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患者は治ればナンでも良いと...

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『子供の頃、とっても勉強嫌いだった子が大人になり、とっても勉強して偉い先生になりました。』

こんな話しだけ聞けば、とっても良いお話しで大抵は済むであろう。


小生の同業知人で開業した後、いくつもの学校へ行き、肩書き経歴を全面に出し仕事をしている。 良いか悪いかは個人の価値観だが、少なくともハッキリしている事は昔とは明らかに治療が異なっているという点。 それは技術では無く、患者から見た “魅力” を大きく失っているのだ。

抽象的と思うかもしれないが、これは人として非常に重要なところ。  これに気が付かぬ者、技術に惹かれるウンチクだけの学生や、うわっつら肩書に惹かれる今どき30代とオバちゃんが、その “魅力” と言う部分に気付かぬ者の大半を占める。

遊びであれ勉強であれ、その目線が患者にあるのか自分なのか。 

最新の技術が必要な重篤なケースなど、何十年に一人。 大半の患者が、何かの歯車がズレているせいで治らず、もがき苦しんでいる。 そのズレ、原因は生活・性格、思考・行動の中に必ず潜んでいるのだ。

膝を付け合わせ患者と向き合う。 このスタンスは双方に在って、はじめて成立するもの。 何年経っても向き合えぬ者、原因を内面に見出せぬ者ほどゴールは遠い。 これは一般の患者もプロ選手も同じ。
原因が骨や肉、フォームに在ると思っているうちは、いつか必ず形を変えて再発するであろう。

ナンでも良いか悪いか、真剣に考えて欲しい。

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