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スポーツ障害と欲求抑制

子供の頃、好きなスポーツを始めた時の気持ちを覚えていますか?  ただがむしゃらにボールを追いかけていただけでも楽しかったあの頃を。

勝ち負けなど関係無く、ただ純粋に楽しかったあの頃。 ボールが取れても取れなくてもいつも笑顔だった。 

自然と目標が出来、その目標に向かってスポーツをするようになる。  目標を達成・到達出来れば笑顔、喜びになるが、負けや失敗などしたらそれらは一気に悔しさや悲しみに変わってしまう。

予選通過で大喜びしたと思えば、決勝まで行って敗北すると悲しみにふける。 大勢の頂点の次の2位でもだ。

面白いとは思わないか? 100位で喜んで、2位で悲しむなんて。


昔、ある有名な柔道の選手が決勝で敗北したが、その顔は満面の笑みに溢れていた。 そののち、その時の心理を聞いてみたのだが、本人曰く 『戦っている時は常に無心。 勝つも負けるも、残る気持ちは清々しさだけだ。』  技が決まろうが失敗しようが、其れはその時の全力。 悔いは無いと言う。

その気持ちこそが、スポーツの真髄では無いのかと、日本人である小生は考える。


さて、話しはスポーツ障害に移るが、不意なアクシデント以外の殆ど全ての障害は、自分自身のコンディションを把握しきれていない事に端を発する。 今の世界陸上もそうだが、ベテランと言われる選手の多くが、自分の身体との対話に全精力を常に注いでいる。 決して自分の身の丈を超えないのだ。

勝負にこだわらずを得ないプロや一流選手でもそのような状況であるのに、一般人であるスポーツ愛好家ほど、自分の身の丈を超えたモノを求めようしてしまう。 色々なところでやり過ぎだと言われても、一向にその事実を受け入れようとはしない。 何だか滑稽な話である。


感情や欲求をどう受け止め、コントロールしていくか?! 特に子供は自分で自分のコントロールは出来ない。出来ない分、大人がコントロールしてやらねばならない。  それを大人が勝ち負けにこだわり、煽っているなどとはまったくもって愚の骨頂だ。


欲は身を滅ぼす。 人の身体を治す身として、全くその通りだと痛感する。

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