学習と勉強

学習と勉強

昨晩は元スタッフが十数名集まって送別会を行った。幹事も元スタッフの男子がキッチリ仕切ってくれ、本当に良い送別会だった。

最後に全員にジジイの説教で、"勉強する"と言う事についての話しをした。コレは小生自身が会社員時代に学んだ事。

全員にスマホを取りださせ、ブラウザでグーグルのページを開かせた。 そこで「勉強の意味」と打ち込み、検索をさせた。

一番トップにその意味が表示される。そこには 無理にでも(=強)努力して励むこと。』仕事に精を出すこと。』 と出る。 だが現在は学習すると言う意味と混同して使われてしまっている。

仕事でしか学べない事とはなんだろうか。 学習は紙とペンに向き合うが、勉強は違う。
研究者になりたいのならそれも良いだろう。自分の人生の目的は何なのか? 

過去何度も書いている目的と目標の話し。目的は抽象的で単数、それに対し目標は具体的で複数。人を良くしてあげたいのなら、その為に今自分が何を見聞きせねばならぬのか。

例えば杖。 患者に杖を勧める時、何を基準に勧めるだろうか? 

老人には転ばぬように、他の者には歩きやすい杖を。老人用は足の代わりに、山、アウトドア用は手の代わりに。 症状、骨肉関節の動きでは無く、なによりも患者を診て紹介するべきなのだ。

本当に見ねば聞かねばならぬ事は学習で得るのではない。 知識や資格や講習会は人間としてのスキルアップにはつながらない。 例えばあとから自分と同じ資格や経験を持った者がきたら、自分以上の資格や経験を持った者が来たらどうするのか?

会社とは人生を学ぶところ。決して欲を満たすところでは無い。 やりたい事ができるから選ぶべきでは無い。

 

代わりのいない自分になりなさい。 と最後に一言付け加え、説教を終えた。 これからの人生、まだ皆若いのだから、決して不毛な人生にはしてもらいたくはない気持ちが少しでも伝われば良しである。 正しい道を、悔いなく一生懸命に。