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2011年10月 アーカイブ

2011年10月01日

ジックリ時間かけ、カイロプラクティック勉強会。

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正直、テクニック講習会は反対派である。 未熟な者ほど、技をつければ、つけば治せると思いこんでしまう。

と言いながらも多少は無いと、若者は不安がる。 しかも上っ面技術を身に付けた同級生に、遅れを取ったと悲観もするし。

酷いと週末セミナー、1日2日で終わらせてしまうようなテクニック講習。 コレじゃ全く身に付かんどころか、むやみに武器を渡すようなもの。 コロサレルな、きっと。 唯一イイ事があるとすれば、儲かる。 ソンダケ。

毎週末にコツコツ3カ月かけて、CMRT内臓反射SOT。 やっと本日終了。 あとは本人達が日々精進するかどうか。 それでも使いモンになるには2、3年は軽くかかるだろう。 日々頑張っての話しでね。

アゴ外れた患者のTMJ治療なんかは、実際安心して患者任せられるのに3、4年だろう。

急いで、ラクして良い結果出る事は決して無い。  天才は努力の上に存在する。 金で解決の人生、嘘っぱちの人間しか出来上がらんのだがな...

2011年10月02日

間違った自分に合う靴

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今年に入り、何故か足部痛の患者と多く戦っている。 元シューズメーカーとして、本領発揮と言えば発揮だが、在籍中もそうであったが、やはり売る側と身体を真剣に考える側とでは大きな隔たりが未だにある。


たとえば靴屋に行って靴を買う時、皆は何に注意し、靴選びをするだろう。

当然丁度良いサイズの靴を選ぶのだが、そのちょうど良いとは一体何であろう?

大抵当たらず、きつくない靴を選ぶのだが、そもそもそれが間違えているのである。 むしろキツイ方が良いのではないのか?と考えてみたらしないのだろうか。

多くの客は店で靴に足を通し、ゆとりのある物、サイズを好む。 売る側もキツイの売ってクレームになるぐらいなら少し大き目を売った方が無難である。  こう書いてみると、大きいのを売る店がダメで、丁度良いのを売る店が良いと、今どきの単純な消費者は思ってしまう。 ましてや、『アナタのサイズを測定し、アナタにあった靴・中敷きをお作りします』などと、うたい文句聞いた日にはドップリウキウキで入手大希望になってしまう。

装具学もそうなのだが、折れた切れた、今痛い辛いを固定する為の補助器具なのか、それとも悪い所を今以上良くする為の補助器具なのか、大きく違ってくる。 

腰が痛いと言ってコルセットをしたとしよう。 確かに楽だが、装着規定時間、期間を間違えると、筋力低下や不動部位を生んでしまう。 一生コルセットをした方が良いとなど、誰が考えるだろうか。

今ある悪い物を、いかに良い方向にもっていくか。 骨や筋肉の方向では無く、その患者の求めるQOLの向上を理解した方向性の問題なのだ。 

足が悪い理由が、足に原因があるのであればそれでも良い。 しかしその原因は時として顎関節にまでおよぶ。 たとえばその顎関節を無視して足を矯正したのであれば、その歪は必ず5年後10年後、思わぬ形で襲ってくる。 人の身体を診る、治すと言う事は、そう言う事なのだ。 それ相応の責任も背負わねばならぬ。

分かり易く、安直なものが好まれる昨今、自分の身体ぐらいはじっくり時間をかけ考えてもらいたいものだ。

2011年10月04日

魂とカネ

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自分の是からの人生を考える時、まず金が無ければ何も出来ないと思う人間をどう思うか?

だが多くの人間か知らず知らずのうちに、お金を払って学校に行ったり資格を取ったり、物を買ったり揃えたりしなければ始められない人間になっている。

自分の人生、魂を金と引き替えに手に入れようとしているのだ。

ましてや人の事を、カネだ駒だ兵隊だと言う人間を誰が支持するであろうか。

人生、常に、一生勉強と言うが、紙とペンで机に向かうのが勉強では無い。


医療であれどんな商売であれ、金で心を左右されてはならない。 

安いから行く、買う、儲かるから何でもやる、儲かればハッピー。


魂を金で売ってはならんのだ...

2011年10月05日

治るならスポーツを辞められる?!

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もしもアナタがプロスポーツ選手だったとしよう。  

残念だがアナタは大きな怪我をしてしまった。 大事な試合も近々に控えている。 我慢すれば動けなくは無い範囲だが、さてアナタならここでどうする??

大事を取って試合を欠場するか、はたまた無理を押して試合に出場するか?!


これには大きな答えが一つある。  それは 今自分が何をしたいか を明確に、揺るぎなく心に描いているかどうかという事。

逆に一番ダメなのが、治るなら今、スポーツをやめられると言う答え。 真っ先にそう答える者ほど、少し良くなるとすぐ始めたいと言う。 治っていないにもかかわらず。

経過が良かろうと悪かろうと、揺らいではならない。 不安に打ち勝ってこそ、道は開ける。  プロ選手であれば当り前な答え。 趣味程度でやっているのであれば、ゴリ押しする必要など無いのだから、あっさりやめるべき。 そもそも趣味な者ほどやめない、やめれないからタチが悪い。 当然、会話をしていても軸がブレブレ。


一つの症状に於いて、運動をやる、やめるに重点は無い。 やるにせよやめるにせよ、全力で取り組めるかどうかが答えを大きく左右する。 やるときめたらやるしかない。 やめると決めたら、とことん治す。

自分で自分の気持ちを、どれだけシッカリ握りしめていられるかどうか。 手放すかどうかはアナタ次第なのだから。

2011年10月06日

毎年10月から始めます。

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アッという間に残り3か月弱。 あ゛~、今年もコレと言った変革も充実・充足感も無く、悶々とした日々を過ごす事確定の皆さん、そんなアナタの為に一昨年はナイトランニング、昨年は高尾・大山近隣トレッキング&パーソナルランニングを実施してきました。

今年も少しだけ始めます。

まずはmixiでメンバー限定に告知いたします。

お楽しみに!

2011年10月07日

整体、指圧、柔整諸君、NHK 『総合診療医ドクターG』に学べ。

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現在NHKで第2シリーズとして放送されている 『総合診療医ドクターG』 という番組を見た事があるか。 

Generalの “G” が表す通り、総体的に診療する事の大切さを伝えている番組である。 特に診察に於いてもっとも重要である問診の取り方のスキルは、小生が言うのは痴がましいが秀逸と言わざるを得ない。 残念ながら来週あと一回で今シリーズは終了してしまうのだが。

この10数年、診断のスキルをあげる事に全力を尽くして来た。 実はこの番組にも少々知ってる先生も出演していたりもする。  内科や外科、バイタルや精検だけで診断するのでは無い科目は他に幾らでもある。 むしろどの科でも同じ。 勿論整形や、我々の様な理学・徒手療法であっても当然なのだ。

ただ単に話しを聞くのが問診では無い。 そこからどれだけ多くの事を見出すかこそがスキル、技術である。 残念ながら我々民間療法は、多くの場合、その診断のスキルは低い。 身体を曲げたり動かしたり、足の長さや骨盤の偏位、反応・反射を見て診断してしまう。 本人はちゃんと診察しているつもりだが、検査をしているだけ。 ある特定のパターンに当てはめているだけであり、残念ながらGeneralな部分はまるで無い。 テクニック云々言ってる時点で、治療家としては不適合なのだ。

結果、我々の様な民間療法は一つの症状に対して診断や治療がまちまちであり、患者は何件も渡り歩き、たまたま自分のケースに当たった所に出会えれば運よく治る。 まぁ、実際は治らずとも耳触りの良いトークをする、当たり障り無い、心地よい治療院で落ち着いてしまうのが関の山だが。

プロのこだわりとして、金儲けでは中身の無い治療家・人間以外の何物にもなれない。 安近短で訪れる患者も駄目なのだ。 自分は何を求めているのか。 患者も治す側も正しく持たねばならぬである。

2011年10月08日

パワーストレッチ教室ハジメマシタ。

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今朝からスタートしました、既存患者さん限定パワーストレッチ教室。 さっそく今朝は親子で参加の方々が。


年内12月いっぱいまで、火・木・土の朝8時から2階コンディショニングラボで実施予定。


完全、院長のパートナーストレッチング!!  (かえって嫌だと言う噂もチラホラ...) 


柔軟性・可動域向上はもちろん、現在実施中のストレスティーチングダイエットの延長線上にある、筋への刺激に重きを置いたヨガ・ピラテスとはまた違った体操・ストレッチングです。

専門的、具体的に言うと、捻りや抵抗を院長が直接一つ一つの動作に加えていくと言う、ある意味至極のストレッチングでアリマス!
(更に詳しくお知りになりたい方は、PNFやAKAと言うキーワードでググってみてもらうと、同じでは無いですが多少イメージが湧きますわ。)

レッスン時間は約30分、院長自己評価額¥7,000-(笑)のところ、ナント驚愕の ○ ○ ○ で!!
(詳細はmixiコミュ、もしくはスタッフまで。)

今年も後悔の念にかられて一年を終わらぬよう、戒め参加お待ちしておりマス!!

2011年10月09日

パワーストレッチ二日目

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連休中にアリガトウございます。 無料とはいえお粗末サマでした。 パーソナルでつく方が楽なんですわ、この手のプログラムは。 個々色々得意不得意部分をフォローできるし。 此方の方がかえって勉強させてもらってます。

とはいえ日本じゃあまり見ないメジャーちっくな動作もいくつか入れてみたりで。 楽しんで頂ければこれ幸いデス。

今週来週はまだまだウォーミングアップ編ですから。 こんなんでバテてもらっちゃ、正直マダ困りますが。(笑)

エキセントリック・スタビライゼーションなんて、少々傍流ですが。

って事で、年内まだまだ続く...

2011年10月12日

三連休祭り終了で身体ボロボロ。

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9月末から立て続け怒涛の3連休3連発、多くの皆さんがお金も体力も使い果たした事でしょう。

考えてみると、連休らしい連休は年内12月のあと一回。 どっかの誰かのせいでムリクリ祭日週末にひっ付けて連休大量生産なこの数年、飛び石は飛び石で良いモンですわ。

確かにエコなのかもしれないが、皆が同じ日に休み、同じ時間に同じ様なところへ出向く。 混雑、渋滞で結果どんだけエコなのか? 

様々な生活様式、ライフスタイルが出来たと言うが、それは単に消費・浪費の部分だけではないか?!

個性を大切にとも良く言うが、子供は皆、お稽古ごと習い事、遊びまでスクールに入らなきゃ、ボール一つ蹴れも投げれも出来ぬ始末。 アウトドア、アウトドアはと言ってみても、結局は誰かが作って用意した所へ、生活必需品のアウトドアバージョンを大量に持ち込んでみたり。 マッタクもって滑稽な時代である。


どんなに時代や生活が変わろうとも、人間は同じ。 変わらず守らなければならないモノもある。 きっとそれは物やカネでは無く、他人はもとより、真の自分自身を見つめ、全ての人を思いやる心を忘れなければ、環境も身体も決してボロボロになる事は無いのだろうと日々思う...

2011年10月13日

最新テニスエルボー治療

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さて、昨今テニス肘(テニスエルボー)で困り果ててやって来る患者が後を絶たない。

現在一般的なテニスエルボーの治療として、・非ステロイド性抗炎症薬 (Nsaid)、・温熱やアイシング、・Tennis elbow Strap、・低レベル レーザー、・針やマッサージ、トリガーポイント療法、他にも幾つか理学的治療等もあるが、少々重症な場合、海外ではおそらく血管拡張が目的と思われるが、血漿等の注入もあると聞いている。

だが残念ながらこれらの治療どれをとっても、テニスエルボーの劇的な改善や再発防止に至る根拠は証明されてはいない。


実は海外で小生が知りうる最新の研究結果によると、従来のストレッチや理学、リハビリ運動では無く、 “分離偏心手首伸強化運動” が非常に有効だと言う情報を入手している。
それは前者による改善12%に比べると、後者は76%の被験者に改善がみられたらしい。

最新と言っても、もうかれこれ2、3年前の話しなのだが、未だ国内では積極的に実施している話しは耳にしていない。

小生の臨床では、この分離偏心手首伸強化運動は魔法のリハビリでは無く、そこへ至るまでにやらねばならぬ治療がいくつもある。 だが残念な事に三分の一の患者が継続的な治療を理解出来ず、病院を渡り歩いてしまう。 この辺は小生も含め、技術とは別の部分の更なる努力が必要なのであるが。

テニスエルボーで悩まれている患者は、是非一度相談に来られては如何だろう。

2011年10月14日

スポーツ関係を辞め、治療に専念した理由。

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もうかれこれ会社を辞め14、15年が経つが、この数年で知り合った同業の者から時折『何故、スポーツメーカーを辞めたのか?』と質問される事がある。

正直、社会人として“働く”と言う事に関しては、ずっと後悔している。 

それでも辞めた理由。

それは、ただ単純に “治したい” 、それだけだ。


同僚、知人・友人全員に、スポーツ選手は紹介しないでくれと頼んだ。 たとえ来たとしても特別扱いは出来ぬし、フツーの町のオバちゃんと同じ扱いしか出来ぬと。 しかも過去何十、何百人もの選手が耳触りの良い言葉に惹かれて、スポーツ専門などと謳う病院・治療院を渡り歩くのだ。

そんな紹介、縁故の情報が入り、渡り歩ける者は良いが、街の一般人には基本その術は無い。 だから心底困って頼ってやって来る。 真剣に頼ってやって来る者と、明らかに治療が続かぬ者、どちらに全力を尽くすかなど、無駄な問答である。  残念ながら昨今、素人でもインターネット等で繋がりなど無い薄っぺらな情報を、縁だと思い渡り歩く者が増えてしまった事に嘆く。


良い仕事をする事に人生を傾けるか、カネの為か、楽をする為か。  初めは皆、良い仕事をと言う。 しかし経済的な問題が発生すると、その本筋が金儲けへと変化してしまう。 しかもその事実に本人も気づかぬままに。 そもそも楽をしたいと言う人間は問題外なのだが。

誰でも楽はしたいし、お金だって欲しい。 しかし、自分の人生の本質は何処にあるのか!? その道を踏み外してはならないのだ。


良い治療とは何なのか?! 最大のテーマだ。

2011年10月15日

ホントにダメだって。 腰痛すら治せないぞ!

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よくブログ(特にアメブロ)経由で同業者から連絡が来る。 すべて知らない同業者から。

これがまた皆、熱く真面目なタイプ。 勉強もシッカリやっている。 かえって小生と話すと毒が移るんじゃね?! と心配する。

逆に全く接点が無いタイプ。 それは僅か1、2年の勉強で店を構えて治療を行ってしまうタイプ。 超~危険。 あとは患者で練習、セミナーで勉強で習うより慣れろで良いと思っているのだろう。

ナンちゃって腰痛ならごまかす事も出来るが、長年心底解剖学的に病んだ腰痛は絶対治せん。 運動不足、生活習慣改善で治して喜んでいるようじゃ、真の治療家では無い。


では何故接点が無いか?! 実は学ぶと言う事、そのものに問題がある。

我々が子供の頃学校で1足す1は2と、2掛ける3は6と教わる。 九九などは訳が分からず暗記する。 其れらは真実だから疑わず丸暗記しても問題は無い。 しかしもしそれを2掛ける3が7と暗記させられたら、将来大人になってとんでも無い事になってしまう。

何が言いたいかというと、教わる側の立場は弱いと言う事。 教わったら基本信じて暗記してしまう。 粗悪な整体の学校などは、検査の授業、テクニックの授業、解剖学の授業だと言い、前屈して痛かったら筋膜性腰痛、うしろに反って痛かったら椎関関節、そんで捻って痛くてついでにシビレも出たらヘルニアと教わる。 筋膜ならこう、関節ならこうボキッ、ヘルニアなら開いて引っ張って...    検査すれば原因が分かって、教わった通りやれば治ると信じてしまっている。

いやいやいや、ホントに痛くて苦しい者は、前にも後ろにも曲がらないから。 どうやって決める気なのか?そんなとき。 まぁ大抵はムリクリ多分コレだなって決めちゃうレベル。

危ない、アブナイって!

診断は検査では無く、診察で行うもの。 正しく身体診察できるスキルが身に付くまでには5、6年はゆうにかかる。 身に付いてこそ開業開院、責任を持って患者を受け止められるのだ。

今どきネット検索、ググってみればドクターのスキル何ぞ容易く分かる。 上っ面の肩書き何ぞ、クソくらえ!だ。   見透かされぬよう、小生も頑張るか...

2011年10月16日

俺には夢がある。

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こんな場末の治療院で人知れず生きてる小生にも夢がある。

何が欲しいとか何になりたいとか、上手くなりたいとか勝ちたいとか、そう言う目の前にあるモノに飛びつく目標では無い。

19、20才の子供ならまだしも、形容出来てしまうものに興味は無い。

学校行って資格取って働いて、結婚して子供いて車買って家買って。 其れはそれで良いうだろう。 それも幸せの喜びの形。

自分は是がしたい是になりたい、そして皆を周りを幸せに、喜ばせてあげたいと、まず自分ありきからにはどうしても昔から考える事が出来ない。


いったい自分は何処へ向かって生きて行くべきなのか、何をすべき人生なのか、自分にはいったい何が出来るのだろうか?


自分の身の回りで起こっている事。 どれだけ自分にかかわりがあり、今自分がなすべき事を自分自身に問い正し、決して一人称で見ず、最善を尽くす。

テレビで見聞きして憧れたきっかけも、またそれも良いだろう。 しかし先ず自分自身を見つめる事。

果たして今自分がやっている事が、周りの為と思っているが、実は自分の為だけだったりするのではないか。

夢とは形容する必要は無い。 自分の為だけでは無い、真の社会の一部となれるよう、軸をブラさず一生歩む人生を送りたい。 そんな人生を送る事が小生の夢である。

2011年10月18日

自分が世界を変えると言う野心家

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政治家ならまだしも、スポーツの世界でも稀に居る。

自分が世界を変ると言う野心家が。


音楽やスポーツが人の心を癒したり元気付けたり、健全な心と身体の為に必要だと訴える事は良い。

しかし、○○が世界を変えると言いながら、実は自己の成功の為の道具として尤もらしく語る者も多い。

小生の世界にも昔からO脚や小顔矯正、腰痛が一発で!などと言う触れ込みで執筆や講演を繰り返す者が後を絶たない。 筋であれ骨格であれ、少しの刺激で変わる事は当然。 凄い刺激で無ければ反応しないようであれば生きていけないからな。 

情報に溢れる現代、物作りであれ飲食であれ、 分かり易い と言うのがテーマな時代。 より単純な事ほどウケル。 其れが良い悪いと言う所とは別次元の話しで。


時代や世界を変えるのは、一人の力で出来る事では無い。 仮に出来たとしても其れは単なる切っ掛けに過ぎず、力を手に入れたと勘違いをした時点で負の方向へと向かって行く。

皆が手に手を取り合い、皆で前進していく事。 是こそが時代の変革にもっとも重要な事であり、ホールを借りた講演で参加者がウォーッ!と声をあげる事とは全く違う事なのだ。

多くの人間に賛同を得る喜び、結果多くの収入・収益を得る喜びへと変わる。 そんな人間に決して時代は付いて行きはしない。 時代はそんなリーダーを求めていないのだから、一人一人が見抜くべきだ。  ホントに可笑しな人間が増えたモノだ...

2011年10月19日

動いている時は痛くない坐骨神経痛

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坐骨神経痛だと言ってやって来る患者は、日々何人もいる。 そもそも何処かで誰かに坐骨神経痛だと言われたのだろう。

その診断が正解不正解かをここで論じても意味が無い。 特徴的な痛みの割には原因が特定できない事が多い場合、多く用いられるようだ。 原因が特定できないのは望ましくは無いが、MRI等の画像検査で目に見える物が出てしまいコレだ!と特定してしまう方が、遥かに危険を多く含んでいるケースが多い。

多くの場合、まず痛みや痺れが出ている部位で診断をしてしまいがちだが、身体診察の優先順位は必ずしも部位が最上位には来ない。 むしろ臨床上では特定時間発症の方が上位に来る事が遥かに多い。 その発症時、患者はいったいどのような状況に置かれていたのかを精査する。 そしてそれがどの部位に影響を及ぼしていたのか?のように。

ここで坐骨神経痛に話しは戻るが、臀部や大腿後面に影響を及ぼす原因は数多くある。 まずそれをどれだけ数多く頭に浮かべ横並びにし、先入観を持たずに診察するか。 ハナっから原因をコレだと決めつけ、肯定する検査を見つけだすようではダメなのだ。 逆にどれだけその診断を否定できるか、否定できるうちは全力で他の可能性を考え出さなければならない。

坐骨神経痛を梨状筋と考え、硬いから痛いと言い、今度は逆に筋力が無いから支えられないのだと筋トレを指示し、筋を強く硬くしようとする。 ドッチダヨ!! とツッコミたくなるが、言い訳、自己肯定はシッカリ出来る者の典型的な診断パターン。 若い未熟なドクター、治療家でもそんな屁理屈ぐらい浮かぶ。 その屁理屈をどれだけ自己否定して診察するかがキーになるのだ。

今月だけでも既に4、5名の患者が、そんな稚拙な診断や治療の経歴であった。

運動やトレーニングが悪い訳では無い。 その正しい指導の、 “正しい” と言う部分の落とし込みが非常に稚拙である事に問題があるのだ。

表題にあるような運動時だけで無いパターン、最近だと肩鎖関節に大きな問題があったケースもある。

触らずにそれらを見出す。 そこに診察の醍醐味があるのだから。

2011年10月20日

ツイッターで勘違い兄ちゃん達

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ツイッターやフェイスブック、その他SNS様々あるが、それらをいったいどう使うか?  そもそも自分の中でそれらの位置付けは、何処で何であるのか?

以前にも書いたが、感心するのがウチのバイト達にも居る19才・20才の学生たちは、友人知人との繋がりに上手に使っている。 そもそも40代以降の社会的立場、距離感を弁えた大人は、良くも悪くも慎重に、恐る恐る使う。

心底本当にカチン!と来る時、決まって相手は30代。 コレ主観。  全員がそうでない事は肝に銘じて読んでくれたまえ。

先日患者とフォローする、フォロー解除するの話しになり、ジャンジャカフォロー、解除する者に30代が多いと意見意気投合した。 今どき誰が解除したなどすぐ分かるからナ。

そう言う者に限って、SNS、ツイッターでの繋がり、出会いを大切にと言うクセに、気軽にON・OFF出来るのがSNSの良い所だと言う。 どっちダヨ!! と、ツッコミどころ満載の全くもって都合のよい意見、解釈、場当たりその場しのぎ。 基本、人との繋がりを理解して無い、希薄で上っ面。

町ですれ違った人といきなり握手して、今日から友達と言うようなモンだ。 

立ち話し程度の会話で、無難に意気投合。 真の男の友情は喧嘩して生まれるナンザ、全くもって辞書に無し。  公園デビューのママ友よりタチが悪い。

商売に利用しているなら、それはそれで良い。 しかし、さも人だ、人情だ、繋がりでフレンドリー感満載を装うようでは、いずれメッキが剥げる事間違い無い。


お陰さまで小生の直接の知人・友人・患者にそのような者は居ない。 逆にフェイスブックで繋がり始めた昔の患者、友人には此方がかえって感謝する。 

打算的に新たな繋がりを求めるより、繋がりを更に深める道具だったのがフェイスブックだと理解している。 ツイッターも本来の目的と違う方向に行っているのではないか?! しかし、それが時代の流れなのだとしたら、おかしな方向へ向かっていない事を祈るだけだ。

2011年10月21日

捻挫・アキレス腱断裂で絶対的リハビリ

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日々、捻挫をしたと言ってやって来る患者は居る。 そう多くは無いが、アキレス腱断裂も年に2、3人は絶対来る。

固定安静は当然だが、予後のリハビリに於いて、その重要性をどれだけの人間が認識しているであろうか。

よく何度も捻挫を繰り返していると言う者に会うが、得てして予後リハビリを軽視している者が少なく無い。 

リハビリ以前にその心掛け! と言いたいところだが、タマには少し理学的な話しを。

緩んだ靭帯による関節の不安定感を抑制する為に、筋力の働きで関節の固定力をサポートしたりする。
間違えてはいけないのが、この “筋力の働きの向上” と言う部分であり、決して筋力・パワーの向上とはイコールで無いと言う所だ。

捻挫などはタイプにより、どの筋肉へどのような働き掛けをするかが重要。 その為には不安定性だけを重視するのではなく、筋力と共に刺激反応時間も重要視しなければならない。

実はこの反応時間、多く捻挫を繰り返している者ほど非常に遅い傾向がある。 これらが先天弛緩性等によるものかどうかをも精査せねばならぬが、捻挫を繰り返すと言う事はとっさの時の全身反応を上げる事により、単関節にかかる負荷を全身で避ける事も必要なのだ。 

患関節はもちろん、全身反応性をも上げる事が治癒や再発はもちろん、パフォーマンス向上へも繋がる。


テーピングやサポーターで固定して、痛み取れて揉んで電気で筋トレで、ホラ安定してきたでしょう!? で再発じゃ元も子も無い。  捻挫、不安定感を取る為に必要な事は沢山あるのだから。

2011年10月22日

満員御礼パワーストレッチ

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お陰さまで今朝も8時から満員御礼でアリガトウございます。

正直絶対コレ!って言うテーマは敢えて作ってオリマセン。 毎回参加者の顔ぶれを見て、前回を考慮して柔軟性向上なのか筋力なのかバランス、協調力なのかを決めてマス。

って事で今朝は体育系男子も混じってだったので、若干パワー系で。 その中にもコントロールも交えながら。

動くのと動かせる、上がらないのと上げられないのとの違いを体感しながら。

治らない痛みは間違えた学習によっての部分が大きい。 ヨーロッパの理学療法では常識な部分。 この “学習” という意味をどう捉えるかでその後の治癒が大きく左右される。 アレもコレもの情報収集な時代では、その学習が大きく間違っているケースが多い。

治療であれ仕事であれ、自分の間違えを認め、受け止めてこそ進化がある。 これは某脳科学者の先生も言っていた話と同じ。  学ばなきゃ。 

2011年10月23日

バレエダンサーと前十字靱帯断裂

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膝を痛めてやって来るサッカーやテニスの選手に痛めた経緯を聞く時、気になる事が一つある。  それは前医院で同じ説明をした時、動作とイメージの差異を聞いていないと言う事。  こう動いたから痛めた的な話しは誰でも言えるが、その差異に関しては依然丁寧に伝える事はしてないようだ。

数年前の話しになるが、某有名男性バレエダンサーが稽古中に膝の前十字靱帯を切る怪我をしたと報じられた。 そのインタビューでご本人は 『高く飛びすぎた』 と話していたのを小生も聞いた。

さてここで膝関節過荷重と十字靭帯について。  十字靱帯には前十字と後十字があるのは素人でも聞いた事があるだろう。 膝関節を屈曲した時、大腿骨(太ももの骨)は脛骨(すねの骨)に対して前方へすべり落ちようとする。 基本、そのストッパーになっているのが大腿四頭筋腱に付着、埋もれている俗に言う膝のお皿の骨。 それとともにその前方への滑り、脛骨的に見れば後方へ変移する(ずれる)ことを防いでいるのが後十字靱帯である。
前十字靱帯はその逆で、同じ様に脛骨から見れば脛骨が前方へ変移する(ずれる)ことを防いでいる。 当然膝のうしろにはお皿も何も無いのだから、その負担は後十字靱帯より遥かに多いと推測される。


もう一度膝の動きに戻ってみよう。 高くジャンプをすればするほど、着地時の膝屈曲にかかる衝撃、負担、負荷は増える。 当然大腿骨は強く、大きく前方へと滑ろうとする。 もしもこの時、ちょっとしたタイミングのずれで大腿四頭筋等の収縮が遅れ、膝のお皿、膝蓋骨がストッパーの役割を果たさなかったら、その負荷を後十字靱帯が一気に荷ってしまう事になる。 当然切れるのは後十字靱帯。

小生はそのバレエダンサーを問診も診察もしていないから断定はできんが、 もし本当に高く飛んだせいだと仮定すると、ココで矛盾が発生する。 実は偶然にも、その彼が入院している病院に、丁度同時期に膝を痛めた小生の患者も入院、リハビリをしていた。 お陰で見てはいないが、どんなリハか状況かはホンの少しだけ聞く事が出来た。

仮に高くでは無く、遠くへ飛び過ぎたとしよう。 その場合、着地時、足部は予想以上に遠くへ着地してしまう事になる。 想像すればゾッとするほど、膝は逆ゾリ状態、過伸展になってしまう。 着地時、上方から下方への負荷かがかかった状態での過伸展では、大腿骨は脛骨に対して後方へと滑る事になる。 当然切れるのは前十字靱帯。

小生の記憶では確かその後、代役に立てたダンサーも同じく膝の靭帯を痛めたと記憶している。

もしそれが高く飛んだせい、高く飛んだせいと思い込んでいたら、それは高く飛んだせいでは無く、遠くに飛び過ぎたせいであろう。 そもそもバレエのジャンプはハイジャンプ的なものでは無く、応力・床反力を上手く使って、長く空中にに留まっているように見せる為のジャンプなのである。


憶測を多分に含んだ、小生の空想ストーリではあるが、可能性は無きにしも非ず。 もしも、代役に 『遠くへ飛び過ぎるな』 とアドバイスがあったら事故の再発は防げたであろう。

膝の靭帯にかかわらず、怪我をしたスポーツ選手に対して一番大切なところは其処にあるのだ。 今回の内容を読んでいて気が付いた者もいるかとは思うが、先日足関節捻挫の項でふれた、刺激反応スピードを意識した筋トレでは無い、理学ケアを日ごろから行っていたら、大腿四頭筋等の収縮のズレも起きなかっただろうし、結果膝蓋骨がシッカリストッパーの役割を果たし、スポーツ選手の後十字靱帯断裂も激減するだろう。


よく考えてみれば同じ内容を数年前当時も書いた気がするが、にわかトレーナーあがりで治療を行う者が増えた昨今、選手、一般人問わず、患者も詳しくなって欲しい。

2011年10月25日

スポーツトレーナー、アスレティックトレーナーってナニ!?

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学生時代、ちょっとしたきっかけで外国人トレーナーと知人になった。 珍しい所だと、ロシアのスポーツトレーナも知り合いに居た。 

お国柄的違いをあげたらキリが無いが、共通項も幾つかある。 それはトレーナーがすべき役割について。 しかし、もっとも大切なこの部分が日本と大きく異なっていたのだ。

今現在でも変わらないところに、トレーナー=(イコール)、マッサー(筋肉を揉むのが専門)と捉えている者が少なくない。

アメリカの多くの大学でスポーツトレーナーを専攻すると、メディカルが専門のトレーナーと、アスレティックが専門のトレーナーとに分かれるが、学習カリキュラム上では特別分かれていない場合が多い。 基本、自分の希望によるのだが、多くはインターン、実習先で変わる。

一見、マッサーは筋肉のケアも治療も両方行えるスキルを持っているように思う。 確かにそうでは無いとは言えない。 しかしどんなに良いスキルが有ったとしても、たとえそれが筋以外の骨格系・神経伝達系だとしても、技術では無い “診断” のスキルが重要になって来るのである。 この診断と言うものは、単なる知識や検査で導き出せるものではないのだ。


理想は治療もトレーニングも出来ればよいのだが、仮に知識があったとしても、その知識の身につけ方によっては偏った思考になってしまう。

たとえば筋力が付けば治るとか、筋肉が硬いから痛くなる。 だから筋肉付ければ痛みが消えるなどは、最もベタな例。

考えても見てくれ、じゃヒョロヒョロ痩せっぽちは皆痛くなるのか? 筋骨隆々は皆痛くないのか?!
ぎっくり腰で一歩も歩けないと言ってやって来る患者でも、前屈で手がベタ~ってのも何人も見ている。町に氾濫するスポーツトレーナー治療院の多くが、身体が固いから柔らかいから、筋肉が有るから無いからで決めつける、素人惹き付けご提案が粗雑だと言いたい。


日本におけるトレーナーの定義はまだまだ曖昧。 語る者によって大きく違いがある。 しかし、違いを無くせば良いのではない。 その幾つもあるトレーナーとしての仕事、役割を、選手に合わせて先入観を捨て、総合的に提案をするのだ。 間違ってもストレッチだけで、筋トレだけで幸せになれるなどと言う所では何も学べないのだから。 訪れるべきところを間違えないで欲しい。

2011年10月26日

整体スクール、学校、勉強会で、師弟絶縁。

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興味の無い人間は全く気が付かんが、改めて見まわしてみると町中に在るわ在るわ、整体のスクール、学校が。 ネット検索などしてみた暁には、店舗より整体師養成広告の方が遥かに多い。

何故か?!

それは儲かるから。

いや、正確には昔はそんな時代もあった。 しかし今はそうはいかない。

残念ながら日本では整体は国家資格では無く、その為学校も専門学校ではなく、塾の類。 
現場で働く我々から見れば、必ずしも資格があるから良いとは言えない。 無いよりいいと言う者もいるが、あるせいで悪い面がある事に気付かぬ者の発言。 資格で治るなら医者で治ってると、小生は常々言うが。

民間療法を学び始めた学生時代から数えて、早25年以上も経ってしまった。 年数に実が付いてきているかどうか、反省の日々である。 しかし、やってはイカン事も諸先輩から教わってきた。 その一つに学校が有る。 最近暇で、潰れそうな小生の院であっても、学校など開く時間は何処にも無い。 あるとしたら朝6時、夜23時ぐらいからだ。

昔は儲かった時代もあったと書いたが、通常正規の学校に入ると約2年のカリキュラムでおおよそ250万円前後。 それを個人の院で看板出してスクール始めると、30~50万円で。 少人数、マンツーマン、短期集中と、脱サラには嬉しい言葉のオンパレード。 しかし現実はそうウマくは行かない。 それは生徒側も教える側も。 その師弟関係すら長くは続かない。 所詮発端はお互い金額から発した関係だから。 過去何十件、何十人もそのような者たちを見てきたが、残念ながら今現在患者の支持を得た治療院を営んでいる者は一人もいない。 皆、ジリ貧。   おかしな話だが、スクールを始める人間ほど、自分自身が恩師との師弟関係を絶縁していたりする。

この夏以降だけで、小生の関係のあるところだけでも3件が養成スクールをやっていた。 ヒドイところは本まで出版。


その分までの時間とパワー、心底患者に費やしているものなのか?! 自分自身の信念がブレているようじゃ、人間関係、師弟関係など続く訳が無い。 物事、何事もコツコツ長く続けてこそ意味が有るのだから...

2011年10月27日

想いはテクニックを超える...

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毎日どの患者さんを治療していてもふと思う事が有る。

それは、  この患者さんと同じような症状、以前来ていた○○さんと同じだなぁ    と言う事。

患者の人数分だけ、全員に思う。 今では自然とそう思うが、当初は患者に触れる前に意図的に思い出すようにしていた。 

今日した治療、仕事が完璧だとは思わない。 もっとこうしたら良かったのではないか? もし万が一、間違っていたらこうするべきだったのではないか??  より完璧を求めて、 なんてカッコイイ事言うつもりは無い。 が、反省、後悔してこそ人間の脳は進化するものらしい。 決して奢らず、自己否定しながら新しい答えを模索していく。

しかし、もしこれが本を読み漁った知識から導き出したものであったとしたら、所詮その知識、診断の根拠は他人から譲り受けたものであり、自分自身の中身から絞り出したものでは無い。 仮に間違い、問題に直面したとしても、新たな答えをまた他人から出すのであろう。

本を読み、講義を聞き、確かに熱心であるが、何かが大きく欠けているのである。

小生と類似の職業で多い間違いは、テクニックに非常にこだわり、妙な自信を持つ者。  果たしてテクニックが何処まで重要なのであろうか?!

例えば飲食業。 海外修行でたしかに腕は良いとしても、感じの悪い横柄な店主のところへ行きたいと思うか? 例えば最新の技術をつぎ込んだ自動車。 金額的にもスピード、性能的にも、必ずしもその最新が貴方にとって必要不可欠なものであるのか? 最新の技術を持つが、態度の悪い医師のところへ怖がる子供を風邪で連れて行くかどうか?!

消費者、ユーザー、患者から見て何が今一番必要な要素なのか? それを理解したうえで、患者、治療にとってテクニック以外に、自分に欠けている物が有るのではないのか。

診察、診断力は手先の技術では無い。 全く違う所に診断のスキルは存在する。

患者一人一人を想う気持ち。 そのパワーの前では、手先の技は自己満足以外の何物でも無いのだから。

2011年10月28日

自律神経を語る前に。

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交感神経、副交感神経のバランス、自律神経がどうたらこうたらと、我々のような民間療法でもお任せ下さい的にうたう院が稀に会うが、得てして脱サラ。 ウンでもって、自分も患いましたから的。  まぁ、それはそれで構わんが、お悩み共感的に情に訴え広告・客寄せは如何なものかと。 コレマタ得てして、お客様の声なホームページが有ったりして。 まぁ、全部当てハマる奴ほど、こんなブログは読んじゃいないだろうが。

本当に昔からよく居るんだわ、こんな輩が。 誰だって一度や二度は病むわ。 それをこれ見よがしに書かん。 どこぞの大学病院の外科の先生が、僕も過去大病しましたと書くであろか。 

患者も、その輩の場合も少し治まってくると、今度は昔なら本、今どきはネットでガンガン情報を放り込もうとしてくる。 他人を頼りたくなると言えば仕方が無い行動。 だが典型的。 

次の行動がいきなり逆の立場に。 その得た情報で目覚めたように錯覚、思い込んでしまうのか、心理療法系であったり、治療家であったり。 凄いと講師、講義などしたりもする。  いやはや天晴れ。


昔、友人に言われた言葉で、“身の丈で生きていく” というのがあった。 その本人そのものを表している良い言葉だと感心した。 小生もそうありたいと。

望むと望まざるとにかかわらず、自然と学ばなければならぬ事、乗り越えねばならぬ事は目の前にやって来る。 決してそれは避けてはならず、そもそも避ける事が出来ぬ事。 見栄や欲、根拠の無い自身で尤もらしく語ってはならぬのだ。 身の丈とはそういう事だ。


自律神経症状を理学・徒手療法、民間療法の立場で受け止めるのであれば、かなり深く生活に踏み込み、受けとめねばならぬ。 それを小生は以前、海外での水治療法の勉強で多く学んだ。 決して本では学ぶ事の出来ぬ事を。

情報はあくまでも情報。 学ぶと言う事とは別次元。 安易な思考で知らず知らずのうちに自分の身の丈を超えてしまっていはしないだろうか。 自分自身を見失っては、5年後10年後の患者の将来など導けはしないのだ。

今自分は何が出来るのか。 自分自身の中身と対話をしてもらいたい。 きっと正しい進むべき道が開けるであろう。 

2011年10月29日

不明熱と関節炎

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寒さのせいだとも言うが、是からの時期に多いのが関節が痛いと言う患者。 骨・肉のせいであれば問題無いのだが、それが関節炎となれば話しは違う。

急性単関節炎や多発性関節炎をどう診るか。  まず浮腫を正確に診るスキルがあっての話し。

足首や膝、発赤疼痛で急性単関節炎を考え、細菌性化膿性関節炎、痛風・偽痛風を疑う。 もちろん外傷性もあるが、それはすぐ分かる。 痛風なら蜂窩織炎との鑑別に注意せねばならない。 急激な症状の悪化で男性であるのが痛風の典型的な特徴である。

もうひとつ注意するのが偽痛風。 これがなかなか見落とさせる。 覚え方として中高年の急性単関節炎であれば、男性は痛風の可能性、女性の場合は偽痛風を疑う。 基本、関節液による鑑別診断になるのだが、我々民間療法ではそうはいかない。  

ピロリン酸Ca(CPPD)の沈着による急性単関節炎である偽痛風なのであるが、熱を伴う場合、内科では想起されず不明熱とされてしまい診断がしばしば遅れてしまう事がある。 整形外科領域では高齢者には良く有る症状なのだが、お婆ちゃん病院へは行っているから大丈夫では無く、行く科によって発生する問題も予想しなければならない。 それも他科の先生よりより密な付き合いが日ごろから取り易い、我々民間療法の地域密着に必要な真のスキルなのだ。

Bulge signの見方も若い治療家には難しい。 書いたらキリが無いが、何よりもかによりも診断そのものが間違え、遅れてはテクニック以前の問題なのだ。

検査では無い、診断のスキルがこの時期多く必要となる。 そんな勉強が日々スタッフが出来れば経験値が上がる。 コツコツ積み重ねなのだから。

2011年10月30日

レッスンの継続性

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年内3か月期間限定の早朝パワーストレッチ教室。 早くも1ヶ月が終了。  小生の予想に反してなかなかの盛況。 実はもっとソッポ向かれると思っていたのだが。

学生時代にアルバイト先の某大手スポーツクラブで、ストレッチの教室を週に3回持っていた。 コレが今考えるとダルダルダメダメだったと反省の日々。 それでも先輩は笑顔で、『お疲れさま』と見守ってくれていた。

決して内容について非難せず、 『今日の会員さん達は楽しそうにやっていたか!?』 とだけ毎回聞いてきた。 小生がイマイチの顔をすると 『そんな顔をするから、相手も楽しくなくなるんダヨ』 と、半笑い、半怒りの顔でメンチ切ってきた。  (俺の顔より、アンタの顔の方がよっぽどヒドイよ...  と思っても言えなかったが。)

それでも今でもその時、25年以上も前の事が、昨日のように思い出される。 いったい自分はこの数十年で進歩したのだろう?!  月日の流れははアッと言う間だ...

仕事でもレッスンでも治療でも、単発・今ダケなら何でも出来る。 しかし今良くても明日痛くなったら、今利益が出ても明日マイナスになったら。 仮に今日参加者が多くても、そのままダラダラ続けて自然と参加者、顧客が増えると思っていたら大間違い。 今日より明日、明日より明後日と更なる努力を積み重ねて、初めて成果・効果は右上がりになるものなのだ。 

新たなものを生み出す苦しみを、どれだけ理解・覚悟が出来ているのか!?  それが重要だ。

今日より明日、明日より明後日、より良い笑顔を見る為にどれだけ努力を積み重ねるか。  是は本来、子供の頃のスポーツで身につけるモノ。 その経験が無い者に、こんな話しをしても理解は出来ぬかもしれないのだが。

提案する側もそうなのだが、提供を受ける側にも同じような事が言える。 

“継続” とは何なのか?!  将来成功を掴みたいのに、年々も痛いのに僅か5回10回で頑張った、継続したと本当に心底思っているとしたら、話すだけ無駄な事だ。

目で見える表面の継続だけでは無く、水面下での更なる努力。 スタティックストレッチ否定派の小生だが、改めて考えさせられる。     本日もレッスンご参加の方々有難うございました。

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