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間違った自分に合う靴

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今年に入り、何故か足部痛の患者と多く戦っている。 元シューズメーカーとして、本領発揮と言えば発揮だが、在籍中もそうであったが、やはり売る側と身体を真剣に考える側とでは大きな隔たりが未だにある。


たとえば靴屋に行って靴を買う時、皆は何に注意し、靴選びをするだろう。

当然丁度良いサイズの靴を選ぶのだが、そのちょうど良いとは一体何であろう?

大抵当たらず、きつくない靴を選ぶのだが、そもそもそれが間違えているのである。 むしろキツイ方が良いのではないのか?と考えてみたらしないのだろうか。

多くの客は店で靴に足を通し、ゆとりのある物、サイズを好む。 売る側もキツイの売ってクレームになるぐらいなら少し大き目を売った方が無難である。  こう書いてみると、大きいのを売る店がダメで、丁度良いのを売る店が良いと、今どきの単純な消費者は思ってしまう。 ましてや、『アナタのサイズを測定し、アナタにあった靴・中敷きをお作りします』などと、うたい文句聞いた日にはドップリウキウキで入手大希望になってしまう。

装具学もそうなのだが、折れた切れた、今痛い辛いを固定する為の補助器具なのか、それとも悪い所を今以上良くする為の補助器具なのか、大きく違ってくる。 

腰が痛いと言ってコルセットをしたとしよう。 確かに楽だが、装着規定時間、期間を間違えると、筋力低下や不動部位を生んでしまう。 一生コルセットをした方が良いとなど、誰が考えるだろうか。

今ある悪い物を、いかに良い方向にもっていくか。 骨や筋肉の方向では無く、その患者の求めるQOLの向上を理解した方向性の問題なのだ。 

足が悪い理由が、足に原因があるのであればそれでも良い。 しかしその原因は時として顎関節にまでおよぶ。 たとえばその顎関節を無視して足を矯正したのであれば、その歪は必ず5年後10年後、思わぬ形で襲ってくる。 人の身体を診る、治すと言う事は、そう言う事なのだ。 それ相応の責任も背負わねばならぬ。

分かり易く、安直なものが好まれる昨今、自分の身体ぐらいはじっくり時間をかけ考えてもらいたいものだ。

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