IOC理事会、レスリング除外と意義。

レスリング、スポーツ、問題解決。

一昨日、国際オリンピック委員会(IOC)は、スイスのローザンヌで理事会を開き、東京などが立候補している2020年五輪で実施する25の「中核競技」を選定。昨年のロンドン五輪で実施された26競技のうち、レスリングを除外することを決定した報道が流れた。

小生は非常に腹が立つ。

レスリングがオリンピックに参加出来なく、見れ無くなる事にもアタマくるが、競技の選考理由、そもそもの昨今のオリンピックの意義そのものに腹が立つ。

レスリング関係者が「(残るために)それほど力を入れて努力していなかった」と発言していたが、努力とは一体何なのか? 

除外の候補に挙がり、除外を免れたある競技は、電子機器判定等、競技を分かりやすくする為の様々な努力をしたと言う。 楽しく分かり易く...  コレじゃ単なるショービジネスではないか!?

ここまで来たらスポーツをする事そのものの意義にまで係わって来る。

強い精神は強い身体に宿る。

人生においてトラブルや問題が発生。 何かあった時こそ自分のせい、自分の努力。 だからこそ問題を解決し乗り越えられる。 自分以外のせいにして良い事など何も無い。

思考言動、全てが非生産的。此れでは他人から共感や協力など得れる事はおそらく皆無であろう。

地道な努力の積み重ねこそが人生において最も意味のある事。 そんな事を学ぶのがスポーツではないのか!?

小生の一番嫌いなすぐ本を開いたり、講習会出て資格取って自己満足な人間。 何でもかんでも他人の情報、他人の力を借りてしか前進する事が出来ぬ人間。 ついにスポーツの世界でも最も重要な事を忘れ去り始めている。

楽しく分かり易くでは、単なる商売だ。 ひとりひとり、自分自身の努力が身の回りの人皆を幸せにする。 今一度スポーツで一番大切な事、スポーツをする意義を皆が考えねばならない時期なのかもしれない。