理学の本当の意味

理学の本当の意味

数年前、巣立つスタッフの送別会の席で、新旧10数名集まったスタッフたちに説教をしてやった。

『スマホを取り出せ。グーグルを立ち上げろ。 そして勉強の意味と打ってみろ』と。

小生自身、会社員時代の若かりし頃、当時の上司に言われた内容。 本来、勉強とは仕事に精を出すこと、一生懸命働く事、無理にでも努力して励むことである。 しかし近年、その言葉の意味が "学習" と混同して使われるようになり、紙とペンの机上の理論を "勉強" と勘違いしている人間が多くなってしまっている。

今回の本題の"理学"と言う言葉、これも本来は "理" を "学ぶ" もの。 理とはことわりであり、すなわち"物事の筋道、もっともな事、道理" なのである。 しかし残念ながらコレも近年"science サイエンス"として、おおまかなに捉えられるようになってしまっているのである。

理論や理屈だけで道理を学ぶ事の出来ない、そのスタンスさえもとる事の出来ない悲しき現代人。 そんな様々な思いを込めた我が屋号である。