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熱意がある先生を望む続かぬ患者

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昨晩は楽しいクリスマスの夜を過ごした事だっただろう。 クリスマスを過ぎれば今年も残り数日。 変な駆け込み需要が、我々の職業にも必ずある。 

毎年必ず年に2、3人くるちょっと特殊な患者。 年末に限らず、連休前に得てして多い患者の例。 初診時からキッパリ、『ウチ向きでは無い』と伝える事になるその患者。 症状や治療方以前に、その患者が求めるモノとウチが提供できるモノに大きな隔たりがあるからだ。

たとえウチがどんなに熱心に丁寧に治療や応対をしたとしても、他院では満たされなかった部分を補った違いの本質を見極める事が出来ないと判断したからなのだ。 実際、過去その患者が辿ってきた経緯を聞けば分かる事。 よほどその患者が目からウロコでも落として、物事を考えれでもしたら話しは別だが、その確率は100に、1000に一人ぐらいだろう。

だが我々はそれが仕事。 出来る限り受け止める努力を、来て頂けるうちは最善を尽くして取り組む。 しかし残念ながら何かしらの理由をつけて、必ず短期間で終了するのが現実。 何年も悪いと言いながら、出来る努力は僅か数回、数か月の治療。 そしてまた、『良い先生が見つかった』と言い、他院へと渡り歩く。

確かにどの先生も、自分なりに皆全力で熱意を持って治療にあたっている。 医学的、解剖学的に詳しいのは当然。 熱意があるのも当然。 その皆が持っていて当然である物の違いを理解出来ぬ患者ほど、治らず渡り歩く。 

昨今、ネット、ツイッター等でちょっと話しが合うだけで意気投合と言い、人とのつながりを大切にと言う、希薄な人間関係に気付かぬ輩があまりにも多過ぎる。 それじゃまるで近所で道ですれ違った人といきなり握手して、今日から友達と言うのと大差無い。 人を理解し、そして自分の本質と擦り合せる能力が大きく欠落しているのである。

双方が理解しあい、信頼はその上に築かれる。 景気も含め、真の日本の復興復活はこの部分にあるのだろうと小生は思う。 今年一年の経験を機に、日本人は改めて学ばなければならないのだろう...

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