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自律神経を語る前に。

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交感神経、副交感神経のバランス、自律神経がどうたらこうたらと、我々のような民間療法でもお任せ下さい的にうたう院が稀に会うが、得てして脱サラ。 ウンでもって、自分も患いましたから的。  まぁ、それはそれで構わんが、お悩み共感的に情に訴え広告・客寄せは如何なものかと。 コレマタ得てして、お客様の声なホームページが有ったりして。 まぁ、全部当てハマる奴ほど、こんなブログは読んじゃいないだろうが。

本当に昔からよく居るんだわ、こんな輩が。 誰だって一度や二度は病むわ。 それをこれ見よがしに書かん。 どこぞの大学病院の外科の先生が、僕も過去大病しましたと書くであろか。 

患者も、その輩の場合も少し治まってくると、今度は昔なら本、今どきはネットでガンガン情報を放り込もうとしてくる。 他人を頼りたくなると言えば仕方が無い行動。 だが典型的。 

次の行動がいきなり逆の立場に。 その得た情報で目覚めたように錯覚、思い込んでしまうのか、心理療法系であったり、治療家であったり。 凄いと講師、講義などしたりもする。  いやはや天晴れ。


昔、友人に言われた言葉で、“身の丈で生きていく” というのがあった。 その本人そのものを表している良い言葉だと感心した。 小生もそうありたいと。

望むと望まざるとにかかわらず、自然と学ばなければならぬ事、乗り越えねばならぬ事は目の前にやって来る。 決してそれは避けてはならず、そもそも避ける事が出来ぬ事。 見栄や欲、根拠の無い自身で尤もらしく語ってはならぬのだ。 身の丈とはそういう事だ。


自律神経症状を理学・徒手療法、民間療法の立場で受け止めるのであれば、かなり深く生活に踏み込み、受けとめねばならぬ。 それを小生は以前、海外での水治療法の勉強で多く学んだ。 決して本では学ぶ事の出来ぬ事を。

情報はあくまでも情報。 学ぶと言う事とは別次元。 安易な思考で知らず知らずのうちに自分の身の丈を超えてしまっていはしないだろうか。 自分自身を見失っては、5年後10年後の患者の将来など導けはしないのだ。

今自分は何が出来るのか。 自分自身の中身と対話をしてもらいたい。 きっと正しい進むべき道が開けるであろう。 

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2011年10月28日 12:55に投稿されたエントリーのページです。

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