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2011年11月 アーカイブ

2011年11月01日

一年中多い風邪で安請け合い。

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風邪ひいたなんて言葉は、年がら年中耳にするはず。 流石にゲホゲホでは無いが、当然我々のところにもそれなりにやって来る。 そんな一般的な風邪ではあるが、その風邪に対してどれだけ正しく、正確に判断・診察して応対しているであろうか?

自律神経がうんぬんカンヌン言って、ココを刺激すれば緩めればなんて、危ないにも程がある。

その “風邪” そのものを、どれだけきちんとグルーピング出来るか否か!?  「あ~、風邪ひいちゃったんですか、大変ですね。 風邪にはコレがココをこうすると楽にナリマスヨ。」な~んて、ホントどうかしている。

まず上・下気道症状をどれだけ診れるか。 そして目立つか目立たぬかでまず考える。 (a)非特異的上気道炎型。 せき、はな、のどに症状が現れている奴。 (b)急性鼻・副鼻腔炎型。 これははな。 (c)急性咽頭・扁桃炎型。 のど。 (d)気管支炎型。 せきのタイプ。  この4つは上・下気道症状が目立つケース。

逆に目立たぬケースには、(e)高熱のみの型。 (f)微熱・倦怠感型。 (g)下痢型。 (h)頭痛型(髄膜炎型) などがある。 最後の髄膜炎なんか、我々の専科でも無視出来ぬ重要な鑑別診断のスキルが必要とされる。

最低限、風邪を語るにも必要なスキルが備わっていて、はじめて患者として症状を受け止めるもの。 でなければ早急に専門医院にまわすべきだ。

薄っぺらい知識で安請け合いは、重篤で無かったとしても、患者に対して失礼以外の何物でも無い。 その点、薬剤師さんはシッカリ勉強されている。 相談するところを間違えぬように。

2011年11月02日

あなたの恩師は健在ですか。

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普通に勤め、生活している者全員に、師匠や恩師が居るのだろうか。

同業の知人のHPを見ていると、自分の経歴に “師と仰ぐ人と出会う” とよく見るのであるが、そのような奴らに限って現在その師と疎遠になっていたりする。


そもそも師とはどういうものか? どのようにしたら師と呼べるのであるか?!


小生の仕事に限って言うと、学校でパッと出逢った先生のケースが多い。 いったいその先生の何を知って師と思ったのだろう。 

この5年10年で独立開業した同業で、その彼らが言う “師” と言う人間に小生の知人2名の名前が良く出て来る。 たしかに優秀な治療家であり、尊敬もしており、古くから交流があり、今現在もその人間関係は続いている。 しかし “師” とはちょっと違う。

知人として出逢ったからなのか? ならば前繋がりなくあった人間なら師となりうるのか。

小生にも師と呼べる人間はいる。 しかしそれは、イコール現職業上の人間関係では無い。 良い事も悪い事も自分自身の実になる、これからの人生の先駆者として心底崇める事が出来る人間だと思っている。 当然そこまでに至るには、理解を深める長い月日がかかっている。

とことん信用、信頼でき、一生涯の付き合いを心に誓えてこそ、師と呼べるのではないか?

子供が大きくて強い者に、可愛く綺麗な者に憧れるのと同じではないのか!?  

常に心が近くにあってこその師。 自分の経歴上の師匠、本当の師匠なのであるのか。 あまりにも出会いを軽率に考え過ぎている。 

今どきその軽率さを見極めるのは簡単。 師が同業だとしたら、その師匠の院ぐらいリンクや記事・経歴に名前が明確に書かれている筈なのだから。 まぁ、書かれてない時点で概ね疎遠だろう。

師と仰ぐ人間とどう付き合うかは自分自身。 真似れば、コピーすれば近づけると思ったら大間違い。 すべてを、多くを学ばなければならないのだ。 メッキはすぐ剥げるものだ...

2011年11月03日

やってマス!

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最近けっこう祭日もヤッテマス。  今年は諸々色々あって、どの会社も勤務体系がバラバラ。 しかも会社によってはいきなり休日・出勤時間が変化したりで、予約も治療もままならないカンジで。

明日来る人と一か月後に来る人、同じ治療するワケ無いのですわ。 一番何も出来ない、やりようが無いのは、次いつ来るか分からないと言うやつ。 場当たり的以外、やりようが無い。

キッチリやって、シッカリ治して、ちゃんとケアして。 結果それが一番楽で安上がり。

忙しい、時間が無い、金が無いと言う人間ほど、結果一番遠周りで繰り返して、金も損してるパターン。

コッチもボランティアじゃないから、やれる事に限界はあるが、診る姿勢・態勢だけは誰よりも取る。 

オープン当初から日祭日休み、土曜半休、毎月第一・第三○曜日休診なんて、休む事ばっか書いてる院丸出しで、行かなくても気持ち覗ける典型同業。  医者じゃないんだからネ。

2011年11月04日

合宿で治療

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ソンな治療コースは無いのだが。


年に数人、毎日治療に来たいと言う患者がいる。 もちろん保険外の話し。 

一回でも早く安く治すのが、オープン以来一貫して貫いているウチの基本姿勢。 ベストの治療が、患者にとって必ずしもベストとは限らない。  だが、やれる事の率から言えば当然時間・回数をもらえた方が有利である。 決して此方側の利益など考えてはいかん。

年々、複雑な症状を訴えてやって来る患者が増えた。 それを見越して3年前に屋号も変えたのだが。

最近だと手の痺れ、テニスエルボー、膝関節周囲炎。 何処でも昔からやって来るぎっくり腰は敢えて今回の話しには含まぬ。

昨日も書いたが、明日来る人と、1ヶ月後に来る人、同じ治療する訳が無い。 当然、次いつ来るかによって今日やる治療も変わる。 いつ、どのくらい来るのかがあって、はじめて治療の組み立てとなる。 だが得てして 『これからどういう風にどんな治療をするのか!?』 と来る前から気にしている患者ほど、提案してもどこ吹く風。 だから今まで治らず、チョイ聞きかじりで病院・治療院を渡り歩いているのだろう。

練習、合宿、ノルマや義務ぐらい根性据えてやって来る人間はだいぶ減った。 20年ぐらい前まではだいぶ居たのだが。 何よりもコツコツ継続する事が重要と、子供の頃小学生時代に学ぶ事なのだが。


ちなみに合宿状態で期間半分は言うまでも無いが。

2011年11月05日

スポーツ、リハビリ、トレーニング & 整体院

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相変らず景気回復の実感は無く、同業からも聞こえてくる話しは良くない内容ばかり。 正直小生も多分に漏れず、決して良いとは言えない状況ではある。 まぁそもそも、何をもって良いと言うのかだが。

流石にリーマンショックを予見できた訳は無いが、5年10年後を見据えて、このままではと思い、約2年かけスタッフみんなで話し合い、3年前に現屋号にし方向性を一新した。 自分の数年後も考えられぬようでは患者の数年後など考えられる訳無いと、スタッフ全員に言い聞かせ取り組んできた。

実はこのきっかけは小生の個人的な希望から始まったものでは無く、ある患者の要望から始まっている。 

世の中何でもそうであるが、時代・世の中は常に変化を続けている。 その変化に、如何に早く対応して行けるかどうか。 ヒントを与えてくれたその患者一言を常に心に入れて診察をしていると、今まで気が付かなかった多くの患者のある変化に気が付いた。 昔の整体、カイロ、民間療法に患者が求めていたものとの違いを。

筋肉揉んで、ストレッチ教えて、家での体操・トレーニングこれです、OKデスで満足患者は、ネットとは切り離された人間と言いきっても良いのではないであろうか。

先日もある患者の膝関節の運動療法に、ドイツでは一般的なあるトレーニングの考えを一部入れて組んでみた。 スキーを本格的に取り組んでいるその患者さんは当然スポーツにも詳しく、興味もあるので、そのプログラムの概念も出来る限り説明しながら行ってみた。 良い事も悪い事も。

もう既に一部の患者は、ネットの情報など、街で配るチラシと同じレベルの質と考えている。  本や学校で誰でも手に入る情報では意味をなさないのだ。 無意味とまでは言い切らないが、患者も我々も目線や発想を変えねばいけないほど、何処へ行っても同質な治療が町に飽和状態なのである。

今より良くする、変化・改革を起こすには従来の枠に捕われていてはダメなのだ。  それは決して奇をてらう事でも無く、新たなテクニックを身につける事でも無い。 基本を正しい目線で見つめ直す事。 ただそれに尽きる。

本を使ったテクニック講習では無い、そんな大切な事をスタッフ君達に伝えられたらと思う。

2011年11月06日

ラーメンと整体

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よく食べに行きますね、ラーメン。

どんなに早く終わっても院を出るのは22時過ぎ。 そんな時間にやってる店と言ったら必然的にラーメン屋高打率。 確実に長野バリ。  正直、別に特に、凄くラーメン好きな訳ではないのだが、どうやら患者にはそんなレッテルを貼られているようだ。 

知人に数名、ラーメン屋で働く者がいるのだが、先日もラーメンについて熱く語られた。 いや、かなりタメになった。 タメになったと言ってる時点で、レッテル貼られても仕方が無い気もするが。

そんな彼らと先日とあるラーメンに行った時の事。 そのスープをすすった彼が、『院長、何か分かりますか?!』と尋ねてきた。 味の素マシマシで!っと言ってしまいそうな三流舌の小生には、当然分かる事は何も無い。 改めて考えてみると何かが足りない。 たしかに臭みやザラつきは無いが、いつもと違うような、どこかで食べたような...

『コレ、スープ、既製なんですよ。』 とその彼は言った。 たしかにインスタントっぽい部分がある。 既製的うま味はあるが、手作り感、こだわり感、職人の味は感じられない。

カップラーメンだって旨いと思う時はある。 それはそれで良いし、旨けりゃ何だって良いと言う者もいる。 空いた腹に何か放り込めて、それが不味くなければ何でも良いなら関係無い話し。 だが、飲食業ってそんな事じゃないだろう!?

この店は旨い!! と既製品の味を声を大にして言ってるの、恥ずかしくはないか?! 全くもって小生も、今まで何も考えずラーメン食ってましたわ。

安いから、近くに出来たからで、それ以外何も考えず。 これは決して質の高い顧客とは言い難い。 金儲け主義の店ならそれでも良いのだろうが、こだわり、信念を持ってやって行くのならば鋭い眼に見透かされない武器が必要なのだ。 それは我々の仕事、医療でも同じだ。

常々声を大にして言っているが、それは技術や知識では決して無い。 軸のブレない、信念がそこに無ければならないのだ。 楽や儲けで目が曇っていては、良い治療など決して出来ぬのだから。  それを見抜く目を持とうと、友人の言葉で改めて気が付いたのだった。

2011年11月08日

競泳特化ストレッチング

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今朝のパワーストレッチ教室のお題は “競泳” 。  しかも、ただ泳ぎに使う筋肉を柔らかくナンてんじゃなく、軟らかく動かせるように!  がテーマで。

ダイナミック収縮のさらに上、パワーをかけて使って、だがPNFのような抵抗的では無く、自分自身で負荷をかけて動かす事によって可動域を増大させる。 同時に出力する力も結果増やす事が出来る、一石二鳥三鳥な本日のプログラム。

このパワーダイナミックは、可動させたい部位以外の筋肉・筋力を利用する事。 その動作と可動させたい部位が、どう連動して一連と成しているか?! そこが重要になって来る。  たとえば股関節とシットアップの関係は分かり易い一番の例。

ブレストのキックと、フリー(クロール)の肩関節動き、キャッチのレベルを上げてみた。  ホント、ウチにプールがあったら今すぐ泳いでもらいたいものだ。 30分のパーソナルな¥500プログラム。 メンバー限定年内実施デス。 詳しくはスタッフまで。

2011年11月09日

新規顧客獲得より、大切なもの。

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まぁ飽きもせず懲りもせず、毎日10年近くブログを書いてはいるが、ネットをいったい何の為と捉えるか日々考える。 正直、小生の中で目的は昔から決まってはいるが。

ネットを安くて手軽で広域な広告手段と捉えるのも良いだろう。 また、コミュニケーション手段の一つと考えるのもアリ。 両方であるべきなのだろうが、何を特化させ、どう読み取ってもらえるよう書くか、作るか。

此れから来るのか分からない新規顧客に向けて、パワー全開なホームページより、縁あって辿り着き、出逢った既存患者を大切に出来るツールとしてネットを使えたらと考える。

当たり前だが新規と既存、共に大切なのだが、どちらの方がより重んじるべきかと考えたら、当然信用して長年来てくれる既存患者に決まっている話しだ。


治療内容も然り。 ウチはこんな治療、テクニックだから他より凄いんだぞ!さぁ来い!! では無く、大切なのは患者のこれから。 そのこれからを如何にしっかり聞き取り、治療を組み立てるか。 揉む事もあれば揉まない事もある。 骨格を調整する事もあればしない事もある。 今日したとしても次回はしないかもしれない。 欲しいもの、美味しいものを毎回毎日手に入れ、食べるのが良いとは限らないのと同じ。 

その人の大切にしたい生活を、如何に患者さん目線で考えるのか。 その患者さん目線が商売とゴチャゴチャになっているホームページが、我々の業種は多すぎる。

今どきネット検索ぐらい小学生でも出来る。 大の大人が小学生レベルなネット検索で選ぶようでは問題外。 自分の心と身体が求めている物の違いをシッカリ理解して検索しているであろうか?!

そんな真剣さがより一層、既存患者に伝わるホームページでありたいと、今日も賦活に書き続けたい...

2011年11月10日

膝関節痛で性格悪っ!

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落ちて転んでブツかって、打って捻って膝痛い。 意外と少ないこのパターン。 これ以外のパターンって、んじゃ、ナニ?!?!

その何かを正確に把握し、理解する事から始まり、エラーを修正する。

スポーツ、運動療法を語るのであれば、まずトレーニングエラーについて真っ先に考察出来ているかどうかで資質が決まる。 トレーニングエラーそのものを知らないようであれば、一から出直してこい!だ。

強度・時間・頻度をある一定のパーセンテージ内で均衡を取りながらトレーニングカリキュラムを作って行くのだが、怪我や病気で無いケースでの痛みは、必ずこの均衡が崩れているせいなのだ。

そもそもその均衡を崩している原因、その殆どは “欲” だ。 

好きな事はしたいが、嫌な事は避けたい。 しかもその事実を認めない。 という、お子ちゃま性格三段活用なのである。

今より前へ、前進したいのであれば、今までと違う事をしなければならないのは当然の話し。 しかし、していない人間ほど自分は努力していると言うからタチが悪い。

昨今パソコン生活に慣れた人間のせいか、エラーをエンター押すか如くリセット出来る気でもいるのか?! 

膝に限らず、関節痛全般だが、内視鏡ですり減って、削って治しマスを真に受けてるようじゃ、選手としての寿命も見えてる。 変えなきゃいけないのは膝でも関節でも筋力でも無く、その性格、考え方なのだ。

2011年11月11日

足底・足関節、膝関節を考える。

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ランニングブームの甲斐あってか、先日の湘南国際マラソン参加後の患者も数名やってキテマス。 ウチの患者にも参加者がいたが、逆に熱いぐらいであったそうだが天気が良くてヨカッタ。

昨日も触れたが、打撲・捻挫、怪我では無い障害、原因をどれだけ正しく考えるのか。 痛い場所だけ異常に執着、やれ筋肉だ靭帯だ軟骨だで、押して揉んで電気でテーピングなお決まりパターン。  コリャ痛みどっかいっても、原因不明瞭で繰り返すパターン。 

昔、我々がウケていたのが、歪みだバランスだと言って全身診ますと言っていたから。  だが精々やる事はボキボキやって、歩き方立ち方指導で訓練で。  今はソンなベタな考え、治療ではごまかせぬ時代だ。

で、いったい何をするか?!  具体例を珍しく挙げるとするならば、Balance board 。 乗って、立って、スクワットしか頭に浮かばないようでは、スポーツ・運動療法、治療は語らん方が良い。

Swiss ball もそうだが、海外で運動療法の現場でのBalance board の利用、位置付けは日本のそれとは比べ物にならないぐらい高い。

偉そうに語ってはいるが、正直小生もその高度な利用を、スタッフ全員になかなか研修するに至ってはいないのだが、それでもポイントは抑え、治療に組み込み、その重要性は患者にも伝えている。

地味ではあるが、その地味な動作が他の人間より出来てはおらず、筋力等でごまかした雑な動作で今日まで来てしまったツケが生んだ障害なのである。

小生、ウチの院では3ステップで、この手の症状に対する治療を組み立てている。 当然、期間は症状により個々に違う。 キッチリ3ステップまで行ける患者は100%治るのだが、10回程度、ファーストステップも終わらずでは当然治らぬ。 日常生活程度であれば数回で3ステップ刻めるが、マラソンしたい、毎日テニスしたいで、数回とはそもそも虫が良い話し。 1回でも受ければコッチは商売になるが、来る者拒まず、去る者追わずじゃ、プライドもクソも無い。

お金を貰う以上、責任はある。 治す側も治される側もコツコツ真面目が唯一の道。 自分自身からサボり横着を追い出さねば、Balance board Program は、そもそも成立しないのだから。

2011年11月12日

お抱え運転手、整体師、トレーナー。

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バブルの頃、女の子を車で喜んで送り迎えする男子を「アッシー君」と呼んでいた。 既にかなり死語だが、今でもアッシー君は多く存在する。 いや、むしろ今の方が多いのではないか。 さらに派生種も多く存在し、アッシーママは当たり前の如く、アッシーパパまで存在する。 既にそこに父親としての威厳などは皆無と言っても間違い無い。 怖い父親像など過去の遺物なのだろう。

そもそもお抱えとはいったいどういう事なのか?! 通りすがりで乗せてもらうんじゃ、そりゃタクシーだ。 ハイヤー的なもの、専属的に主従関係がそこにあるもの。 ある意味ブルジョアちっくな状況でなければ、本来は不適切な話し。 偽物が背伸びしてお抱えを望んだとしても、付いてくるお抱えも所詮ニセモノ。

スポーツやケアの世界でも、最近お抱えトレーナー、マッサージ師なる者が多く現れたが、どうなのだろう?! 行きつけの店とお抱えの違い。 行きつけなどとは、コレマタ所詮、呑み屋と同じレベル。 お抱え呑み屋とは言わん。


さて、そこでお抱えと言う由縁。           わからん...  博学ナ訳じゃナイし。

落し物拾ってあげるレベルの気遣いではなく、落とす前からの気遣い、心遣い。 当り前な事をどれだけ多く、的確に気遣いするか出来るか。  治療やケアであればどれだけ先を見越した診方が出来るか否かで、本物ニセモノがかわってくる。 そもそも計画的に治療する信念があるのであれば、「また疲れたら、何かあったら来てくださいネ」などとは、口に出すだけでプライドズタズタな筈なのだが。

オバちゃんの肩揉み治療ならそれでも良い。 しかし今より動きたいと望むのであれば、インチキ・ニセモノは訪れ無くともすぐ分かる。


お抱え○○。 成るも抱えるも、ホンモノは少ないものだ...

2011年11月13日

スポーツクラブ、治療院が繁盛しない理由。

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スポーツメーカーであった前職時代、経営・経済学がご専門の大先生が、日本におけるスポーツ・フィットネスクラブの状況について面白い話しを聞かせてくれた。 それは日本の保険制度にまで話しはのぼる。

日本の保険制度は世界的に見れば優秀。 貧乏人は最低限で、金持ちは所得なりの金額を払えば皆保険書を手に出来る。 保険書があれば誰でも平等に医療を受ける事が出来る。 しかしアメリカなどは少々事情が違う。 云わば日本で言う、自動車の任意保険の様なもの。 心配な人間は色々入れば良い。 入りたくないものは入らなければ良い。 しかし当然病院へ行けばそれ相応の料金を自己負担する事になる。 夫婦共働きなら別々に保険に入る。 もし奥さんが旦那の保険に入れば付きの負担額は少なくなるが、治療の支払いは増えるケースとなる。

結果彼ら(アメリカ人等)も病院へ行きたくはないし、元気でいたいし、健康でいたい。 元気でいたいからスポーツクラブへ通うし、健康でいたいから健康食品を食べる。 しかし我々日本人はどうであろうか?!

我々日本人がスポーツクラブへ通う多くの理由は、エアロビクスをしたいから踊りたいから、走りたいから泳ぎたいから。 健康食品を食べるのは綺麗になりたいから、痩せたいから。 同じ “欲” でも、その根底があまりにも違いすぎる。

たしかに優秀な保険制度ではなるが、手軽が故、保険書を割引手帳、割引カードだと思い、握りしめていけば安くなる、割引利かないと損した気分。 気軽に行って、気軽に治ると思っている。 コンビニじゃないんだから、安近短で医療を考えてしまっている時点で、健康へ意識が高い、高まる訳が無い。


ある女性の患者さんが言っていた。 家族で海外で長年生活していた彼女が、『欧米人は、治療、ケア、トレーニング、レクリエーション等がみな同じところにある』 と言っていた。 『痛くなれば治療が優先し、治ればケアが優先する。 今より更に動けるようにしたいのであればトレーニングが優先し、週末、ホリデーは家族・レクリエーションが優先する。 でも日本人は違う。 私は食べ物に気をつけているから運動しなくても大丈夫とか、運動してるからケアいらないとか、何かひとつだけしか無い。』 と続けた。

たしかにその通り。 痛くなければ病院へなど行かないが、痛くなってから行っては遅いのだ。 だからと言って慰安では医療では無い。 それには医療・健康産業に携わる我々全員が、高い意識で取り組まなければならない問題だ。

面白おかしく楽しくて、ちょこちょこっと見聞きした知識や技術で筋肉マッサージだから、コンビニのように疲れた揉んで欲しい時だけふらっと来る治療院になってしまう。 もしくは安くて近所だから、楽しいからという理由だけで通うスポーツクラブになってしまうのである。


安全と健康は何よりも優先する。   当り前な事だが、忘れてはいないか、今一度自分自身に問いただしてもらいたい。

2011年11月15日

整体師・理学療法士になろう!

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う~ん、先週末も3名ほどマッタク知らない同業者から連絡が。 いつもブログを見ていると、情報交換出来ればと。  新規患者からの連絡ならば商売的に万々歳だが、同業ともなれば...    イヤイヤ冗談冗談。 コレはある意味治療家冥利に尽きる。 

一人でも多く、一円でも多く。 30、40して親のスネをかじれる何処ぞのボンボンならいざ知らず、生業としている以上、完全無視は出来ないが、初めにこの職業を目指した志は忘れてはならないと、小生は常に自分にもスタッフにも言い聞かせている。

整体師だろうがマッサージ師だろうが理学療法士だろうが、何でも良い。 この職業を選択した理由は何であるか?!

手に職だとか、これからは良い職業だとか。 儲かるなどは問題外だが、すべて自分目線で選んだ職業なのか、それとも一人でも多くの人を良くしてあげたい、治してあげていと思う他人への目線で選んだものなのか。 この違いはよほどの事が無い限り、今後の療法士としての人生を大きく分ける。 云わばスタート時点から既に分かれているのである。

昔から小生が理解できないのが、本を書いたり講義・講師で渡り歩く治療家。 初めから教職を目指していたのならば分かるが、ちょっと儲かってユトリ出たら必ずやりたくなるパターン。 どうしてそのユトリで、また一人でも多くの人を診ようとせぬのか。   まぁそもそも口だけでビビりな小生は、社会人時代も含め、大勢の前でなんてとんでもない話しなのだが。

ウチの理学療法士の学校へ通うバイトちゃん、皆真面目で勉強熱心。 小生の治療の合間を見計らって色々自分の考えや質問をしてくる。 だが何の為の勉強なのかをよく考えろと言う。 基本、本は読むなと。 まず自分の目でみて、自分の頭で考えろと。 そしてその為の時間を多く作りなさいと。 人を治してあげたいのか、自分が本を読んで自己満足なのか、良く考えなさいと。


悲しいかな、人にものを教える人間すべてが仁徳者とは限らない。 勉強する自分に酔い、暗記がスキルアップと勘違いしてはならない。 たとえ今、経営が厳しくとも、その志は必ず患者に伝わるものなのだから。  正しい道を突き進もうではないか!

2011年11月16日

サッカー、野球、陸上部の延長上

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学生の頃を振り返り、運動系の部活動は何をしていただろう。

子供の頃はただそれをする事だけが楽しくて。 中には嫌々部活をやっていた子もいただろう。 恥ずかしながら小生もその手。 小学生の頃なんか泣きべそかきながら。

しかしそれでも投げ出さず続けた。 全部が全て100%嫌な事ばかりでは無かったから。

嫌な事、出来ない事でも続けて行くと、出来るようになってきたり、今までとは違った事と出逢えたりもしたから。 時として痛い目を見、良い結果が出無い時もあるが、その原因・解決策をみんなで考え、自分の行動を見なおしたりもした。 それらを経験するには、スポーツはもっとも分かり易い手段であった。


もしも子供・学生時代、出来る事だけをやり、出来ぬ事を避け、痛い目を見ずに大人になったとしたらどうであろう?!


コレは小生の経験上の話しだが、毎日スポーツクラブへ通う人、毎日テニスをする人、どっぷりハマって毎日ジョギングをする人に、子供時代、学生時代に運動・スポーツ歴がゼロの人が多いと言う事実がある。 コレ自体が悪い事ではないのだが、やればやるだけ上手くなり、レベルアップする感覚に捕われてしまっているのである。

当然怪我をする。 運動は辞めたくないとやって来るのだが、時間が無い、暇が無い、余裕が無いと言い治療が必ず長続きしない。 少し良くなると昨日までの事はどこ吹く風なのだ。  持ってる時間、ゆとりをすべて好きな事に使いたくて仕方が無いのだから、どんなに良い治療をしようとも、説明をしようとも、多くが無駄に終わってしまう。

今は根性だけでスポーツをやる時代では無い。 しかしやはり根性も必要だ。 大人になり、社会人になれば自分の好きな事ばかりでは無い。 むしろ一日の多くが自分の意図しない事ばかり。 理不尽な事もめげず前へ進む。 それこそが真の体育会系人間だと小生は思う。 

好きな事はし、嫌な事を避けてはいないか!? そんなコドモ大人が多いのも昨今の世相なのだろうが、小生は憮然としない...

2011年11月17日

予約管理の必要性と社会人のスキル

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数年前から患者の予約管理等の業務の一部に、、Microsoftが提供しているSharePointを利用している。  昨日、そのサービスを提供して頂いている、大手通信会社の担当の女性の方とお会いする機会があった。

事前に一度、電話で話しはさせて頂いたのだが、直接会うのは初めて。 会ってビックリ、小生などは足元にも及ばない社会人としてのスキルの高さに感服した。 此れが会社員を辞め、この十数年で離れた、手に入れる事が出来なかったビジネスマンとしてのスキルの差なのだろうと、改めて痛感した。

素人の小生が電話で説明した、自分で言っていても訳の分からない話しをシッカリ理解して頂き、それに対しての資料まで持参してくれた。 打ち合わせ中も、??が付くような返答は一度たりともなかった。 素人の小生が話すまでも無く、既に理解して頂いており、それをその女性は自分の言葉で話してくれた。 決して資料を暗記した会話では無く。 読まれていたらいたって恥ずかしい話しだが、是非またお会いして色々勉強させて頂きたいものだ。


さて、話しは患者の予約管理になるが、小生の同業の多くは予約管理などに労など殆ど割いていない。 せいぜい受付カウンターに大学ノート程度。 ボールペンで線引いて終わり。 実際、保険診療などは予約すら取っていないのが実情だろう。 小生は開院当時、14年ほど前初っ端からPCと携帯端末(Win CE)で管理していた。  では何のために管理をするのか?! そもそも何の為に予約を取るのか?!?!

答えは簡単。 明日来る患者と、一週間後、一ヶ月後来る患者を同じ治療する訳が無いからだ。

今日の状況を理解し判断、診察し、治療を行う。 次のどうなるかを考えて。 薬だって治癒を考えるからこそ、一日三回三日分。 場当たり的に飲んで治して、よくなる訳が無い。

患者からの連絡は日々何十件もある。 予約制にしていても常に変動する。 その状況を受付で管理し、院内の数台の端末でスタッフが常にリアルタイムで把握している。 持てる時間を最大限に患者の治療に使う為に。

閉院後や休診日も患者から連絡はある。 翌日すぐ診れるよう、前回の状況を把握出来るようクラウド化している。 そして此方も事前に治療の準備をしておく。

すべてのビジネスに於いて、一番重要な事は準備をする事なのだ。 最低限の社会人のスキルがある人間なら当然の話し。 人間関係を構築する上で大切なファクターだ。 治療に於いても是非そこんところに重きを置いてもらいたいものだ。

2011年11月18日

子供の怪我・骨折の診かた。

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小・中・高校生の患者君達は日々新規でやってくる。 走って飛んで、転んで怪我して、子供のうちはそれで良い。 自分の今現在の能力、限界をまず身体から学ぶのだ。 アタマの限界はパソコン・ネットで幾らでもごまかし、ズル出来る。 しかし身体能力はそう簡単にはいかない。

日々、コツコツとした練習、努力が実を結び、成果が出る。 そのコツコツがひと月ふた月な訳が無い。 一、二年やってはじめて努力。 毎年コロコロやる事、やらせる事が変わってるようでは、将来ろくな大人に成リャしない。

子供の怪我を診る時、一番重要なのがソコ。 怪我をした根本理由。 今だけ治すなら超簡単。 子供は大人より数段治りが早いのだから、治って治して当り前。 資格だけのダメダメ治療院でも電気とシップと揉み揉みで治せてしまう。 骨折であれば事は更に重大。 変な治り方などしたら大問題。

新規でやって来る小学生の半数が近所、と言っても隣駅が多いのだが、接骨院に通っていて治らないと言ってやって来る。 正確には、その都度その都度はそれなりに良くなるのだが、何度も繰り返す。しかも徐々に治りが良くないと。 ソリャそうだ、根本理由を治す側がまるで理解も把握も出来ていないのだから。 親や小学生本人の方がよほど考え、気付き始めている。

それに治療側が気が付けば、手首だろうと指先だろうと、肩や肘までをも使って治療プログラムを作り、治癒や再発の精度・確率を良い方向へ持っていく事が格段に出来るのである。

検査は検査。 真の診察力は別のところにある。 インターンや学生のバイト達にも、ウチに居る間は学んで貰いたいものである。

2011年11月19日

治らないのは原因と理由の違いの差

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多くが新たにやって来て5、6回目の治療時、稀に初診時もいるが、何故治ったのかと唐突に質問してくる。 

必ず初診時全員に、現症状の考えうる原因と理由、治療内容と方向性の説明をする。 まぁ、半数の患者が、聞いた事も考えた事も無い内容の話しに 眼をパチクリする。  患者が大人だろうと子供だろうと、同じ様に説明する。 分からなければ、忘れたならば何度でも聞いてくれと。

薬や注射で止めて治すような症状が対象では無い、我々の様な理学・徒手療法では、ある一定の治療期間が必要である以上、その過程を丁寧に説明し、理解してもらわなければならない。 しかし、ウチへ訪れる多くの新患が、説明など聞いて無いと言う。

では過去なんて言われた事があるかと質問すると、靭帯が、半月板が、椎間板がと一応言われている。 じゃ、その切れる潰れる理由は何と言われているかと問うと、それは聞いていないと。 忘れているのかもしれないが、そこんとこがこれから治療に挑むにあたって一番重要なところ。

原因は検査でも出る。 その原因から発生・発症した理由を考える。 発生・発症しなければ怪我も不具合の発生しないのだ。

『緩んでますね、潰れてますね、筋力のせいですね。』で、患部や原因個所と思われるところだけ、知ってるテクニックだけで治療した気では患者は納得などしないのである。


自分の身体に不安と不満で患者はやって来る。 あ~ナルホドと納得して、はじめて治療はスタートする。 理由は何処にあるのか? そこが重要だ。

2011年11月20日

そんなに好きなの?インソール。

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一昨日も専門店で靴の中敷き、インソールを作ってきましたと言ってきた患者がいた。

以前からチラホラ、コンフォートシューズショップやインソール作成する店はあったが、この数年で急激に増えたようだ。 我々同業者のあぶれや、ランニングブーム等も相まってか、今年はその手の話し、相談を受けるケースが例年に無く多かった。


直球で言おう。 小生はオーダーシューズ、インソール作成が嫌いだ。 前職時代、散々靴に関わってきた経験と、小生自身もBike、Swimがある中、最低毎月月走500km走った経験上、根本原因は自分自身の身体にあると考える。

どの靴を履いても痛いと言う人。 靴が原因なら、その靴以外の靴で問題解決だが、どの靴の時点で原因は靴では無く足にある。 枕も同じ。 治すべきは足や首だ。

捻挫・骨折の足部外傷が原因なら、装具的にインソール作成も良いだろう。 しかしその原因が骨盤、仙腸関節や股関節、胸椎に原因があるのであれば、治すべきところは当然足では無いのだ。 外反母趾にいたっては小生の臨床上、多くが頸椎、顎に原因がある。

時折スタッフに半ギレで注意をするが、その考えは否定して生み出した答えか、肯定してのものなのかと。  まず一番重篤な原因・可能性を考え、それを否定していき絞り込む。 これが治りますよ、こうすれば良くなるからよと、教わった、頭に浮かんだモノを否定せず肯定する為の検査で治療を進めてしまってはいかんと。 それじゃ安売りショップの店員や、通販に飛びつく主婦と同じだ。

膝や股関節が悪くて代償的に足関節に異常が発生したのであれば、それは力を逃がす為。 それを無理矢理抑え込んだらどうなるか?! 一時的には楽になるだろう。 もしくは足は痛くなくなるだろう。 しかし根本的な原因は残り、やがてジワジワ悪化する。 会社員時代、現職合計20数年、治るどころか作成したその靴、そのインソール以外使えなくなってしまっている人間を数多く見てきた。  人間は弱いもので、楽なモノに頼り、快楽は手放せない生き物なのだ。 


もしも手放せる事が出来るとしたら、それは 理性 。 感情におぼれずに、筋道を立てて物事を考え判断する能力である。  (辞書引用)


致し方無く使う装具なのか、現状を良い方向へ持っていく為の矯正器具なのか。 左右高さを合わせて股関節をそろえて、そのうち骨盤・股関節が良くなりますよじゃ、短絡的だ。 治す側も患者側も、子供でも分かるような目先の対処では無く、考える能力をフルに使って欲しい。 決して肯定では無く、否定から答えを生みだすのである。

2011年11月22日

大好きな先生と再インソールねた。

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予想に反して前回のインソールネタには好意的な意見を幾つか頂いた。 気分を害された方には大変申し訳ないが、数年先を考えて足の事、障害の事を考えてもらえたらと思った次第。


小生もウチのスタッフも、時間とお金があればマッサージや治療を良く受けに行く。 完璧同業にはなかなか行きづらいが、マッサージや針にはアタマ空っぽ、偵察・探りでは無く患者として行く。 ソリャこっちだって、腰ぐらい痛い時だってあるし肩だって凝る。

良さそうな所を見つけた時は新規でも行くが、やはり気心知れた、正体あかした馴染みのところになるのであるが。

この十数年で、自分の患者を紹介するほどココは良い!!と思ったところは3件ある。 60~70件行った3件だから、確率的には諸々キビシイ...

さて、後から気が付いたのだが。面白い事にその3件に共通項がある。 それは何処もコースメニューがいたってシンプル。  40分、60分、90分程度しか無い。 ハリ治療もやるがコースには一切無い。

ある時、中でも一番信頼している先生にどうしてなのかを質問した事がある。 その先生が言った言葉は 『1時間なら1時間でやるのが私の治療。その中でやった方が良ければハリもします。それが治療ですから1時間の中にすべて入っています。』 であった。

それで良いと思う。 お金では無い。 その先生の気持ちが全て表わされていると思う。

前回書いたインソールネタも、別にインソールが嫌いと言ったのでは無い、 インソール作成が嫌いと書き、それでさもすべてが治る、すべての問題が解決するように、いたずらに時間を費やさせるのが気に入らんのだ。 しかも高額な料金で。 

小生の当院でも開院以来、問題がある患者の靴を治している。 修正機も革の軟化剤もベースの中敷きもリューターもある。 広告には書かんが、必要とあらばタダで修正、作成する。 それで良いのだ。

患者の症状、治療に於いて必要と思わない事をする理由があるとすれば、それは商売だ。 今だけ楽に、気持ち良くを求めるのであれば、そう言う所を選べばよいし、長年の問題を解決したいのであれば、心底親身になって考えてくれる所を探せばよい。 それを見抜けぬうちは永遠に出会えないだけだ。

70件中3件だろうとも、真剣に想えば必ず出会える。 心がグラグラしているうちは、グラグラした足も治らんと言うオチで、今回は終了としたい。

2011年11月24日

紅葉高尾城山小仏トレッキング

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昨日勤労感謝の日、総勢15名で高尾山へ行ってきました。 

今回は城山を抜けて小仏へ下りるコース。 家族連れ、小学生・幼稚園児もいたのですが、バテずに飽きずに皆よく歩きました。

しかし、覚悟はしていましたが紅葉真っ只中の祭日とくれば、混雑しない訳が無い。 過去経験した中では一番の人出。 何処まで行っても、人、人、人。 当然ハナっからケーブルカーなど乗る予定は無かったですが、並ぶのに一時間はナシでしょう。(笑)

残念ながら、今年の紅葉はイマイチですが、とにかく天気が良くて本当に気持ち良い一日でした。

来年も色々企画、頑張ってまいります。 こうご期待。

2011年11月25日

マナー守ってトレイルラン 高尾山編

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さて、高尾山のネタの続き。

書くまでも無く、行くまでも無く、紅葉シーズン真っただ中の祭日の高尾山。 昨今のパワースポットブームもご存知なら、人で溢れていない訳が無い事は子供でも想像が付く。

そんな中で小生が気になった、目についたのがトレイルランをする若者達。 正確には10代20代では無く、その殆どが30代と思われる若者?達。

まぁ、年齢の話しは後に置いといて、高尾山も一昨年あたりから走る者がかなり増え始め、コースによってはランニングに注意を促す看板も見かけるようになってきた。

愛好家にとっては残念と言えば残念だが、何もトップシーズン、人混みの真っただ中で走らなければと思う。 このままでは駅前や駐車場でスケボーする少年達と何ら変わらない話しになってしまう。

そのスケボー少年達ですら、皆で話し合いルールを決め、自治体と話し、バスケやスケボ、インラインのパークを作ってもらう代わりに他の場所では一切しないルールを自分達で取り決める若者、20代も全国に数多くいる。 少なくとも平日や早朝などに走るぐらいの事をモラルとして徹底しなければ、いずれ自分達で自分達の首を絞める事に繋がるであろう。

更に書くのも悲しくなるが、すれ違い、走り去り際に挨拶もしない者を幾人も見かけた。 此方グループの5歳児10歳児の方がよっぽど挨拶をしていたグライだ。

世代の話しに戻るが、社会に出て10数年。それなりの経験と立場が身につき始める30代。 しかし、社会人・会社員、大人としてのマナーやスキルが付いた者とそうで無い者との差が一番大きいのも30代なのである。 本人達は尤もらしい事を自信満々に口にし、行動する。 小生も30代を振り返ると他人の事を言えた身分では無いが、同じ過ちを繰り返さぬためにも、本当の大人達がシッカリその道案内、方向修正をしてあげなければならないのである。


親に蹴飛ばされながら、何故か小学一年生から毎朝走らされた子供時代。 お陰で1位2位以外を取った記憶が無い。 両膝壊す中3まで雨の日も合羽着て走った。 ソンダケ走れば、流石に近所の砧緑地で土の上でも足を痛めた。 砧緑地では大学生や実業団の大人に交じって走った。お兄さん達が時折声をかけてくれるのがとても嬉しかった。  田舎の大会でしか優勝できなかったが、大学・会社員時代はトライアスロンでまた走った。

それから早15年。 最近では患者と一緒や田舎に行った時に走る程度だが、今どきヘッドホンをして走る事すらマナー違反と問われる事を考えると、実に走りづらい世の中になったものだ。


雑誌やメーカーは販促の為にブームを煽る。 云わずとも分かる筈の最低限なルールやマナーを理解出来ぬ一部の者の為に、競技者全体のイメージが悪くなる。 ブームの灯を消さぬ為にも、一人一人がやりたい、走りたい自分の欲より、周りに優しく走る事にそのパワーを使ってもらいたいものである。

2011年11月26日

皆が幸せになる為に必要な事。

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私事ではあるが、最近女子1男子1とほぼ絶縁した。 悲しい事ではあるが、この数年間此方からの歩み寄りを絶やさず付き合ってきたが、先方からその努力は見受けられず、小生との関係以外にも自ら様々悪循環に陥り、流石にフォローする限度を超えてしまったからである。

景気が良い時は努力せずとも周りが勝手に動き、何とかなってしまっていたものが、昨今の様な状況だとそうは行かないのである。

最近特に感じるのが、自分自身を持たぬ者が世の中こんなに多く居たのかと言う事。 

世の為、人の為、ボランティア、募金を考え、行いは良い事だ。 しかし復興・復活、力強い社会にする為には、一人一人が本来自分がなすべき役割を全力で取り組む必要があるのだ。 

サラリーマンであれば業務を、販売であればセールスを、医療であれば更なる実の高い技術の提供を。当たり前な話しなのだが、更に仕事に力を入れて明日から取り組もう!と心に誓う者があまりにも少ないのである。 特にこの技術と言う言葉に、医療の落とし穴がある。 本を読んで勉強して。 確かにそれで得るものもあるが、治療の質をあげる最善の方法では無い。 果たしてその努力は目の前の患者の為に行う努力なのか、それとも自分が勉強をしたいと言う欲の為に行う努力なのか。

このような話しをすると『何が間違っているんだ?!』と言う者がいるが、その時点で本来自分がなすべき役割をまるで理解していないのである。

直球で言えば、今自分がやりたい事はするが、他人から言われた自分の意とそぐわない、やりたくない事は完璧耳を塞ぎ避けて通るタイプ。

今自分がやりたい事をするのは努力でも何でも無い。 ソンなのは子供でも出来る。

お互いがお互いの事を想って、自分が人として人間として与えられた人生の役割をこなしていけば、相手も自分も、皆が全員幸せになれるのである。


不景気な昨今、数字的なものをある程度失うのは致し方無い。 しかし人間関係をも失ってはならない。数字を失っているうちに、一刻も早く自分の落ち度に気が付きたいものだ。 一番大切なのは自分の周りに居るすべての人達なのだから。

2011年11月27日

やりたい事、やらねばならぬ事。

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“それは、やりたい事なのか、やらねばならぬ事なのか。”

その練習、トレーニングは、自分がやりたいと思ってるものなのか、それとも今やらなければいけないトレーニングなのかを考えてしろと。

これは学生時代にスポーツ系のワークショップ、たしか外国人の講師が言っていた。 原文も誰だったのかも記憶が曖昧で若干説得力は無いが、すべてに於いてその言葉は未だに小生のベースになっている。

信念や自分の心の言葉に従って生きろともよく言うが、勝手気ままに自由に生きろとは意味が違う。 やらねばならぬ事と聞いて、他人から言われた事する事と思う者もいるが、それは大きな間違い。 やらねばならぬ事は自分で見出す事。 勇気を持って自分自身の内面と真剣に向き合う事。  それを避けて通る弱い人間、ダメな人間ほど、先述のように一度きりの人生だから自由になどと言い放つ。  そのくせ自分のやる事は全部他人から見聞きした事、今どきならネットの情報や知人・友人、知り合いづてにしか物事を進める事が出来ぬ。

自分で自分の道を切り開いてこそ、自分の人生。   避けて逃げて、欲に任せて、他人を頼ってズルの人生、どんなに本を読もうとも無味な悲しい人生である。

自分の人生に自分が向きあわずして、誰が向き合うのだろうか!? 勇気の出しどころなど、一生ありゃしない。


亡者か賢者か?!  たとえ賢者ひだるし伊達寒しであったとしても、小生はその生き方を選ぼう。
根性を使うのは今なのだから。

2011年11月29日

忙しいのと暇なのと、ゆとりとお金、どっちがどっち?!

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忙しくて仕事も収入もあるのと、暇で時間的ゆとりがあっても、気持ち的経済的にはゆとりがあまり無いの、果たしてどちらが良いでしょう?!

答えは簡単、どちらもホドホドにあるのが良いでしょう。 

しかし人間は面白いもので、忙しい時、辛い時や事からは完璧完全に逃げようとする。 だからと言って南国で何もしないでダラダラ時間を使うのが一番良い事とは思っていないにもかかわらず。 でもタマには良いとは思ってるでしょ!?

その、“タマには” という部分が重要なんですわ。

治療やスポーツで重要なのが、 時間・頻度・強度 の三要素。 この三つのバランスが良ければ怪我もしないし、成績も向上する。 しかしこのバランスが少しでも崩れたりすると、たちまち疲労がたまり成績は停滞・下降し、やがて怪我・障害へと繋がってしまう。

以前も何度か書いたが、海外で長く暮らしていた患者が言っていた言葉で、『日本人は答えを一つしかもっていない。』と言うのがある。 治療やケア、スポーツ・トレーニング、家族やレクリエーションが全て生活の同一上にある。 元気ならスポーツ・トレーニングの位置付けが上がり、忙しく辛ければ治療やケアが上がり、週末・ホリデーは家族やレクリエーションが優先する。  日本人はその “優先” が下手クソだ。 優先では無く、選択・消去しか出来ていないのである。

痛くないからケアしない、食べ物に気をつけているからスポーツしないとか、答えが一つしかない。 ダメな日本人の典型例だ。


程度問題、 “タマには” と言う頻度を考えて、バランス良く生活を組み立てれば、健康や安全をしっかり確保したうえで豊かな生活を送れる。 お金が無い、時間が無いと、すべてを節約、使わないようにしようとすれば、結局はその反動は大きくなり、いずれどこかで同じかそれ以上の浪費をする事に必ずなる。 

生活のバランスは、家族や親兄弟であっても、なかなか他人の事は分からない。 だから他人の事を思いやりながら自分自身、一人一人がシッカリ正しく考え、無理の無い、豊かな生活を築きあげる。 健康、身体やスポーツ、仕事でも生活でも、何事もバランスが大切と言う事ですな。

2011年11月30日

最後に一言。

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“振り返れぬ者、破滅への一途”


11月の今日一日。 いよいよ今年もあと一カ月となった。 多くの会社員は、今年一年振り返って数字その他諸々最後の修正・補正に毎年追われる時期だろう。 敢えて言うならば、この時期本気で振り返れぬようであれば、より良い来期になど出来る訳が無い。


知らぬ若者もだいぶ増えたが、バブルと呼ばれた約25年ほど前、今振り返れば恐ろしく景気も良く、我々の業種も 『腕が良きゃ患者は来るんだ!』 と当時の開業者は皆口をそろえて同じ事を言っていた。 確かにそうだった。 今よりも同業者も少なく、保険・料金に関係無く、患者を取り合う事も無く、黙っていても患者が途切れずやってきた時代であった。


しかし、そこには大きな間違いがひとつあった。


それは皆が皆、自分の腕、治療に自信満々であり、誰もが自分は大先生だと思い込んでいた。

患者は治ったら来ない。 治らなく、嫌われても来ない。 どちらにしても基本いつかは来なくなるもの。 そしてある時、たまたま嫌われてない患者だけが再来院でやって来る。 必然的に会う患者は全員気に入られた患者のみ。 ここで思い込み、誤差が生まれる。

ある先輩が言っていた。 『治ったらどうして治ったのか考える。 治らなかったら、もっともっと考える』 と。 治療も痛い時と治った時、同じ治療する訳が無い。 治ったら治療を変える。 治らなかったら当然変える。 どちらにせよ振り返り、今までの自分を見つめ直し、ダメな所を修正してこそ、よりよい次のステップとなる。


たとえ他人から見て、つじつまの合わない可笑しな言動をしている人間であっても、当の本人は自分は間違っていると思ってはいない。 治療・治癒でも仕事でも、今より治る、上手く行くかどうかの境目はここにある。


“振り返れぬ者、破滅への一途”

既に廃業した多くの同業者の唯一にして最大の共通項。 それを過去何十件も見てきた。 反省と後悔を繰り返して人間の脳・思考は前進するもの。 時には立ち止まり、自分自身を見つめ直そうではないか。 皆の幸せの為に...

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