スポーツトレーナーの道に進まなかった理由。

スポーツトレーナーの道に進まなかった理由。

数年前にも知り合いに、最近タマに患者にも言われる。 「トレーナー、嫌いですよね?!」と。

当たらずと雖も遠からずで否定しないのがまた面白いともよく言われるが、スポーツトレーナーが嫌いなのでは無く、スポーツトレーナーと名乗っている多くの人間が嫌いなのだ。

前職スポーツメーカー時代、外人日本人数多くの素晴らしいスポーツトレーナーに何人も出逢った。 小生自身、学校2つ計6年余り指導者・トレーナー目指し学んだが、当時出した結果が、あまりにもスポーツの世界を知ら過ぎる事への解決への道。既に治療の資格も持っていたのだが、逆に自分の浅さに気が付く事に。 故に会社員時代に出逢ったトレーナの方々の素晴らしさに驚愕し、将来自分もと思った。

しかし現在会社を辞めてからその考え、気持ちは崩れ去った。 特にこの数年出逢うトレーナーに限らず、スポーツ系をうたう人間の質の低さに怒りと悲しみを感じる。 どの人間も自分の事ばかりを真っ先に考え、しかもその自覚が無い人間がその殆どで。 机上の理論や知識だけは先走り、年々その質は下がっている。  自分がやるべき事はそれ以前だと自覚し、覚悟した。

先週何人もやってきた子供新患の親と話していると更にそう思う。 神奈川横浜で最新最新鋭のスポーツクリニックに通わせていた親に、どんな治療を其処でしていたのかと尋ねたら、『基本あそこは様子見だから』と返してきた。 実は過去何度も同じ意見を聞いた事がある。 深い...

先日も週末に行われた、あるスポーツ大会の撤去風景を見ていて残念に思った事も。知人も見ているので此処では書けんのだが、業務でかかわっていた事があるからこそ、そのスポーツの行く末を案ずる。

ゴールを間違えると辿りつくその先に待つものは栄光では無い。 自分自身のゴールも正しく設定できぬようでは他人への思いやり以前。 自己中以外の何物でも無い。 まだまだ日本ではスポーツは未成熟な業界なのだろう。 日々誠実にである。