見えやすさと、見やすさ。

見えやすさと、見やすさ。

目の悪くない人には全く興味も関心も無い、目の話し。 しかし今日は目の良い人ほど読んでもらいたいネタ。

小生自身、子供の頃から死ぬほど目が良くて、視力検査の表は隅々まで見えた。どこぞの国の人ではないかと、よくからかわれたモンだが、10数年前にちょっとした事故で眼球打撲をし白内障になり、そこで初めて目の悪い人の気持ちが分かった。

さて本題。 目の能力を考える上で、見え易さと見易さと言うものがある事をご存じか? 例えば目ん玉に合わせてメガネを作るとしよう。 当然いろんなものが良く見える。 しかしそこに実際の生活のシチュエーションを考慮したとすると、事情は少し変わってくる。

ほぼ真っすぐ前しか見ないマラソンと、足元良くみるトレラン。 後ろからも飛んでくる事がある野球やサッカーと、テニスやバトミントン、卓球とでは状況は大きく違う。 それによってレンズの調整・加工も違ってくる。

それ以外にも人間が動く仕組みと言うのも考えねばならない。 視覚・体性感覚・前庭感覚と、大きく3つの基本感覚のインフォメーションの調整力も問題となる。 固くて平らな路面なら、目をつぶったって歩けるし走れる。 しかしひとたび路面が不安定にあり足裏からの体性感覚だけでは補えなくなった場合、一気に視覚情報の優位性が上昇する。 もしそのスイッチングが悪ければ、視覚情報処理のせいでバランスを崩す。 バランスが悪いからと言って片足閉眼バランストレなど、まるで真逆。

眼科は目に合わせてメガネを作り、メガネ屋は見易さを考慮してメガネを作る。 ウチでは眼球・身体の使い方、コーディネーションの訓練で、動作においての質の向上を図る。 当然無駄な緊張も無くなり、肩コリだって頭痛にだってやる価値はある。

貴方のイメージ出来ない事だから効果がある。 得を取れるか損をするかは本人次第だ。 ウチが眼底検査までやるのはそういう事である。