自らの誤診を認める勇気

自らの誤診を認める勇気

知ってる患者は知ってるが、訳あって昨年後半から忙しい。 新患も例年に無く多く、数週間先まで取れぬ事も。 大変ご迷惑おかけしております...

怪我していきなり飛びこんで来る患者はそう多くは無い。 そんなに街に転んでぶつけて捻った人間は多くは無い。 さかのぼり機序を紐解く事は思っているほど容易ではない。

だが多くの患者は、それらを安易に考えた者による治療のせいで長患いをし、やって来る。曲げて伸ばして検査して、ちょこっと話聞いて紐解けるほど安直では無い。

最近は午後診で7時間トイレに立てぬ事もしばしば。まぁ破裂せぬ程度に頑張るが、尿意より集中力が少しでも落ちる方が何倍も怖い。そのような時は1分でも2分でも間をおく。 リセット。 そしてまた考え始める。

我々ができる事は、指示でも意見でも忠告でもアドバイスでも無い。 提案。  後はその提案を患者側が受けるか受けないか。数回で挫折し頓挫し、渡り歩き放浪し、暗中模索の旅に出てしまうかどうか。 患者以前に我々治す側が道を失っているようでは論外なのだ。

時に振りかえり確かめ、そして前へ進む。 な事を昨日年配の患者数名から少し気が付かされた。 人生の先輩たちは良い事言うな。 (団塊世代除く)