足・膝、歩く動くでミリ単位?!

足・膝、歩く動くの運動理学。

ウチにしては珍しく、平日真っ只中に午後半休して、ちょいっと新しい情報入手に都心まで足を延ばしてきました。

諸々様々毎回顔を出して思うのが、情報を得ようと思ってやって来る人間と、たまたま情報が入ってきた人間との差。 もしくはどれだけ情報を強く望むかの温度差。

物や情報に飛びつく人間は、それが良いと思うからであり、ダメだと思って飛びつく人間は殆どいないだろう。 当然と言えば当然。 しかし失敗や間違いだからこそ多くを学ぶ事ができる。

昨今のランニングや自転車、アウトドアブームでより活動的な生活を送るのは良い事だが、それらにハマりやり過ぎ、身の丈を超えた場合、様々な問題が発生する。

治癒や改善、停滞したパフォーマンスを改善する場合、その原因を正しく精査できてこそ、そのさきに治療や療法がある。

だが、我々がスポーツクラブや町の病院・治療院で痛みや不具合の相談をした場合、その多くが良くて療法、悪けりゃ単なる訓練で終わってしまう。 力を入れて抜いて歩く訓練、動かす訓練。 ミリ単位で何か入れたり、切った張ったで、こだわりデス!と。 そしてタマタマ治る。 

リハビリそのものも、意味的には 『障害者や事故・疾病で後遺症が残った者などを対象とし、身体的・心理的・職業的・社会的に最大限にその能力を回復させるために行う訓練・療法や援助。社会復帰。』 となる。 療法はその方法であり、重要な方向性、診察診断は基本医師がせねばならない。 検査は診断を確定するものであり、検査と診察・診断を間違えている人間が数多く居過ぎる。 

民間療法に取り組む人間との温度差がそこにある。 たまたま治る人間。 そのタマタマじゃ治らない人間の力になる為に、大きく欠けているモノを法的に守られていないのを覚悟に学び、患者と向き合い治療に取り組む。 誰かの指示のもとに診るのではなく、自信と責任、覚悟を持って決めて患者と取り組む。 我々は皆そうであるのだ。

ミリ単位で良くも悪くも。 凸凹や段差、服や靴下、押したり引いたり、さぞかし日常の様々な場面で飛び上がるほど辛いのであろう。 そんなケースはもう別の病気。 たった一場面で診断をしてはならぬのである。

いやはや少々長くなったが、楽しかった半面、まだまた一般レベルでの問題点は根深いと実感する一日であった。