カイロプラクティックが嫌いになった訳

カイロプラクティックが嫌いになった訳

正確にはカイロプラクティックが嫌いになった訳ではなく、カイロプラクターが嫌いになった。

若い頃、テクニックその物ではなく、哲学とも言われるその考え方に感銘をうけた。だが一部の人間は人を治すことより自分の利を得る事に重きを置いていた。

例えば物や道具に惹かれるのは、人間としてある意味当然なのであるが、目新し道具を使って教わった事やるだけで治していると言えるのか? もしその道具を売り歩いたりなどしたらもう最悪。 しかも手技だ徒手と言いながら。

道具は上手に使ったら武器にもなるが、間違えたら凶器にもなる。 赤ん坊にハサミを手渡し怪我をしたとする。それはハサミを使うテクニックの問題ではなく、人間としての成熟度の問題。 道具や上っ面なテクニックに惹かれる治療家ほど、人間として未熟な者、社会人としてのスキルの低い人間が多い。

本気で治す気もないのに、治すと言わないでほしい。

来春新たな道を歩む若者に、小生は必ず言う。 "業種は方向性で、会社は人間性で選びなさい" と。 悪い人間がいる会社は悪い会社。 悪い人間が居心地が良い会社。 社風は絶対変わらない。 聞こえや格好で選ぶのは頭の悪い子供がする事だ。

インチキと偽者をしっかり見抜くすべを何よりも先に身につけてほしいものだ。