車いすは手では無く、首と頭で漕ぐ理由。

車いすは手では無く、首と頭で漕ぐ理由。

健常者は通常車いすに乗って移動する機会は無いだろう。 当然予想以上にその移動は遥かに不自由が多い。

基本車いすという乗り物は、タイヤの横に取り付けられたバーを手で握り、前へ転がして進めるものなのだが、それは間違えでは無いが正しくない。 勿論症状にもよるが、例えば動かす事の出来る上半身をも使って漕ぎ進める事も指導する。

PTや介護・福祉関係の者であれば承知の沙汰な事であっても、昨日まで健常で突然事故に遭って車いすを利用する事になった患者は知りはしない。 突然訪れた不慮の出来事に塞ぎこむ。

患者を支える優秀な療法士達は、それらをいきなり全部伝えるような事はせず、努力と工夫でいま目の前の現実がひとつずつより良いものになると言う事を伝え、未来への希望へと繋げる。

スポーツでも仕事でも、いきなり新人・初心者にすべてを教えやせぬ。 治療や医療でも同様な事が言え、小生のように組み立てねば何も始まらないような所はそこが全てになり、本質や核心へ触れるのは数回先となる。

そもそも努力は数回で成立するものでは無い。 残念ながら険しく長い道のりを要する事が多い。 治す事に真剣であれ。