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新百合ヶ丘・柿生の気候で寒くて痛い

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今日は新百合ヶ丘、柿生、麻生区周辺でも、久々シッカリ朝から雪が降ってマス。 まぁ積りはしないでしょうが、中途半端なジャリジャリは滑ります。 となるとコレマタ転んだ捻ったで、ひと雪数人やって来ます。 文章にすると商売っ気ムンムンですナ。

打撲捻挫はまだ簡単。 問題は寒い冷えると言ってやって来る患者。 テキトーに対応ならチョチョイのチョイなのだが、真剣にガッツリ治そうとなるとこれが一番厄介。 本人次第といえば本人次第なのだが、キリキリ目を吊り上げて 「ナントカしてチョ―ダーイ!!」 ケースは一番タチが悪い。

そもそも寒さ温度、気候天候との医学的関連性は非常に低く、あやふや。 うんちくをくっつけようとすれば幾らでもくっつけられるが、雨が降ると、湿度がうんぬんカンヌンとよく言うが、んなら痛くでお風呂・湯船に何か浸かったら死んじゃいますよね? とか、気圧がどうとかナントカなら、台風来たら、山や高原に行ったらぶっ倒れちゃって大変ですね!? って心底心配したくなる。  まぁ、心配しないが。

そもそも温度感なんて人間かなり曖昧。 温かい、寒いなんて、完ぺき個人の主観。 雪国のウチの爺さんなんか、マイナス10℃でも今年の冬は暖かいと言ったり。 今年94歳で、いまだギア付きのバイクを乗り回す。 ソリャたしかに何℃でも大丈夫だわ。

結局は気持ち、経験、価値観。 こうするとこうなるという過去の経験や学習が、可逆的に感覚の認識に影響を与えている。 ヨーロッパのあるクリニックでは、なかなか治らない多くの痛みは間違った経験、学習によって生じているという。 間違った学習は正しい学習によって治す事が出来ると言っていた。  要は本人が間違えに気付き、間違えを認め、受け入れ、そこから前進する為に新たな学習に取り組む姿勢を心底持てるかどうかで決まるのだという。

小生も日々そうなのだが、小生という人間が同じ事を一語一句同じように話しても、年に数名は全く理解することなどせずに、また他院へと旅立つ。  正直若干腹も立つが、そこは小生の力量不足と言い聞かせ、頭の中で山口百恵のいい日旅立ちをプチカラオケ状態。 (たとえが古い!)

なんにせよ、人間は学習せねばならないという事。 それは本を読んだり、他人から見聞きする事では無く、自分自身と向き合い、反省と後悔をした上に積み重ねたモノである。 自分可愛い、肯定人生では何も学ぶ事など出来ぬのである。 

早速今日から雪で滑って転んだら、雪のせい、足元のせいにせず、転んだ自分のせいにしてみようではないか。 でなきゃきっとまた転ぶであろう...

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2012年01月20日 08:38に投稿されたエントリーのページです。

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