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継続しなくても良いモノ

継続しない方が良いモノが在るとすれば、恐らくそれはモラルや常識の中で不利益をもたらすモノであるのではないか。

概ね多くの事が継続は力なりと成りえる事を、多くの人間が承知している筈なのだが、現実は多くの人間が多くの物事に対して継続的な行いをする事はまず無い。 むしろ10個の物事中、9個投げ出して1個でもでも継続すると褒めたたえたりもする。

冷静に、客観的に考えたら滑稽な事実ではないか!?  

ひとつの事だけ熱中し、他がまるで見えていない人間。 研究職であればそんな人間も有りなのかもしれないが、少なくとも小生は正直あまり自分の身近には居て欲しくない人種である。

獣では無く人間である以上、自分の周りの多くの人々とコミュニケーションをとらなければならない。 その視野、範囲が狭い人間になればなるほど社会性が欠落してるとなり、ある意味人間失格となるのであろう。

我々の様な不特定多数の人間を相手にする商売の場合、技術や知識より何よりも抜きん出て身につけねばならない能力はそこになる。

ここでひとつ大きな問題になるのか、継続と言う事に対しての尺度だ。 どのくらいの期間を持ってして継続したと判断するのか? 

長年肩こりだと言うのに、ちょっと楽になるとハイさようならな患者。 もしくはずっと競技を続けたいと言うのに痛くなくなるとスーッとフェイドアウトする選手。 痛くないから、辛くないからケアしない。 ケアとストレッチが完全イコールだと思っている。

国内外で一流アスリートに対して、トレーニング以外に抱えている問題点を調査している。 多くの選手が少しでも早い疲労回復を一番望んでいる。 それは競技を続けている以上、一生常に必要な事。 だからまた明日、質の高い練習が出来る。

一般人であってもQOLの向上を図るなら、疲労に対する何らかの対処は必要だ。慰安的なモノも良いだろう。 しかしそれ以上、それでは満足しないのであれば何らかの策を講じなければならない。

今現在治したいと願うのであれば、今一番継続させなければならない事は自ずと決まる。 5回10回を継続と捉えるのならば小生は何も語る事は無い。 ローマは一日にして成らずとはよく言ったモノだ。 昔からな。

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