話。

昭和の時代の祖師谷大蔵は、まだまだ毎日銭湯を利用する人は多かった。 当然小生も近所の友達と毎晩銭湯へ足を運んでいた。

中学生になると銭湯でも友人との会話はバイクの話。 そんなある時、時折見かける一人の大人が声をかけてきた。 『坊主、バイクが好きなのか?』と。 話を聞くとどこぞのバイクメーカーの人だったらしく、それから会うたびに色々バイクの話をしてくれた。 今思えば笑っちゃうような質問も全部答えてくれた。

当時国産バイクの最高峰と言えばナナハン。その響きそのものが憧れで、高根の花。 自分もいつか大人になって乗れたらいいなと想いを馳せていた。 そんな時その人が『国産バイクもこれからどんどん大きくなり、750では無く1000、1300の時代が来るんだぞ!』と話してくれた。当然その話を翌日学校で皆に話した。 

それから数日後、友達と思っていた数人が小生がいる事に気が付かず、「そんな事ある訳ねぇじゃん、知ったかぶりやがって!!」と噂話をしていた。 今思えばそのウチのひとりにバイクに乗る高校生の兄貴がいたから、そんな所から来た話なのだろうが、確かに中学生にとっちゃ想像も出来ないくらいの未来の話。 だが実際はそれから5、6年後にはその大人の言うとおり国産各メーカーはリッターOVERのバイクを出してきた。

大人にとっちゃ5、6年なんてすぐそこレベルの話だが、子供のとっちゃ遥か先の話し。だから一日一日、今この時間が本人の自覚以上に大きな意味を持っている事を我々大人が教えなければならない。 たとえそれが相手に信じてもらえなくとも。

大人でも子供レベルで目の前の事しか考えられぬ者も多い。 信じてもらえず、信頼を感じられなくとも自分の信じる道を誠実に突き進もう。