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2012年09月 アーカイブ

2012年09月01日

夏バテ噴出期間突入!!

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夏休み期間もアッと言う間に今年も過ぎ9月。夏バテ噴出タイムと相成りました。

先日から待合室でディスプレイしている全7分の神経障害性疼痛のオンスクリーン講習。 医療関係者でもなかなか入手できない最新の資料なんですわ。 その一部をチョイっと書いてみると、腰痛に代表される慢性疼痛などは、ある調査結果で疼痛保有者中、常に痛みを感じているのが58.0%、その痛みの保有期間は6.98年。 その期間中、受診経験がある患者は79%、そのうち現在も通院中が34.5%、と言う事は受診した患者の半数は受診を中断してると言う事実

更に詳細な情報は是非待合室でご覧下さいナ。 平均で7年ですから人によっては10年以上、人生の数分の一を後ろ向きに過ごすか前向きに過ごすか、もちろん前向きなお手伝いを全力でサポート致します。

この秋に院内一部リニューアルも計画中。 こうご期待!!

2012年09月02日

登り坂を速く走る

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速く走ると言う事を、未だ筋力・持久力だけの問題と考えている者は少ないであろう。

ならば他に浮かぶのがフォームの問題ぐらいしか無いのが関の山。 フォームが良くて誰よりも早く走れるのであれば、実業団選手はもう既にやる事は付きたナ。

そもそも平坦路を怪我無く、それなりのレベルで走れていなければ問題外な話しなのであるが、下り坂や登り坂が速い選手とそうでない選手の差はどう説明を付けるか?

その説明・指導において、身体運動における身体重心点(COG)特性を理解していなければならない。上下運動するCOGを位置エネルギーや床反力、いわゆる弾性エネルギーを理解し、生かしたトレーニングが出来てこそ、そこで初めてそれらを運動エネルギーに転化でき、速く、省エネで走る事が出来るのである。

当院へ訪れる患者の全てが何らかの痛みを抱えてやってくるのだが、痛みが取れた次のステップでレッグハイ系のスタビやプライオメトリクスを積極的に運動リハプログラムに取り入れる。 むしろそれらを視野に入れた治療プログラムを当初から行わなければならないのである。 

あとは患者、選手本人がその自覚や意識が在るかどうか。 痛みが取れたらまた問題無く走れるなどと安易な発想では決して質が高い選手とは言えぬのだから。

2012年09月04日

腰椎ヘルニアの誤診の確率

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毎月何人も病院、MRIで椎間板ヘルニアだと確定診断され、それでも良くならないと言って訪れてくる。

皆さんは腰椎椎間板ヘルニアにおける、MRIの診断的有用性をご存知であろうか? そもそも他科と違って比較対象実験が行いにくい整形外科学なのだが、それでも昨今では多くの実験・研究データが出てきたおかげで、長年進歩し無かった分野がだいぶ解明されてきた。 その最も代表例が椎間板ヘルニアなのである。

いまだ50年以上前の腰痛学が医療現場では蔓延っているのが現状。 『わたしはMRIで素人が見ても分かるほど飛び出ていたから間違いないんです!!』と力説する患者も多いのだが、そもそもそこから間違えているのだ。

例えば1995年のBoosらの研究では、危険因子を一致させた腰痛の無い正常人にMRI所見を対比した所、実に85%以上の椎間板の変性が見られたのである。 同様の研究データが世界各地に20例近くあるが、そのいずれもが同じ結果なのである。

このエビデンスが乏しい事そのものに疑問も気が付きも無く治療が進められているのが、悲しいかな未だ現状なのである。

診察とは身体所見を重要視するものであり、画像検査は確定診断する為の一手段であるに過ぎない。 特に腰椎ヘルニアにおいては。

全ての患者に一時間近くかけ、腰椎ヘルニアとは何ぞやとを説く。 当然難しい内容に一部なるのであるが、ほぼ全ての患者は初診時に目を丸くしてその話しを聞く。 それはそうだ、今までの医院で聞いていた事とはまるで逆なのであるから。 だがら治らなかったのだ。

解剖学的な詳細な説明は今回割愛する。 機会があればここでもそのうち書きたいがまた後日。 くれぐれも頭に入れて自分の腰痛を考えて欲しい。 正常な人間の85%が潰れていると言う事を。

2012年09月05日

大企業の敬称の話し。

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個人的なドーでも良い話しなので、個人的に食いつかず読んで欲しい。

皆は他人の呼び捨てについてどう考えるか? 小生は個人的には腹は立たんが、コイツは何故他人を呼び捨てるのかと考える。

小生が最後に勤めていた某スポーツ系会社は正直そんな大会社では無かった。 しかしその中でも面白かったのが上司によって部下、他スタッフに対して敬称を付ける人と完璧呼び捨ての人にキッチリ分かれていたと言う事。 敬称を付ける人ほど大手から来た人であり、呼び捨てする上司ほどエセ体育系であった。

仕事で大企業と呼ばれる会社を訪れると、社内でお互いを呼び合う言葉に耳をそばだててみると、大手ほど敬称を付けている事に気が付く。 

常識的に対外的に敬称省略とか、親しみを込めてとか、まぁ色々ケースバイケースだが、日ごろから考えての敬称省略ならかまわんが、小生の経験上、得てしてけっして社会人のレベルが高い順に敬称省略と言う事はまず無い。 正直むしろ不快と感じる事も少ない無いであろう。


ホントにドーでもイイ話しなので個人的に自由に読んで考えて欲しい。 常識やレベルは自分がどう思っても、他人からの評価が全てであるのだから。 社会人とし質の高い人間になりたいものだ。 

2012年09月06日

まだまだ暑い!熱中熱射病。

だいぶ暑さも和らいできたが、まだまだ予断許さぬ熱中熱射病。 本やネットでその分類、知識を持つ物も増えたが、その対処にはまだまだ不適切なものも多い。

そもそも人間は暑さに強いか弱いか!? 実は他の動物よりも人間は暑さに強い。 体毛を無くし、大量の発汗を身に付け、非常に優れた熱放出能力を持ち合わせた。 にもかかわらず、人間は暑さで倒れる事が多くあるが、野生の動物は暑さで倒れる事はそうそう無い。

それは何故か?!

単純な話しだが、無理をするからなのだ。 人間も小さな子供は暑さに負けず元気に遊ぶ。辛くなったら遊びを止め、喉が乾いたら水を飲むのだが、それがスポーツなどをするようになると頑張らなくっちゃとか我慢しなくちゃっとかになり、それらが熱中症系を生む。 このへんの話しを書くとキリが無くなるので止めておくが、人間が暑さに弱い動物では無いと言う事は先ず理解できたであろう。

その様に暑さに強い弱いも分からぬレベルで、適切な対処など根本的に無理。 よく氷で冷やすと言う対処も見かけるが、その病態によっては血管を収縮させてしまい不適切なケースもあるのだ。 水・ぬるま湯を霧吹きでかけ扇ぐ。 体温を下げる方法を間違えてはならぬ。

臨床と机上の違いを分からず、頭デッカチは本当に危険だ。

2012年09月07日

スポーツ鍼灸、スポーツ整体、スポーツマッサージ。

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スポーツ...     ウチも屋号に入ってるからね、スポーツ。

3年ほど前に現屋号に変更したが、それには一年以上、スタッフみんなで此れからの方向性、治療内容の再構築に時間がかかった。

そもそもスポーツと言う言葉を長年避けてきた。 スポーツ関係に少々嫌気がさして前職、スポーツ系企業を辞めた。 正直、他業種より遥かに未成熟であり、戦略的な環境適応業とは思えず、決して質の高いビジネスセンスが求められ、磨かれる業種では無いと判断したからだ。

自分の技量でより時代の流れ、求められるモノを提供出来る仕事をしたいと考えた。

それでも諸先輩達からは、『武器を使え!』と言う助言をいつも頂いたが、その言葉の意味すら長年分からなかった。 

今現在、その言葉の意味が100%分かったかと言えばそうではないのだが、少なくともカッコ良いからとか儲かるからとか手に職だとか言って働くのは性分では無いと自覚している。 

人間の身体、健康について長年学び、それをどう社会にアウトプットし貢献したら良いのか。 より多くの人に提供出来るものを形に出来ぬものかを考えてきた。 健康という人間の最も基盤となるものを。 

病気は医師の方に診てもらう。 医療とはまた違った方向、もしくは現医療で取りこぼしてしまっているものが在るのであれば、自分の今まで学んできた経験してきた中から質の高い生活(QOL)を提供できる事が必ず何かあると考える。 しかし、医療も絡んでくる話しともなると、その理由・仕組みを説明するにはどうしても複雑な部分を避けて話し、理解してもらうことは困難である。 単純に信じられる立場に在る人間の言葉には敵わないのだ。

他人の言葉に惑わされず、患者自身一人一人が自分の頭で考え理解する。 その為にはある程度分かり易いキーワードも並べねばならないと助言された。

小生が使うスポーツとは決してスポーツ選手専門では無く、より動く走れる歩ける働けるをイメージしてもらえればと考えているだけだ。 ただ目指す目標とレベルが一般の人とスポーツ選手が違うだけである。

会社を辞め、現職に専念すると決めた時、知人友人達にはスポーツ選手を紹介しないで欲しいと伝えた。 スポーツ選手多数来院に惹かれる人はそういう処へ行った方が良い。 小生とはまるで方向性が違い、全く別ジャンルなのだ。

動きや痛み、その連鎖・阻害増悪要因はスポーツも一般も同じ。 重要なのは方向性だけであるのだから。

2012年09月08日

新規外来感謝致シマス。

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ウチの様な田舎で場末で、狭くて古くて、癒しやロハスのカケラも無いのにホントにありがとう御座います。

しかし良い世の中ですナ、ネットもあって情報も多くて。 以前なら自分の行動範囲で自分の足で探さなければならなかったものが。

昨日も数名の新患さんや最近来始めた患者さん達から色んな意見をもらえました。 自分に合うところを探すと言う事について。 

情報や知識を付ければ物事が解決する。 そんな事が在るとすれば、それは上辺だけ。 最終的には何も変わらず、ただただ堂々巡り。 小生の一番嫌いな人種の資格マニアは典型例。 他人から何かを手に入れれば解決出来ると思い込んでいる。

最終的に変わらなければならないのは誰でも無い、自分自身。 骨や肉では無い、自分の内面を根本から変える気持ちが無ければ何事も上手くはいかない。 それは仕事もスポーツも勉強も同じだと分かっているはずなのに。 良い塾、良い学校、良いチームに入ったところで、本人の気持ちがダメなら成績など向上などしない。 


変わらなければならないのは、何よりも内面。 変わろうとしているその気持ちに全力で取り組む。それが我々の仕事だと思っている。 上っ面の知識や技術では決して解決などしない。 そんな気持ちがこんなHPで伝われば良い。 ただそれだけである。

2012年09月09日

肩と膝の関連性

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肩と股関節と言いたいところだが、ココは敢えて膝。 

姿勢制御の身体情報に足関節と股関節が重要な役割を果たしている事は以前書いたが、前後左右、その両方の制御の影響を受けるのが膝関節なのだ。

年齢・性別・スポーツ関係無く、とにかく膝の患者が多くやって来る。 腰の次ぐらいではないか。 

膝であれ腰であれ、部位や症状関係無く、患者にもっとも初めに問うのが、 『痛みを止めたいのか、治したいのか?!』 である。

痛みが無くなったらまた以前の様に、動ける走れる、生活が出来ると思っている患者が多いが、まずそれは100%無い。 どのくらい短期でみるかにもよるが、まぁ1、2週間ならそんな事もあるだろう。 そんな短期間だけ良くなったって全くもっても無意味な筈だ。

今ある痛みだけをとめるなら、注射や薬には敵わない。 電気や針、グリグリ押すなどして強い刺激を与えれば多少の除痛もはかれる。  運動器性疼痛なのか神経障害性疼痛なのかを正しく診察診断出来さえすれば、レッドフラッグ因子が無ければ治癒改善の治療において、運動療法の有用性は非常に高い位置に持って行く事が出来るのである。

患者も治す側もそれさえ心底理解する事が出来れば、走る時に腕を振れ!と言われた事が在る等に、骨格構造解剖学以外にも、一連の運動連鎖と制御を考えてみれば、やれる事、治療の引き出しは無限に有り、治る可能性はゼロにも100にもなるのである。

肩・肩甲骨を使って膝関節を治す。  その意味が分かるであろう。

2012年09月11日

構造とリテラシー

月に一回ぐらいの自分の時間。 大抵は機械イジリ。 直していると言うより壊しているに等しい。

若い頃は車のエンジン下ろして夜通しバラバラにしていたりもしたが、時間も金も無い現在では洗車に毛が生えた程度。 それでも相手が機械だから、いつもと違ってアタマを空っぽにして自分勝手な思考で作業が出来る。 此れが意外にも小生的にはリセットになる。

人間であれ機械であれ、構造を理解している事は重要だが、その構造を丸暗記で来たからイコール何でも理解している、何でも直せるとは大きく違う。 実は先日も3年前に購入した車の一部が納車当時から整備的に不良なところが、今更ながら見つかった。 車検には全く関係無い内装部分だったから疑問に思いながら放置プレイしていたのだが、フッと思い整備の人間に質問をぶつけたら大慌て。 まぁ、そんな事ぐらいじゃ怒りはしないし小生は気にせんのだが、先方が平謝り。 逆に恐縮する。

その件は今回別に関係無いのだが、手に入れた情報や知識をどう使うか? その使い方、応用力の有無・力量の差が現場や臨床では持つ意味が大きい。

患者が治らないと言ってやって来るが、病名を付けたり部位を絞り込む事に大きな意味が在るとは限らない。むしろ長患いしていればしているほど無意味なケースが数多く存在する。 

熱中症の話しから子供の習いごとの話し、身体リテラシーの話しをよくする。 多くの親が、自分の子供に対して幼い頃から習いごとお稽古事をさせる。 しかしそれらが局面を変えるとマイナス因子にもなりえる事を説明する。 良かれと思っている事が裏目に出る。 そもそも裏目裏目に出ている事すら気が付かぬ。 難しいが前進とはそういう事を乗り越えてこそのモノ。 自分の足で一歩踏み出す為に、まず自分の心から一歩前へ踏み出そうではないか。

2012年09月12日

アナタのVAS、目盛が根本的に...

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痛みの強さ(主観)の非常に簡単で一般的な評価方法、VAS(Visual Analogue Scale)。 実習生を常に抱えているような病院では勉強の一環で学生にガンガンやらせているのも目にするが、実際の担当医等が行っているケースを目にした事は殆ど無い。 小生も年に一度有るか無いか。

常識的な普通の患者であればこのような手法を用いなくても、最初を振り返って治癒・改善を自分で理解出来る。 それらが分からない患者にやらせる為のものなのか、それとも此方がただ単にデータ取りでやりたいのか。 特殊なケース専門の先生であれば必要性も高いのだろうが、通常では机上以上の見聞きはまず無い。

100mmの線を引き、左端は無痛(no pain)、右端は最悪の痛み(the worst pain I ever felt)とし、患者自らに現在の痛みの程度を数字化してもらうモノ。 先にも述べた通りあくまでも主観的。 パッと思い付きの現状では無く、常識的にはある程度自分を振り返る客観性も当然必要。 言葉はいつも通り悪いが、現状を認識させたい患者に限ってヘンクツ。 想像出来る最高の痛みなんて想像できネェー! などと言われてしまう。 言う前からコッチが想像できる答えだったりして。

実は小生、別の形でVAS的なものを例にとって説明する事が多々ある。 それは一本の線やスケールを見せ、その両端にどんな目盛単位が付いているのかを問う。

此れはもうかれこれ20年以上前に、当時海外のクリニックで活躍されている先生と話しをしている時の内容をヒントにしたもの。 得てして日本人は痛いと痛くないの二つしか考えていない。 だから痛みが取れたらまた以前と変わらず問題無く動けると思っている。 実際はそうでは無い。 痛い、痛くないのその先に、凄く調子が良いと言う目盛が在る。 痛くないはあくまで中間地点なの。 だから中間地点をちょっと過ぎただけで全てOKにしてしまうから、すぐまた痛くなるのだと。

痛みをとるのと治すのをゴッチャ混ぜにしている。それは患者も治療する側もそう。 主観と客観、出来ぬ理解出来ぬ者ほど治療は長引くものだ...

2012年09月13日

40代の運動習慣が一番その後の人生に!

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今日はほぼコピペな内容になるが。

先月末、アメリカの「Archives of Internal Medicine」で、米テキサス大学サウスウェスタン医療センター(ダラス)内科学准教授のJarett Berry氏らによる大規模観察研究の報告が発表された。 その報告によると、フィットネスレベルの高い人では、寿命の延長だけでなく、慢性疾患の発症も遅延しており、その結果一生のうち疾患に悩む期間が短くなっていたという。

中年期のフィットネスレベルがもっとも高い人では、もっとも低い人に比べ、70歳以降の慢性疾患(アルツハイマー病、大腸癌、肺癌、うっ血性心不全、慢性腎疾患、慢性閉塞性呼吸疾患[COPD]、2型糖尿病、心疾患)の罹患率が低かった。フィットネスレベルが高いほど、平均寿命が長く、無病期間が長く、罹患する慢性疾患の数が少ない傾向も認められたそうだ。

小生もガッツリ40代。 日々コツコツ小一時間、身の丈に合った運動を行っている。 凄い事にチャレンジする必要性はまるで感じていない。 健康的で豊かな生活を送る為に必要な事。 勝ち負け、記録にこだわらず、幸せな生活を送る為。 

安全と健康は何よりも優先すべきもの。 欲に負けて不健康では元も子も無い。 日々一歩一歩、共に健康的に歩もうではないか。

2012年09月14日

日本人の治療とケアの継続性について。

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以前、治療が長続きしない、途中中断してしまう患者にその理由を問うアンケート調査を読んだ事が在る。 思うような効果が出ないとか、施設やスタッフに対する様々な不満が羅列されていた。 どれも調査しなくても分かるような内容。 思うような効果が出ないから止めるのだろうが、ならば思うような効果が出たらずっと継続するのだろうか?  そこが問題なのだ。

先日もVASのところでも似たような事を話したが、もうかれこれ20年近く前、社員研修で聞いたある講義内容を今でも思い出す。 向う数十年、日本にスポーツ産業は根づかないと。

これは数日前のニューで見た内容だが、日・米・英の民間フィットネスクラブ産業市場データによると、フィットネスクラブの総人口に占める会員参加率は、アメリカは15.6%だが、日本は3.02%しかないというデータがあるそうだ。 人口年齢別構成比の違い等、様々な要因は有るのだろうが、現実は現実。

話しは少々飛ぶが、今でも付き合いのある患者さんから聞いた話し。 長年家族全員で海外生活を送っていたその患者さん、そこで欧米人と日本人との根本的なライフスタイルに対する価値観の違いを感じたと言う。

治療や通院、スポーツ・トレーニング、旅行・レジャー・レクリエーション、そのどれもが同じ位置に在ると言う。 当初その言葉の意味が分からなかった。 要はそれらは常に身の回りに同等に在り、たとえば怪我をしたら治療の位置付けが上がり、大会が近くなったらスポーツの位置が上がり、オフシーズンはトレーニングの位置付けが上がる。 そして週末は家族、レジャー、レクリエーションの位置付けが上がると言う。

しかし日本人は全く違うと話す。 私は運動してる、どこも痛くないからケアしないと言ったり、走って泳いでいるからトレーニングしないと言ったり、食事に気を付けているから運動はしないと言ったりする。 週末の自分の趣味に家族全員巻き込んで、一番楽しいのはお父さん状態だったりもする。

何か一つだけで、他は全くもって無視してしまう、偏ったスタイルが多くの日本人の特徴なのだ。 コレじゃ当然、スポーツ産業はどこまで言っても遊び産業であり、永遠に根づきはしないであろう。

我々の業種、医療産業も他人の事は言えぬ。 健康に対して高い意識を患者・国民全員に与えなければならないのに、保険制度を割引制度の様に利用して、高頻度に通院させたり、何処よりも治すと言いながら慰安コース、クイックマッサージ売り出し中的な同業者が五万という始末。

果たして小生が生きているうちに、日本人に正しい健康意識は根付くのであろうか? 非常に不安である...

2012年09月15日

約束、礼儀、プロトコル。

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デジタル用語なプロトコル。 日本では「規定」「議定書」「儀典」との意味だそうだが、我々的には『複数の者が対象となる事項を確実に実行する ための手順等について定めたもの。』の意として使う事が一般的である。 それら以外に、少々面白いのが「外交儀礼」「決まり事」「約束事」「礼儀作法」と言う意もある。

小生達の様な手技療法において、一発で!と言うような魔法の技など存在しない。 その様な事を書く人間も相変らずいるが、暗示的な効果で治った気分にさせた見せ治療。 小生もタマに使うが広告に書きはしない。

2、3回の治療で!! なんてのも限りなく時間経過で、自然治癒。 テキトーに無茶な事する患者に対しての指示・指導も治療のウチと考えればそれもまた重要。 放っておけば10日もかかるようなものを5、6日にする事は出来る。 まぁそのレベルなら来ても来なくても、誰がやっても自然と治る。

放ってほいても治らないもの、数か月も既に病んでいるものはそうはいかない。 コレで治る!!と言う思考がアタマの中に少しでもあるような治療家で在るのであれば、それはもう絶望的。

何故、どうして、どのようにしたらを常に考える思考。 治療に大切なのは目の前でする事では無く、そのプロトコルを常に考える事なのだ。 患者もそれを約束事とし、礼儀をもち、理解して取り組まねばならないのである。

当然症状にもよるのだが、初診時に治療は段階的に考えが済んでいるもの。 それが最初のワンクールで理解出来る患者は再発の確率は非常に低く、細く長くのケア、お付き合いが出来る。

魔法や必殺技、当院独自の治療的なキャッチを最近よく目に耳にする。 非常に困ったものだ。


円滑につつがなく物事を行う事であろう。

2012年09月16日

連休であったか...

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一昨日までまったく気がつかなんだ、三連休とは。 いやはや暦感覚が無さ過ぎる。

数年前までは連休、祝祭日は完璧暇であったのだが、最近では逆に混雑する。 今週末もやけに予約パンパンだなぁ~と思っていたら三連休。 まぁいつも暇だからタマには仕事せにゃ如かんが。

この一週間は膝と肩に責められた。 肩の患者が10人来たら、膝の患者が10人てな具合。 スタッフには最近実習で自分の側湾が分かったから治せと言われたり、久々カイロプラクティック的な治療に終始。 ある意味、何か専門・限定的な手技治療に専念した方が治す側としてストレスは少ないのだが。

いやいや、治療は自分のやりたい事を優先では無く、症状と患者の意向を最優先なのだから、無痛療法デスとうたってみたり、○○流整体、東洋・西洋なんて言う必要性が根本的に無い。 ウンチャラ手術専門整形外科なんて、行く前から危なくてしょうがないの、手術うんぬんでは無く、そういう先生の診察を受けるのがコワい。

野球やサッカーの小学生が肩・肘・膝が痛いと山ほどやってくるが、何をしてくれなど彼らは言わん。 だから早く治る。 毎晩親が揉んであげてる子供ほど治りは遅い。 夏が終わり、この9月以降でスポーツ少年の来年の活躍が全て決まると言っても過言では無い。  そうか、今年ももうそんな時期か...

2012年09月18日

治療家としての個性と是からの人生。

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もう10年ほど前か、同業の先輩に『武器は使えと』と言われた。 自分で自分の武器など分からなかった。 むしろ他人以上に何も持ち合わせていないと思っていた。

よく個性を持てとも言うが、そもそも個性の在り方、捉え方が根本的に間違えている人間が世に多過ぎる。

個性とはアメリカで言う処のパーソナリティー。 個人個人に特徴的な、まとまりと統一性をもった行動様式、あるいはそれを支えている心の特性。人格。 そこいら辺に転がっている辞書だってそう語る。 個性とはそもそも心、内面の問題なのだ。 それを車や洋服、物や他人が作った資格で身を固めたところで、所詮他人の真似事で誰かの意の中で行動させられている着飾った人生以外の何物でも無いのである。

昨今、様々なブログやSNSで個人の自己発信を目にする事が、食ったもの買ったもの行ったとこ自慢の様な、それらは個性や自己表現とは程遠い、単なる欲マガジンと化しているのだ。

一個人、一般人なら物欲SNSでもあっそ!でいいが、ビジネス・商売、パブリックなアカウントであれば、顧客からしてみればそれはもう自分が欲しい情報とは完璧にかけ離れたものなのである。 まぁそれすらも分からない顧客であれば、質や意識の低い者同士で意気投合もするのであろうが。

先日も新規で同業者の患者が来てくれた。 何故か昔から同業の患者が多く、喜びであると同時に常に身が引き締まり、様々な自分の人生を今一度見つめ直す良い機会となる。 厳しい目で選んで頂いた事に恥じぬ治療をせねばならないと。

ウチなりの個性。 設備でもテクニックでも資格でもない、本質的な個性を。 そんな個性の多くが来る以前からこのブログ等で伝われば幸いである。

2012年09月19日

駆け込み寺か菩提寺?!

かかりつけ医があると良いのよと言いながら、口コミネット検索で病院を探し漁る。 縁や出会いも時代によって様変わりするのだが、右手人差し指ひとつの動きで縁出会いとは如何なものか。 だとしても小生の商売に限らず、多くの新規顧客がネットを利用する昨今、全てを完全否定する事は出来ぬ。

この10年で誰でも多くの情報が簡単に入手できる時代になって来た。 格段に増えた選択肢。 選挙と一緒で多くの中から一つを選ぶのは至難の業。 人の数だけ様々な考え方がある。 むしろ正しい選択肢を見極める為にはその全てに耳を傾ける必要がある。

しかしそれらの選択作業を自分ひとりの思考で行おうとすると、5年前10年前の自分とは大きくかけ離れた思考の努力が必要となるのだ。 それらが出来ず、安直に選択をしてしまう事に気が付かぬ者は多くの店を渡り歩き、様々なブランド品で着飾り、他人から見たら目を細めてしまうような状況でも本人はその都度満足し、そしてまた別のモノを探し漁る。

困り果て駆け込み寺。 それはそれで仕方が無い。 多くの僧侶が温かい広い心で迎えてくれるだろう。 重要なのはその先の自分の人生。 どう思いどう行動するか。  仮に楽になったから飛び出して行き、また再度駆け込んできたとする。 それが慈悲だと何度でも受け止めるであろう。 それが人の道。 小生の尊敬する医師の先生が以前言っていたが、言う事を聞かない患者が何度も悪くなってやって来ても、それを受け止めるのが仕事だと。

重要なのは同じミスを何度も繰り返さない事だと小生は考える。 都合よくコンビニ的に駆け込み寺を当然と考えるか、自分の進むべき道をしっかり自分で決める事が出来、菩提寺を大切に思う心が培われるか。 いやはや、煩悩と戦うのはそう容易では無いな。

2012年09月20日

本当の運動療法とは。

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スポーツ・運動傷害専門の様なキャッチを良く目にするが、そもそも運動療法とは何であるか?!

スポーツ障害、慢性障害において、そのコンセンサスをどれだけ理解しているかにかかっている。 捻挫や打撲、外傷であれば原因理由は明確だが、不明確な場合や慢性であればあるほどその機能障害の制御に多くの問題がある。 極端な話しだが外傷であっても、より高度な身体制御・姿勢制御が出来るのであれば避ける事や最小限にすることは可能かもしれない。

整形外科に訪れる患者が訴える痛みの多くは、自然治癒傾向が多い痛みである事は承知の事実。 異常無いねハイ湿布で治るのは子供でも分かる。 打撲だって捻挫だって、オーバーに言えば骨だってくっ付く。 そんな多くの痛みを診るところは五万と在り、ハッキリ言って何処でも良い。 問題なのはなかなか治らない、何度も繰り返す慢性障害をどう診るかだ。

一連の運動連鎖や変動性を邪魔しているもの。それらをどう削除、改善していくか。 仮に動作性の低下が特定の部位、軟部組織にある場合、それらを直接的にアプローチして改善していくのが様々な徒手療法士であり、COGやBOSを理解し、体性感覚異常を取り除き、運動反応、運動学習のパターンを増やすのがスポーツトレーナーなのだ。

当然選手・患者に対して両局面からアプローチ出来たら理想である。 しかし実際は此方側の問題だけで無く、受診側の理解度の問題もあり、現実ではなかなか理想的実現は困難である。 小生のところでも少しずつではあるが、その問題点を毎年僅かではあるが改善の努力に取り組んでいる。

スポーツ選手が沢山来ている、沢山診てるからウチはスポーツ専門なんて時代はとっくに過ぎ去っている。 解剖学と機能解剖を形にしてこそ、真の運動療法になりえるのだ。 一般に浸透するのはまだまだ当分先である。

2012年09月21日

お馴染みさん

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不健康・不本意ながら、夜分遅い帰宅にかこつけて外食率高し。 こんな田舎町で23時過ぎに行ける店など、当然限られる。 

基本車通勤なので、呑み屋的なところへお馴染み風に足を運ぶ事は無いのだが、それでもやはり店の人にはそれなりに覚えられてしまう。 昨晩も深夜に、最近地元で大盛りで人気な某ラーメン店へスタッフ共々出向いた。 其処へは一カ月以上ぶりの訪問である。

普通に頼んでも大盛りなその店。 成人病も気を付けねばならないお年頃につき、諸々若干セーブしながら店のお姉さん(?!)と一言三言会話をしながらいつも通り注文を済ます。 

お供の黒ウーロン茶を心の支えにしながらどんぶりも後半戦に差し掛かった頃、突然カウンターからトングがグッと伸び、小生の目の前にから揚げが二つ、綺麗に着丼した。 視線を上にあげると其処には先ほどのお姉さん(?!)の笑顔。     ヤラレタ...    いや、お姉さん(?!)の笑顔にでは無く、から揚げに。  胃的に。

まぁ何につけ、お馴染みさん的に覚えていてくださるのは嬉しい。 やはりまた行きたくなる。  行きたいな、来たいなと思ってもらえねばならないのは小生の仕事も同じ。 嫌々来ては、治るものも治らん。 割引客寄せセールでは、来る方もやる方も其れなりな人間で、ペラッペラな関係。 小生の嫌いなツイッター繋がり的な、通りすがりをすぐ友達と思うような希薄な繋がりに何ら疑問を思わぬようでは、最近もめてる何処ぞの国と何ら変わらぬ。

同業の患者が多いと若干自慢的な事を先日も書いたが、昨日2回目再診の可愛らしい女性の同業患者さんに、きっと今回もこのブログも読まれてしまっているだろうが、多少でも良くなって力になれてスタッフ一同嬉しい限り。 その彼女に限らず、カルテの職業欄に同業を書くのは勇気がいた事だろう。 だが皆さんいつもシッカリ書いてくれる。 会社員の方は会社名までも。 

一度会えばすぐバレるが、ガッツリ日々エラそうに色々書いている割には、実際はかなりヘニャヘニャである。 いや本当にコッチが診てもらいたい。 もし読んでおられる同業の方、是非呼んで欲しい。 結構良い顧客になりますカラ。(笑)  スッタフ吞み会も可。

2012年09月22日

久々凡ミス...

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久々やっちゃいましたよ、凡ミス。

診療では当然心当たりのあるミスはゼロ行進だが、よりによってついうっかり。 いやマイッタマイッタ。

ミスはミス、反省はせねばならぬ。 後悔して反省せねば人間は前進できぬとは、脳科学的にも。

患者も思考や行動、必ず何かしらのミスを抱えている。 だからその形が疾病疾患として現れる。 しかし半数は本人に自覚が無いモノ。

先日もスタッフ向けに高血圧症についての勉強会を開いた。 医師の方が受ける研修資料をもとにしたのだが、大切なのは薬のアッセンブリでは無く、如何に患者が前向きに取り組む姿勢を作れるかどうか。其処への導きが最も重要な治療なのだと。 頭ごなしに注意しては何も生まないと言う。 普段注意する側が多いのだが、タマには注意される側に廻ると患者の気持ちも良く分かる。

まぁ諸々世知辛い世の中であるから、より一層慎重に日々過ごさねばならぬ。 そんな時代なのだろう。 まぁ、深く反省...

2012年09月23日

肉離れと夏バテ。

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肉離れや寝違え、ぎっくり腰。 今週も多かった。

夏の疲れと一言いって片付けるのは簡単であるが、そもそも夏の疲れとは何ぞや!?

小生がこの時期一般的な話しだと言って説明するのが夏場の食事について。 「オレは食欲落ちねーよ」と言う人もいるが、冬に比べたら夏の方が昼はツルツルッと麺でのように、簡単な食事で済ます確率は知らず知らずのうちに高くなる。

日本人の主食である炭水化物は最低限摂れていたとしても、主菜、おかず、たんぱく質、肉や魚が不足しがちなのである。

BCAAが大切などと言う事は、様々な情報で一般スポーツ愛好家であっても知るところとなったが、例えばたんぱく質の一種であるアルブミンが不足すると、細胞と血液間での栄養・物質交換が著しく低下するのだ。 当然筋肉はベストの状態では無くなり、女性はむくむ、冷えるという事になる。 65歳以上の人に油脂類と動物性タンパク質の摂取を魚と肉で均等になるように栄養指導したところ、アルブミン値が改善したという事例が数多くある。

昨日今日の食事では無く、夏場の生活、食習慣が今になって一般人にはハッキリ表面化なのである。

何にせよ食事は一般的に言われる通り、バランスよく品目多く食べ過ぎずになのだ。

2012年09月25日

気温が下がって気を付けて!

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ここにきて急激に日々寒暖が激しくなってきた。 涼しいのは過ごしやすいが、だから自分の自覚とコンディションの差を誤り大きな怪我へとつながる。

大人であれば経験的なモノも多少備わっているし、仮に怪我したとしても自己責任。 問題なのは子供。 コンディションを経験から感じ取る事は難しいし、筋肉・骨だけでは無く、内科的耳鼻科的、免疫的にも大人より遥かに体調は崩し易いものなのだ。

一番危ないのはにわかスポーツ選手、にわかコーチな父親が、本やネットの情報で週末子供に猛特訓してしまうパターン。 

そういう父親に限って本人丈夫。 いや、丈夫なのでは無く、自分の身体の声を自分で聞く事が苦手。 コンディション管理の意識と身体インフォメーションが大きく、スポーツとして必要なレベルとかけ離れているのである。 それを説明した所で多くのケースが目からウロコには多くの時間を要する。 

そもそも、その情報の出所に酷いモノが多い。 情報発信者そのものが類友。 正しくるルールに沿って行動・思考しているつもりなのだろうが、他人から見たらなんら自己が無く、何処まで行っても他人の模倣。 己(おのれ)が無い。

急に気温が下がれば怪我をし易いのは誰でも分かる。 しかし、やりたいという欲が邪魔を、準備と予防を完全に怠る。 熱中症であれ肉離れであれ靭帯であれ、スポーツの怪我・障害は子供本人のせいでは無く大人のせい。 子供も管理をする前に、自分の思考を正しく整理・管理せねばならないのである。 一番先に治さなければならないのは其処に在るのだ。

2012年09月26日

ファンクショナル・トレーニングとプライオメトリクス

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スポーツ、フィットネス、トレーニング業界では最近カッコ良く耳にする言葉。 目新しく、客寄せ的に使うのだろうが実際は昔からあり、その動作の多くはどこかで見たり、子供の頃に自分でやっていたりするもの。 それをカッコイイ言葉を使ったり、道具に頼ってもっともらしく指導しているのが実状。

果たしてその目的、 指導をする者はCOGやBOS、位置補正、連鎖、運動協調を、指導を受ける側は身体向上、パフォーマンスバランスをどの程度イメージ、理解出来ているのであろうか。

高めた能力を武器として使えるか、はたまた凶器としてしまうか!? そもそも効果イコール武器と思ってはいないか??

たとえば筋肉を付け筋力を上げ、それが全てのケースにおいて競技パフォーマンス向上で無い事ぐらいは最低レベルの指導者であっても容易に想像が付く筈。 しかしそれが成績が上がらないどころか成績が下がり、場合によっては障害発生の確率を著しく高めてしまう事も多々あるのだ。

まだまだクリニックで治療としてファンクショナル・トレーニングやプライオメトリクスを取り入れているところは数少ない。 だが様々な角度から動作性の向上を図る事は、筋や関節にかかる負担を、しいては転倒を避け、外傷も最低・最小限にする事にもつながるのだ。

ウチでは患者一人一人、個別に運動リハとして様々な形態のプログラムを治療に取りれている。 最初は動作の難しさなどに皆戸惑うが、確実に目に見えて向上・改善していく自分の身体に喜びと驚きを覚える。

トレーニングも治療も、もう既に次のステップにかかりつつあるのだろう。 乗り遅れるな!!

2012年09月27日

傷害と3Mテーピング

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昨今のスポーツメディスンでは、膝靱帯再建手術後リハビリ期間であっても装具・サポーターはおろか、テーピングさえ殆どしない。 練習でしなくとも、流石に復帰試合ではテーピングぐらいはするが。

そもそもテーピングの意味や意義の理解が、スポーツ選手と一般スポーツ愛好家では大きくかけ離れているのである。

たとえばスポーツ愛好家の患者に、テーピングはいつするのか?と尋ねると、痛い時と答える。 それをどのような時にテーピングはするものか?と質問を変えると、痛くなりそうな時と答える。 この微妙な答えの差、認識のブレがテーピングの効果を100にとも0にとも変化させてしまう。

不意に突然患部にかかる外力があった場合、その力を最小限にとどめる予防の為にテーピングをするのか、痛いのをゴリ押しして動く為にテーピングをするのか。 役割は同じかもしれないが、その意義はまるで違う。

スポーツ選手の様に日々高負荷高頻度で運動している人間にとって、一度怪我した所の痛みがゼロと言うのは現実的には難しい。 しかしその微妙なところに実力を発揮するのが我々治療家やトレーナの役割なのである。 テーピングの力、プラス我々の力。 どのタイミングで何処にどのように貼るのか!? 伸縮と非伸縮テープを使い分ける。 時にMIXさせる。 それと選手自身が自由に使える自着性バンデージも。

最近当院でも採用している3M社さんのテーピングはかなり良い。 小生の使い方に非常に合っている。 昨日も同じ事を書いたが武器にするか凶器にするかは使い方次第。 何事もウンチクよりも意義の方が重要なのである。

2012年09月28日

赤ちゃん抱っこと英才教育

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スポーツに限らず、身体を動かす為にはその位置情報の元になる物、視覚、体性感覚、前庭感覚が重要な事は以前書いた。 今日は前庭感覚について少々毒づいてみたい。

スポーツの現場ではそれぞれの感覚を高める様々な訓練を行っている。 そもそも運動とはどう重力と反発、戦うかと言う事。 前庭感覚とは主に重力と関係する感覚的な動きの事なのである。

此れを読んでる大人に言うのも今更な話しなのだが、本来その手の感覚は赤ん坊の頃から既にトレーニングは始まっているもの。 誰でも知ってる、「高い高~~い」とか抱っこでグルグルは分かり易い例。 もう少し大きくなったら公園遊具でブランコや滑り台、グルグル回転する乗り物や、土手の上からゴロゴロ転げ落ちたり。 

そんな子供の遊び場を、街からどんどん無くしているのは全部無知な大人のせい。 無知なくせに、小さな頃からスポーツをといって、園児に野球やサッカーなどとは恥じ以外の何物でも無い。 逆に水泳は多角的に応用できるので良い。

しかしここで考えねばならないのが、感覚を高めれば全て良しでは無い事。 もともと感覚が敏感な子もいれば鈍感な子もいると言う事を。 

例えば鈍感な子は目が回りにくかったり、逆に敏感な子はその手の遊びを嫌がったり。 小生が学生時代、水泳指導を行っていた時、妙にプールを嫌がる子にその傾向があるケースを何人か見つけた事がある。 逆に鈍感な子はプールで異常にはしゃいだり、ブランコ、シーソーに固執しいつまでも止めようとしなかったり。

ここで一番重要なのは大人、親の対応。 無理矢理止めさせたりやらせたりせず、嫌がる子にも固執する子にも焦らず少しずつ、様々な角度から考慮したバリエーションを持ったパターンを実践させる事が大切。 もちろん安心感を与えながら。

良かれと思った英才教育、きっと間違っていますよ、アナタ。

2012年09月29日

レースの準備は万全ですか!?

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毎週末必ず何か何処かで、患者の誰かが試合やレースに参戦中。 患者の三分の一を占める定期的な人ならば、全くもって心配は無い。 

次のちょこっとだけ心配な三分の一は、この1、2か月に来始めた患者。 不具合は殆ど完治解決し、痛みを忘れ始めた。 しかし、危機感の記憶はまだ残っているので痛めたとしても短期間で解決する事が出来る。

さて、ここで一番問題になってくるのが残りの三分の一。 初診から4、5か月、半年未満が一番悪い。完璧忘れ去っているのか、はたまた何事も美化されるのか!? なんとかなるなのか?? 当初は痛みが取れたら同じ過ち繰り返さぬ為にやって来た気持ち、トレーニングもシッカリ次ステップでやりたいと思っていた気持ちが他人事のようにどこかへ消えてしまう。 まるでそんな事初めから思った事など無いように。

準備と言う事は既にゴールを見越しての話し。 ゴールが見えれば当然疲労もケアも存在する。 そもそも準備とはゴール後を考える事なのだ。 アフターを考えずして準備は無い。 病院のお世話にならによう、自分自身が苦しまぬ為に、目先のレース、目先の事だけでは無く、人生の先を見越して心の底から準備をしようではないか! 

2012年09月30日

明と暗なら暗で行こう!

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明暗を分けた一球などとよく言うが、人生自分が気が付かないウチにところで、明暗を分ける局面にで合わせていたりもする。 他人から見ればそれが良く分かる場合であっても、当の本人はどこ吹く風。

昨日も患者と、重大な事ほど本人が一番分かっちゃいないよなと話をしていた。 一般的な例で言えば煙草を止めなきゃいけない者ほど止めなかったり、酒飲み過ぎていても止める気なかったり、運動だってしなきゃいけない人間ほど運動やりたがらないし。 それが身体に人生に悪い事だと知っていても止める気無し。 まぁここで成人病予防について語る気は無いが、とにかく本人次第。

小生はトレーニングも運動も、子供の頃から一度もやりたい、楽しいと思った事が無い。 でも毎日トレーニングはする。 だって苦しいし、辛いモン。

よほどのへそ曲がりじゃ無い限り、運動は辛いがその終わった後の気持ち良さは誰でもがよく分かっている。 登山だってそうだ。 息苦しく辛くとも、山頂でも気持ち良さ、達成感は何ものにも代えがたい。

だから小生は朝目が覚めたら、トレーニングを終えた自分しかイメージしない。 少しでもトレーニング、ランニング、運動する前の自分をイメージしたら萎える。 よくスポーツ選手が勝つイメージ、ゴールするイメージを強く持つと言うが、基本それと同じ事。

鳴かず飛ばずのスポーツ選手、なかなか良くならない患者であれば、よう成果・結果が出るイメージをまずしっかり持つ事。 それと自分が今良いと思った選択肢じゃ無い方をとる思考が出来る脳を作る努力をするべきことである。 自分が今まで思っていた明と暗が、根本的に逆なのだと。

今まで自分か良かれと思ってやっていた事を、一度すべてリセットする。 初心に帰るとか心機一転と言うだろう。 新たな道を進む為には、新たな一歩を踏み出すのだ。 

小生が常に自分に言い聞かせている事。 それはやりたくない事順にやる!である。

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