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2011年09月 アーカイブ

2011年09月01日

スポーツ障害と欲求抑制

子供の頃、好きなスポーツを始めた時の気持ちを覚えていますか?  ただがむしゃらにボールを追いかけていただけでも楽しかったあの頃を。

勝ち負けなど関係無く、ただ純粋に楽しかったあの頃。 ボールが取れても取れなくてもいつも笑顔だった。 

自然と目標が出来、その目標に向かってスポーツをするようになる。  目標を達成・到達出来れば笑顔、喜びになるが、負けや失敗などしたらそれらは一気に悔しさや悲しみに変わってしまう。

予選通過で大喜びしたと思えば、決勝まで行って敗北すると悲しみにふける。 大勢の頂点の次の2位でもだ。

面白いとは思わないか? 100位で喜んで、2位で悲しむなんて。


昔、ある有名な柔道の選手が決勝で敗北したが、その顔は満面の笑みに溢れていた。 そののち、その時の心理を聞いてみたのだが、本人曰く 『戦っている時は常に無心。 勝つも負けるも、残る気持ちは清々しさだけだ。』  技が決まろうが失敗しようが、其れはその時の全力。 悔いは無いと言う。

その気持ちこそが、スポーツの真髄では無いのかと、日本人である小生は考える。


さて、話しはスポーツ障害に移るが、不意なアクシデント以外の殆ど全ての障害は、自分自身のコンディションを把握しきれていない事に端を発する。 今の世界陸上もそうだが、ベテランと言われる選手の多くが、自分の身体との対話に全精力を常に注いでいる。 決して自分の身の丈を超えないのだ。

勝負にこだわらずを得ないプロや一流選手でもそのような状況であるのに、一般人であるスポーツ愛好家ほど、自分の身の丈を超えたモノを求めようしてしまう。 色々なところでやり過ぎだと言われても、一向にその事実を受け入れようとはしない。 何だか滑稽な話である。


感情や欲求をどう受け止め、コントロールしていくか?! 特に子供は自分で自分のコントロールは出来ない。出来ない分、大人がコントロールしてやらねばならない。  それを大人が勝ち負けにこだわり、煽っているなどとはまったくもって愚の骨頂だ。


欲は身を滅ぼす。 人の身体を治す身として、全くその通りだと痛感する。

2011年09月02日

サポーターにコルセット無しが常識

サポーターやコルセットをどう使うか? 真剣に考えた事がある一般人がいるであろうか? 治療する側であっても、ただ漫然と固定の為、予防の為、不安解消の為にさせていたりはしないだろうか?!

果たして固定をしていれば治るのか? と言う疑問がアタマを過る人間とは生産的な話しが出来る。

折れて切れていれば、くっつくまで固定は当然。 しかし繋がった後、いつまでも固定していたら様々な障害が出る事は容易に想像できるはず。 ではいつまで、または折れても切れてもいないのに何の為?と言う事になる。

装具、固定具、サポーターが良いか悪いかと論じるのは無意味。 それ以前に一番大切な診断が適切であるかどうか。

年に数人必ずいる患者が、腰が痛くコルセットをしているせいで余計痛くなっているパターン。 圧迫骨折や腰椎捻挫ならまだ分かる。 しかし必ずしも腰が痛いのが腰部に原因があるとは限らない。 仙腸関節障害にもかかわらず、してると安心だからと腰部にコルセットを巻き動き、生活し続ける。 当然腰部は固定されて動かない。 その分骨盤、仙腸関節に無駄に力が加わる。 これじゃ治すどころか余計不安定感を助長してしまう。 締め方一つとっても、何も考えずグイグイ締めたせいで仙腸関節が余計開いてしまっている患者もいる。 

テニスエルボーのサポーターだって、何の為にするのか? 痛いの誤魔化して、それでも尚且つテニスをする為にしているのか、治す為にしているのか? これは全然同じでは無く、全く意味が違ってくる。 その答えを提案する事こそが、我々が素人との違いであり、患者が納得して対価を払える所である。

松葉杖であり装具であっても其れは同じ。 過去仕事柄、何百人もオーダーシューズを履いている者を見てきたが、運良く治ったとしても、訓練で誤魔化して動けるようにしたり、抑え込んだ歪が10年15年後必ず別の形で表れてきてしまっているのである。 それ以上の経年は小生もまだ人生的に見切れてはいないが、加齢を加味するとあまり嬉しい結果は見えては来ない。 万に一つ、ひょっとしたら適度に落ちた筋力、緊張のお陰、世代なりの生活習慣のお陰で軽減も考えられなくは無いが。


今最新の膝靱帯断裂後のリハに、術後1~2週間装具固定以外はサポーターはおろか、テーピングもしない。 一番大切な、テーピングやサポーターでは無い所を重んじてリハビリメニューを組むのである。

自動車であれ刃物であれ、道具は上手に使えば武器になるが、間違って使えば凶器になる。 武器にするか凶器にしてしまうかは、モノ自体に問題があるのでは無く、使う人間自身の中にあると言う事を肝に銘じて、是非正しい賢い人間になって欲しい。  基本、バカとハサミは使いようなのだから。

2011年09月03日

地元先輩の男気

今更ながらもう9月。 8月は本当に忙しかった。 イコール商売繁盛で無い所がカナシイが。

歳を取ると月日の流れがアッと言う間。 それ故に人との繋がりを大切にしたいと思うのだが、だからと言ってそこいら中にある出会いを、片っ端から拾っていく事とは意味が違う。 大切にしなければいけない繋がりを見極める事。 薄っぺらい人間関係を築き続けていては、真の発展は生まれはしない。

先ずは現在の人間関係を大切にし、お互いの繋がり、絆を深める。

先日、ある地元の商売の大先輩とある話しになった。 ココでは書けん内容で申し訳無いが、先輩曰く 『俺はチャラチャラしたのが大っ嫌いなんだよな。 ウチの奴らも皆同じダヨ。』 と。

好きだなぁ~、その感じ。 いつも話していて毎回男気を感じるわ。 自分中心で世の中動いてるんじゃないって、その先輩と話しているといつも感じる。


男気。 極めるには程遠いな。

2011年09月04日

勉強好き、資格好き、トレーニング好きな奴。

コレ、意外と真の体育会系、体育学部な人間には居ないんですわ。

小生過去学生、社会人時代通じ、この手の出逢う人間全員体育学部、真の体育系では無い奴ばかり。 全く違う勉強していて、趣味で運動、好きなようにってパターン。

根性据えて、集団行動で、周りの人間を第一って環境で育ったケースでは無い。

この5年10年で多いのがボディービル筋トレ系な人間。 ベンチ150ぐらいでやっているとは胸張って言えんが、小生も多少はトレーニングぐらいする。 筋トレが悪いとは言わないが、自己満足系な人間が多い。

昨今、そんな人間が治療の世界でもチラホラ見かける。 コレがまぁ~資格好き。 勉強やトレーニングに金と時間さけるぐらい、基本ボンボンなんだろう。 貧乏で労働が基本だった若い頃の小生とは真逆なのは間違い無い。

学生時代の友人でスポーツ、トレーニング系の人生を歩んできた者がいる。 確かにそれはそれで彼の経験。 しかし基本元気な人間相手中心にケアやトレーニング指導しかしてきていない。 本人の興味も元気な相手が中心。  ここで最近の傾向。

大学病院のスポーツ外来は勿論、都心などにあるメジャーなスポーツ専門系治療院からのセカンドオピニオンが多くやって来る。 小生のような場末の治療院に何を求めているのだろう。 その患者が求めている物、不安で不満で患者はやって来るのだから、先ずそれを理解する。 しかし、得てして患者自身が口から出す事自体が間違っているケースが殆ど。 その、患者自身が分かっていない事を引き出し、導き出す事が重要。  これはスポーツ選手より一般人の方が遥かに難易度が高い。

最近の世界陸上で突然注目を浴びている “スタビライゼーショントレーニング” などもそうだか、ヨガやストレッチと同じでやりゃ良いってモンじゃ無い。 体幹の意味、トレーニングそのモノの意味意義、それらをどうやって患者とすり合わせるか。

知ってる知識の一方通行な治療ではイカンのだ。 最新の知識・技術は医師、大学病院に敵う訳が無い。 戦いどころを間違えてはいけない。 スタビライゼーションについても含めて、この先はまた今度。

2011年09月06日

野球少年、サッカー少年。

少年野球に少年サッカー、バレーボールにバスケット、踊るバレエと、先週も相変わらず子供の新患があとを絶たない。

競技特性を考えて治療するのも悪くは無いが、そこに大きな落とし穴がある。 何でもかんでも膝痛は膝痛で一緒くたに治療したり、大人と同じ検査、診断、治療するよりはマシかもしれないが。


先日、初診で来た子供のお母さんが、帰り際受付で 『治っても連れてきた方が良いのですか?』 と言っていた。  整形外科以外にこういう所へ来たのは初めてだそうなのだが、当たり前に頭にある質問でも改めて面と向かって言われる事は少ないせいもあり、小生も小一日色々考えた。

いつも冗談交じりで、「こんなトコ、来ないで済むなら来ない方がイイに決まってる」 と患者に話す。 患者は皆決まって失笑するが、当たり前の話し。 「治す側が言うんだから間違い無い。サッサと治してドンドン来院頻度を下げる。 治した効果、良い状態を自分でキープできる様、身体も思考も変えていきましょう」 が決まり文句。

一番大切なのは一番最後の部分。 クルマでも機械でも何でもそうだが、壊れたら直すを繰り返すのではなく、壊れないように使う。 何度も壊れていたら、そのうち直せなくなるのは常識。 何事も限界はある。 その限界を少しでも先にする為の努力を “最大限” に出来るかどうかだ。 ベテランと言われるスポーツ選手は、皆その努力を惜しまない。 将来のある子供であれば尚更、その将来を短くするような事をしてはならぬ。


今の都合と欲でスポーツをしたせいで、現役を退かなければならなくなったプロスポーツ選手を何十人も見てきた。 限界のある選手生命をしっかり認識し、今できる事を考えて取り組まねばならぬ。 この事実に年齢は関係無い。 治療は勿論、トレーナとしてやらなければならない事は、筋力増強でも柔軟性、バランス向上でも無い。 身体活動そのものを向上させる。 其れはスポーツ選手でも一般人でも、子供でも障害のある方でも基本的な大切な部分は同じ。


大切な事を膝を突き合わせて考える。 一番大切なところを忘れちゃいけない...

2011年09月07日

同業、友達、業務連絡。

この数年、見ず知らずの同業からの連絡が多い。 皆、今どきの御多分に洩れずネット経由。

今週、と言ってもまだ3日だが既に2名。 ツイッターやフェイスブックなサラッと登録なんじゃ無く、ガッツリメールがやって来る。 まだまだ未成熟なネット上のコミュニケーション手法。 其れはどんなに新しいSNSが生まれようとも、常識やモラル、一線は一人一人が握っているもの。

お手々つないで仲良く輪を広げましょ~ ナンて言うほど暇ではないし、慈善心も持ち合わせてはいない。 そんな暇があったら質の高いサービスをする為に、心身ともに自己鍛錬に時間を費やした方が良い。

しかし、質の低いサービスをもし自分が提供していたとしたら、もしくは質の低いモノを、さも素晴らしいモノのように流布している者がいたとすれば、全力で正しい道への方向修正の為に、何を差し置いても努力を尽くす。 多少、罵詈雑言は混じるかも知れんが。

この一年、連絡がやって来る内容、コレがまた皆熱い男ばかり。 タマには女子も混じっているが。

先述した二人、恐らくコレを読んでいると思うが、実に対照的に違う二人。 一人は小生の粗雑なブログを読んでいてくれており、久々会ってみたいと思う男子。 そしてもう一人は完璧タマタマツイッターか何かで引っかかって連絡をよこした者。 当然小生がどんな人間か、ブログなども読んでいる気配も無く、連絡をよこして来たようだ。 当人のブログをちと覗いてみたが、まぁ本を読んでのお勉強が大好きな、机上の理論丸暗記の理学療法士君。 どうやら、その彼が勤めているクリニックそのものがそんなような所の様だ。

そもそもどんな人間かも分からずに、よくお友達になろうと、大の大人が考えるモノだ。 まるで小学生のお友達作りレベル。 ツイッター繋がりを、人の縁だと言っている時点で、どうもごめんなさいと小生は言いたい。

ほんとにタマに訪れて来る同業もいるが、最近はめっきり少ない。 これも上っ面なネット繋がりで満足している今どきの表れであろうか。

ガッツリ来ね~かな、ガッツリ...

2011年09月08日

自転車、ランニングにハートレートモニター(心拍計)

昨今のランニング、自転車ブームでハートレートモニターの類も数多く巷に出てきた。 だがまだまだ販売の方は予想より遥かに低い。

ユーザー層も20~30代の、基本新し物好き。 アンド、ウンチク好き。

穴があくほどカタログを読み、性能・機能を見比べ購入を決め、ネットで安く買って、本読んで自己流で使う。 そんで一年も使わず、いつの間にかお蔵入りパターン。 お決まり通り。

客は素人だからどんなにウンチク語ろうとも、本を読もうとも素人は素人。 販売側はその素人と同じレベル、本読んでちょこっとデータとってナ、趣味の延長ではイカン。 もっとも、素人が自分の事、素人と思っていないからタチが悪い。

十数年も前の話しになるが、当時フィンランドのハートレートメーカー、POLAR社と仕事をしていた事がある。 少々知識のある者なら分かると思うが、この手の計測機器は移動平均法を用いている。
と言う事は必ずどこかのタイミングでスイッチングをしているのである。 さて何を元に、何を基準にそのスイッチングポイントを決めているかが重要になる。 ココが一番重要なメーカーのノウハウであり、決して各国のディストリビュータに対してであっても口外しない。   って言うんだけれど、俺、当時聞いちゃったんだよね、何故か。(笑)

当時、他メーカーの商品で安静時はシッカリ計測できるが、運動時はエラーが出まくるモノもあった。 物理的にトランスミッターが浮くとか、電波とかいうハード的な問題もあったが、実は大半はソフト的な問題。 コレがノウハウであり、データがデータである為に、正確が基本でなければならない。
逆に昨今の商品では、当時の様にエラー出まくりは流石に無くなったが、上手くエラー修正され、分からなくなっているだろうモデルもあるようだ。


理系のお勉強のできる、スポーツちょい好きな、体育系じゃないエセ体育系の兄ちゃんが、基本坊ちゃんで時間も金もあるからソコソコ練習に諸々費やす。 そしてソコソコ成績が出ると、30過ぎて商売にしたりする者も出てきたりもする。  コレマタ基本、頭が良いので、ハードやソフトについてそこそこのウンチクはある。 モチロン、自分の経験だと言うデータも。

問題はココから先。

相手が同じ様な、勉強、ウンチク、ネット検索好きなお利口さん相手なら、そこそこ商売になる。 だが世の中そんな人間ばかりじゃ無い。 治療・医療の現場、やって来る患者は全てが素人。 しかも運動したい、出来るなどと言う前向き姿勢は、基本持ち合わせていない。  だから治したいと言う割には頑張れ無い。 一年かけて治ったと言う者がいると思えば、5回10回、数か月でフェードアウトな、熱しやすく冷めやすい人間もいる。 むしろそんな人間の方が多いのだろう。


ハートレートモニターのセールスプロモーションをしていて思ったのが、その温度差を埋める努力を更にしなければならないと言う事。

現在も我が院でPOLARのハートレートモニターを取り扱い、販売しているが、そのへん患者には購入後も常に何年も、プログラム、エクササイズ共にフォローしている。 当然購入時は身を切ってディスカウントもする。 ネット検索で安く買ったと喜んでいる者も居るが、残念ねと心の中で思う。 安さ一番で選ばないウチの患者が、結果一番安く得をする。 ソフトも含め安物買いの銭失いな、ウンチクお利口さんには、マズ小生は提案はせんが。 メンドクサイ。 物販が商売じゃないから。


別に最近他で買って腹が立ったから書いたネタでは無のだが、先日修理依頼された馴染みの患者さんと話していて、「あ~、この人に売って、買ってもらって本当に良かったなぁ~」としみじみ思ったのだ。


賢く物を買ってもらいたい。

2011年09月09日

患者に大学の先生が多い理由

そんな事ぁ、わかんねぇ~よ。 自己顕示っぽいが、ホントに多いし。

年齢は様々だが、やはり一番多いのは40前後。 比較的近い年齢だが、コレがまた緊張する。 目上なら更に緊張する。 しょっちゅう患者には笑われるのだが、見かけによらずココ一番に弱い小生。 ビビりで完璧ヘタレ。 ダメだコリャ。

大学の先生ぐらい頭が良い方は、逆にかえって無駄な突っ込みはしてこない。 よっぽどオバちゃんや、何でも検索君の方が無駄に質問してくる。 言ったって理解できネェ~のに。 まぁ、其れを理解できるように説明するのが仕事だから頑張るが。

最近口をスッぱくして言っているのが、 「今の世の中分かり易くなければいけない」 と言う事。 だから治療でもトレーニングでも何でも、ベタでも脳使わずイメージだけで顧客が動く時代。 大した指導や治療で無くとも、触って声かけで満足し、人気倍増。 コレじゃ飲み屋のネーちゃんと同じだってスタッフには言うが。 だけど 「ちょっとやってみようネ!」 っと言ってみたり。(爆

話しは逸れたが、大学の先生。 嫌みな突っ込みは過去経験した事は無いが、そればかりか逆に「はぁ~、ナルホド」と此方の方が納得してみたり。 今日の支払いは俺だな。

人文学系の先生は意外に少なく、多いのが理系。 イヤイヤイヤ、脳の5%ぐらいしか理系を持ち合わせていない小生としては、口がゴモゴモしてしまう。 毎回毎回、前回のリベンジのような会話になってしまっている。 ひょとしたらコレが良いのかもしれない。 遠回しに色々気付かせてくれているのかもしれない。

毎晩布団に入って20分ぐらいは、翌日来院予定の患者を全員思い浮かべる。 時として飛び起き、諸々調べ直す時もある。 だからなるべく飲酒は控える。 コレは昔から。 時間をキッチリ自己研鑽の為に使う為に。

学ばなければならない事は日々沢山ある。 しかし多くを求めていてはいけない。 何が一番重要か? きっとそこが人生の分かれ目なのだろう。

2011年09月10日

当たり障り無い奴は、当たり障り無い治療。

たま~にだが、『どんな治療をするのですか?』という電話がかかって来るが、説明したところで専門過ぎて分からないと思うのだが。事実、説明したところで理解も納得も予約も無い。得てしてそう言う人間に限って。 整形でも外科でも内科でも、普通何するんですかとは聞かないだろうに。

例えばココで無難に答えてみる。 ハイそうです、ハイハイそうですと。 多くの人間はそんな質問して来ない。 気になるのだが敢えて聞きはしない。 では何故そこで、聞いてくる人間と聞いて来ない人間に分かれるのであろう。

聞いてくる人間に限って、場所や内容、金額など一切見てはいない。 自分の知りたい所以外、見向きもしていない。 聞いて来ない人間の方が遥かに広告を読んでおり、小生のブログも読んでいるようだ。 コレに関してはちと恥ずかしいが。

確かに昨今、ネットは大切な情報源。 しかもブログときたら、かなりの日常が見えてきたりもする。 小生はスタッフや周りの同業に、食ったもんや行ったとこ、買ったもんや子育て、植物動物飼育栽培日記は止めろと言う。 例え人間性が一部みえたとしても、「あんなもん食べてる先生なんだ、行ってみよ!」とかには為らん。 厳しい意見だが、自分や自分の大切な人が一歩も動けなくて頼った先生が、子供の送り迎えがあるから、子供がちょっと熱っぽいから今日は無理! となったら人情的に分かったとしてもハッピーでは無いのは事実。 ハートをガツン!と治療に注ぎこんでくれる先生の方が良いに決まっているのだ。

当たり障りなぁ~く、さも自分は優しい良い先生ですよと、笑顔の写真を広告アップ。 某政治家達の嘘笑顔とダブって見えるのは小生だけか!?


何の為に、何の情報によって、何を見抜くか。 自分で自分が分かっていない人間ほど、的外れな質問をしてくる。 もしくは的外れな勉強、治療をしている。  当院はこんなに治しましたよ日記的な武勇伝ブログも論外だが、先生の人柄、院の特徴を是非見極めてもらいたい。 (小生を除く...) 

2011年09月11日

マウスをクリックしている時点で治療決定

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W.Proctor HarveyやJ. Willis Hurstに代表される偉大な医師や医学部教師は,次の5つの診断スキルの統合が必要であると述べている。

1. 病歴
2. 身体診察(視診,触診,聴診)
3. 心電図
4. 胸部レントゲン
5. 適切な検査所見(おそらく心エコー図を含む)

明敏な臨床家であれば、実際ほとんどの症例の診断は最初の2つによってなされる。そして後半の3つは追加検査というよりは、先の2つから得た診断を確認するに過ぎないことが多い。病歴と身体所見から導かれた診断が覆されることは、あまりないのである。

John Michael Criley, M.D.


これは小生が10年も前から、ホームページ等で現在も引用させてもらっている話し。 医学を志す者であれば誰でも必ず学ぶ事。 だが多くの者がいつの間にか検査で診断、診察するようになってしまっている。 見つかればそのせい、見つからなければ以上が無いと言う。

身体所見から答えを導き出し、其れを確定する為に検査と言うものがある。

小生のような科目の場合、重篤な症状は基本無い。 と言う事は、重篤ではないものを、辛くなるまで本人が現在まで持ち越してきているケースが殆どなのである。 

では何故持ち越してしまったのか? そこには本人の “意識” が大きく関係している。 

先日も新患からかかって来る電話に付いて書いたが、初診の治療はその電話で半分は決まっている。 残りは問診票の記入で3割、残りで初めて顔を見てだろう。 実はネットもそうだ。 毎朝ひと通りアクセス解析ログに目を通す。 アクセス数はどうでもいい。 どういう検索キーワードで、どのページをどのくらい見たかに重きを置く。 アクセスばかり稼ぐ、広く浅いページになるよりも、今これから来ようとしている人の動向を見る。 昨日とかぶるが、今日日全くブログも読んで無い様では問題外。 そんな日にやって来る新患と会うと、あ~やっぱりな... となる。

表題の通り、今日はこんな患者が来るんじゃないのかなぁ~と、来る前から既に予想が付く。 治療とは治るも治すもそう言う事だ。

2011年09月13日

腰・膝痛亜急性期スイスボールリハビリ

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前から目にしていたと思うが、最近にわかにブームなスイスボールエクササイズ。 別名エクササイズボールと呼ばれる塩化ビニル樹脂でできた、柔らかく大きなボールを使ったエクササイズ。

最近の様でも意外にも古く、もうかれこれ50年近く前のスイス発祥からスイスボールと言うのが正式名称と思う。 80年代に日本に伝わり、筑波大学が広めたらしいのだが、そう言われれば学生時代の当時、筑波で講師をしている先生から理論・実践を学んだのが初めてあったとうっすら思い出した。

使い方や現場に特に決まりは無いが、元は運動器具では無く医療器具。 スイスでもリハビリテーションの医療器具として広まっていった経緯がある。 

ゴロゴロ乗ったり座ったり、その上でジッとしたり動いたり。 一般的にはバランス感覚養成的な使われ方が多いのだが、神経支配促通を促す事に重きを置いての利用・活用がこの手の道具は最大限にその特徴が発揮される。 大切なのはその神経促通。 ホラ、動く動けるようになったでしょ、バランス取れるようになったでしょでは無く、どう意識して動かせるように、時として意識しないで動かるようにと、動くその過程が重要なのだ。

立ち上がる時に痛い、動き始めが痛い、向きを変える時が痛いと言うケースでは非常に有効な治療法として効果を発揮する。 絵や写真を見てその動きを真似する事は誰でもできるが、その過程を補正修正しながらの、その都度の動作補助が必要不可欠なのである。

現在は殆ど全ての患者に、何らかのこの手のプログラムを治療の一環として組み込んでいる。 皆最初はだいぶ苦戦しているが、目に見えて出来るようになって来ると面白くなってくるようだ。 同時に痛みも軽減してくるとなると、一石二鳥である。

治療も運動も、そのハードよりソフトが重要。 まだまだ日本人はその事に気が付いている人間は少ないようだ。

2011年09月14日

勉強しないでもアタマは良くなれる!

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ウチにも4名いるPTちゃん。 学生達は仕方が無いが、勉強好き。 直球で言えば暗記好き。 ウチのスタッフ以外でもそうなのだが、何故こうも理学療法士達は講習・講義、勉強好きなのだろう。

まぁ、知ったような事を言う人間、大人に限って『勉強しておいて無駄な事は無い』と偉そうに言うが、他人の情報、経験を鵜呑み暗記を勉強だと思っている。 学ぶと言う事をはき違えている。 それは模倣であり、個性の欠片も無い。

仲間や同業で寄り集まって勉強会。 自己満足集団で自信満々のようだが、何故何よりも先に患者から学ぶ事に全精力を費やそうとしないのだろうか?

正直勉強など幾つになっても出来る。 むしろどうせ一生勉強。 なら先ず患者から学ぶ。 そして必要だと思う事を次のステップで専門的に学ぶ。 自分の身の丈も分からずして、何を学ぼうとしているのか!? 自分がやりたいからで勉強しているのであれば、単なる欲の自己表現に過ぎない。

患者は最新の医療も技術も求めてはいない。  求めている事は、ただ良くなる言う事。 その人にとって現状より良くなるとはどういう事なのか? 老人を走れるように治さんだろう。

勉強と暗記はイコールでは無い。 アタマを常に使い、考えると言う事を自分の身に沁み込ます。 寝ても覚めても、家に居ようが外に居ようが。

スポーツにレクリエーション、趣味に費やす時間があったら働け! 肉体・知能を使った時間の費やし方をしろ。 其れこそがプロになる為の唯一の方法なのだから。

2011年09月15日

徒手療法と運動療法、どちらが良いか?!

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時折、徒手療法と運動療法、どちらが良いのかと言う質問をスタッフ、同業から受ける。 何が聞きたいのかは分かるが、分かるが故答えたくなくなる。

徒手療法とは何か、運動療法とは何なのかを今一度考えさせる。

ある特定の種目、カリキュラムの運動をさせるのが運動療法と思っているのであろうか?! もしそうだとしたら、その時点で答える気は無い。

スポーツクラブへ通く患者に昔から言い続けている事だが、何を基準にそのスポーツクラブを選んだのかと。 

元気であるのならどこへ行っても良い。 知識があるのなら尚更どこでも良い。 しかし今より上を目指す、ましてや痛み不具合があるのであれば、安近短で楽しい所などと言う基準で選んでる時点で問題外だ。

当然、本来はソフト、指導者で選ぶモノ。 その為には自分の気持ちが求めているモノと、身体が求めているモノの差を修正せねばならぬ。 そして本当に自分が必要なものが見えてきたら、其れを満たしてくれる指導者がいる所を選ぶ。 此処から先は我々、指導者や治療家の真価が問われる。

楽しく、面白い指導・治療で会員、患者を誤魔化す事は出来る。 しかもちょこちょこっと本で読んだりした事を語れば、『あの先生詳しくて勉強家』などと思われる。 まぁ、痛みであっても自然治癒傾向が強い症状が多い整形外科疾患では、そんな指導・治療でも単純に時間が解決したりするが。

多くの場合、患者は自然治癒だろうが何だろうが治れば良いとも言う。 だがそれは10年20年後、大きな代償となって現れる事が多い。 それらを見越して治療、指導するのが、薬・注射を打ってお終いでは無い我々の仕事なのだ。

徒手療法、運動療法にその差は無い。 どちらが良いのかなどと言っている時点で論外。 机上の理論で徒手療法と運動療法の違いを語る者もいるが、真の運動療法は、ほぼ徒手療法なのだ。 例えばただ絵を見せ、見本見せ、説明してスクワットを教えたとしよう。 そんな事はどこの施設だってやっている。 それ以外、その先の一声、ひと手間が運動療法に於いて最も重要なのである。

運動療法で治らないのは種目に問題があるのでは無く、指導者そのものに問題があるのだ。 其れは徒手療法であれ同じ事。  諸君、本やパソコンを捨て、自分のアタマを自力でアップデートしてくれ。

2011年09月16日

延べ一万人の施術経験はゼロに等しい

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昨今の不景気で、どこもかしこも厳しいからなのだろうが、嘘偽り、見栄や虚勢があってはならない医療の世界で、最近良く目に耳にするのが “述べ○○名の豊富な施術経験” などと言うもの。

嘘かホントかの数字では無く、その数字の内容が問題である。


一万人と言う数字を聞いて多いと錯覚するが、そもそも良く考えてみてくれ。

場末の小生のところですら、一日平均30名治療したって一年そこいらですぐ一万名。 たった一年そこそこの経験で他を抜きんでる臨床になる筈が無い。 しかもそれを数年かけてでは、内容薄まりマクリで。 まぁ、まさかクイックマッサージコースの患者を臨床や経験などとは言ってはいないだろうが。 言っていない事を願うが。

今どき脱サラで何かを新たに始めようとする者も多いが、24、25歳ならまだしも、30、40過ぎて新たな道とは、待ち受けるモノは困難である事に間違い無い。 今まで10年20年の自分の人生、経験を否定するのだから、それなりの覚悟が必要である。 運動やっていたから治療などとはまず不可能に近い。小生の周りでガッツリ患者が来ている者に会った事が無い。 来ている者がいるとすれば、それは商売っ気丸出しなチョイ揉み&私は講師でやってます人間。 治して欲しい患者にはまるで関係無いパターン。

自分が進歩するのと同じスピードで、周りも進歩していく。 何か始めれば追いつくなどとは甘い! 自分の今までの生き方をしっかり見つめ、軸をブラさず延長線上で経験を生かす。 生まれ変わるなどとは言葉の上だけの話し。 人間は決して生まれ変われはしないのだ。 現実、事実、自分自身から決して目を逸らさず、自分自身と戦っていく。 自分の人生、他人に頼って生きていったって、それは決して自分の実力では無く、個性、アイデンティティーすら既にゼロである。

人生何の為に進んで行くのか。 自分で自分の道も進めなければ、知人・友人・家族の為になどとは、空論、虚像以外の何物でも無い。

小生の個人的な考えだが、他人に何かしてもらう量より、してあげる量の方が多くなければいけないと言い聞かせ生きて来た。 例えそれが親兄弟であっても。 

見栄や欲を捨て、自分自身を見つめ直し、自分の道を進んで行く。 患者に頼られる人間になる為にはそれしか無い。

2011年09月17日

3連休2セット=ぎっくり腰!

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一年でも珍しい3連休の2週連続。 3連休など年に2回、とれるかとれぬかな我々としては羨ましい限り。 ホント、ウチのスタッフ達はよく頑張ってるわ。 感謝でアタマが下がる。

さて、暑さのピークも過ぎ、意外に皆忘れてるようだが毎年9月の連休、行楽地、高速道路は大渋滞で大混雑。 盆暮れ正月に負けないぐらい。 

気候が良くて、行楽でとくれば、次に必ずやって来るのがぎっくり腰。 そう、小生の所も行楽地バリに大混雑。 みすみす見過ごせば商売ニコニコであるが、そうはいかない。 定期来院な患者にはまだ防ぎようがあるが、未継続な患者に対しては対処・予防線の張りようが無い。

もし不幸にもやってしまった時の対処。 コレが意外にも皆雑。 同業であれ医者であれ、取りあえず安静などと言う。 近年、各国の整形外科分野でも行われ始めた比較対象実験。 そもそも内科等の治療は基本比較対象実験の上に成り立っている学問なのだが、整形外科学は比較対象実験がし難い学問。 だから何故その様な治療をしているのかと尋ねると、『何となくこの方が患者が良いと言っているから』となる。

急性腰痛、俗に言うぎっくり腰の比較対象事件例、実はこの数年、日本でも幾つかの報告がある。 急性腰痛の患者を様々な治療法の群に分け、1週間後、2週間後、1カ月後、3か月後、半年後、1年後の治癒と再発率を調査したのだ。

ある患者はとにかく安静、ある患者はコルセット、またある患者は湿布だけのように分けたのだが、どれもが誤差の範囲の違い以外、全くその有用性の差は見受けられなかった。 しかしたった一つ、唯一他と違い、しかも有意な結果が出たのが運動療法。 しかも運動、トレーニングをしろでは無く、やっちゃったその日から極力立て、歩け、動けと支持したグループなのである。

“極力”に個人差はあるが、ハナから歩けない動けない、やりたくないと言う患者に顕著な変化は見受けられなかったのである。

理論的な細かい事を書いたらキリが無いので割愛するが、一般的だと普通だと当たり前だと思い込んでる、そこを崩さなければ前進は無いのだ。

その前進の手伝い。 我々の仕事はその一言に尽きる。

2011年09月18日

努力と我慢は一セット

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最近身の回りで諸々アンラッキーが続いております。 隕石でも降ってくるような天災ならいざ知らず、基本殆どが人のせい。 そう言うのは人災とは言わんだろうが。

不運な事に出くわしてしまった場合、選択肢は二つ。 立ち向かい乗り越えるか、避けて逃げて通るか。

避けて逃げて通ればその後の答えは一つ。 また幾度となく同じ事を繰り返す。 確かに残念な選択肢だが、更に残念な選択肢がある。 それは、もう一つの立ち向かい乗り越えるパターン。 その中でも立ち向かう手法を勘違いしている人間だ。

自分は努力している、我慢している、頑張っていると言うが、根本的に間違えているパターン。 

我慢と努力。 そもそも我慢は他人に言われてするものでは無く、自ら進んで行うもの。 金が無いから、時間が無いから我慢すると言う事は、金と時間があればやると言う事。 それは我慢で無くてやれないだけ。 患者も一言二言話せばすぐ分かる。 むしろ電話の問い合わせで一言で完璧に。 時間が無いから場所だけ、値段だけ教えろなどとは、自分のやりたい事だけ最優先人間。 コリャ、来ようが来まいが治らん。

努力だってそうだ。 その努力だって自分が単純にやりたい事ではないか!? やりたい事は子供だって出来る。 やりたい事も頑張れなきゃ、子供以下だ。 だから子供時代に学校で、人の嫌がる事を進んでしましょうとか、食べ物好き嫌いなくしましょうと習う。 コレが真の勉強。 それを『ウチの子はとってもスポーツ頑張ってるのよ』とか、『嫌いなものを進んで食べる必要は無いとテレビで言ってたのよ!』と親が言う。 勉強・学習が完全ゼロ。 俺なんか親に抑え込まれて口に押し込まれたって死んじゃいねぇし。 
アレもコレも、しかも短期間で努力してます頑張ってますと言うのでは、既に結果が出ているようなものだ。

前進への答えはただ一つ。 やりたい事を自ら我慢し、やりたくない事順に行い、それらを何があろうともやり遂げる強い意志を持つ事。  辛い時こそ自分の信念を曲げてはならぬ。 まずその信念を欲と切り離し見つける努力をしようではないか。 努力と我慢は一セットと言う事を決して忘れずに。

2011年09月20日

勘違いしている、動かないのと動かせない。

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内科や皮膚科、多くの科が痛いと言ってやって来る患者ばかりでは無い。 痒い、ダルイ、熱っぽいとか。 しかし我々や整形外科にやって来る多くの患者は、何らかの痛みを訴えてやって来る者が殆ど。 であるから医師によっては、原因の追求探求に多くの時間を費やすのでは無く、他科以上にペインクリニック的要素をもっと積極的に取り入れるべきだと言う意見もある。 

確かにそうだ。 しかしどちらも重要であるのも事実。 我々でも、薬剤は使用出来ないが、物理・理学療法で痛みを軽減できる治療はあるが、どうしても痛みの原因を根本から!と言う風になってしまう。

勿論それもそれで良いのだが、本当に原因を追及しているであろうか?! ただ単純に、何処かで聞いた、教わった事をただ単純に型にはめているだけではなかろうか!?

かなりシンプルでベタな話しだが、肩や足が痛くて挙がらないと言う患者。 例えば此方が検査で挙げようとすると、角度が90°だったとしよう。 しかし今度は自分で挙げてみてくれと指示すると、80°しか挙上する事が出来ない。 

この差の原因をどう考察するか? 緊張が命令が神経伝達がぐらいしか頭に浮かばないようでは、完ぺき素人レベル。 子供でも分かる。 訳も分からず筋トレ、運動療法やらせるなどは超問題外。 

残念ながらこの手のケースの完全な改善には数カ月かかる。 まぁ、デモンストレーション的な見せ治療ならその場一回テクニックはいくらでもあるが。

その数カ月かかる理由を説明する事こそが治療。 しかしその説明を理解出来ぬ患者であれば、それこそ治らない、治せない患者。 勿論来院している間は全力を尽くすが、全ての患者を治せないのも、我々医療の現場にいる者の現実。

治療の醍醐味は何処にあるのか? この時期、多くやって来るぎっくり腰の患者。 繰り返すか繰り返させぬかの差は此処にある。 

2011年09月21日

台風接近、患者も大接近。

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近畿地方から東北にかけ、本日終日台風接近に伴い、大雨に注意を払ってもらいたい。

こんな時、一般的には商売にならない一日になるのだが、何故か昔から当院は雨と雪に強い。 むしろ混んだりする。 

そもそも九分九厘予約なのだが、キャンセルが出無い。 不謹慎かもしれないがむしろ楽しんでやって来る。 あまりにもヒドイ時は此方からメールをするぐらい。 商売側としては名利に尽きるが、何にせよ気をつけてもらいたい。

“健康と安全は何よりも優先する。”

当り前な事だが、現実は多くの人間が本質からずれていたりもする。 本人は治したいと思っているのだが、その優先順位決定の思考へ至るプロセスが間違えている。 単純に今やりたい、不安が表に強く出てしまっているのだ。

実は今日のような悪天候にやってくる患者ほど、そのプロセス、優先順位が非常に優れている。 どの患者も長引く者は一人もいない。 定期的なケアだとしても、症状や状況に応じて非常にフレキシブルにやって来るのだ。 

皆、都心の大企業に勤め、毎日朝早くから夜遅くまで勤めているにもかかわらず、時間の使い方が非常に上手い。 時間は作らなければ出来ないとよく言われるが、まさしくその通り。 忙しい忙しいと言う者ほど、時間の使い方が下手クソなのだ。

仕事であれ時間であれ、根本的に優先順位の付け方が優れている。 これこそが全てを円滑に目標達成へ向かう最大であり、唯一の成功方法なのである。

備えあれば憂いなしとも言うが、アレもコレもでは無く常に優先順位をつける。 それが万が一の時、緊急の時に今なすべき事が出来るのだ。 

不安でアレもコレも手を出す患者。 本人は色々頑張っていると思い込んでいるが、どれも短期間で優先順位も無い。 残念だが良い結果は出無い。 これは本人の思考であるから、変革は非常に難しい。

常に自分が間違えているのではないかと、自己否定を繰り返す。 自問自答。 いざという時に役に立つ最大の武器なのだ。 

2011年09月22日

強風、暴風、大丈夫でしょうか!?

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数十年ぶりの強風を伴った、昨日の台風15号。 皆さまはご無事だったでしょうか?

ワタクシ達は若干の雨漏りと格闘しながらも、いつもながら患者はフツーにやって来てもくれ、それなりに平穏無事に過ごす事が出来ました。

が、しかし! 自宅の簡易倉庫は向かいの家の庭までブッ飛ぶ始末!! イヤイヤ、ご近所さんの車に傷をつけなかっただけが不幸中の幸い。 もちろん人を傷つけたらと思おうと、ゾッとしますわ。

備えあれば憂いなしと言いますが、かなりいつも計画的に慎重に物事を行うタイプなのですが、今回の強風は想定外で、今更ながら自分ののりしろの少なさを反省します。

地震も原発も台風も、まだまだ予断を許しません。 今一度、我々は根本的に全てを考えさねばならぬ時代に来ているのかもしれませんね。 皆さま、お気を付けあれ。


ちなみに明日9月23日秋分の日は、臨時休診とさせて頂きます。

2011年09月24日

独立開業、達成感と充足感。

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学生時代、誰でも一度ぐらいアルバイトをした事があるだろう。 与えられた仕事を完了した時、どのような気持であったか覚えているだろうか?

通常、多くの人間がやり終えた仕事に、達成感と充足感を覚える。

しかし、根っからの経営者、起業家向きの人間はどうやらそうでは無いらしい。 達成感、充足感よりも、どうして自分が先に思いつかなかったのか? 今度自分独りでやるにはどうしたら良いのか!? と言う感情の方が強いらしい。 小生もそうであるが、そこまで思い込む事は無い。

一時期、一世を風靡した某IT起業家。 残念ながら最近収監されてしまったが、どんな才能があろうとも、その軸がブレてしまうと当初とは違った道を歩んでしまう結果となってしまう。

まぁ、考えてみれば世の中勤め人の方が多いのだから、当たり前と言ったら当たり前の話し。 起業家の方が多かったら産業などそもそも成り立たぬであろう。 

本来勤め人気質な人間が、自分の本質、本分を見極められず起業してしまう最大の理由は、見栄や金の欲と我慢の無さが本分・本質を上回ってしまったからなのである。

医療や保健制度は、儲けさせるための制度では無い。 困った患者の為にある制度。 本来、金の為の生業では無い。 だが職業である以上、その対価を客、患者から受け取る事になる。 当然その対価以上のサービスを提供してナンボだ。

昔から諸先輩に一人で一日平均5人以上患者が来なければ廃業しろと言われてきた。もちろん是は保険外診療の話し。保険診療なら掛ける5倍くらいだろう。  商売として最低限対価を取れる質が備わっているのであれば保険外一日平均10人だ。 趣味やこだわりでやっているのであれば何人だろうとかまわんが、趣味に付き合わせられては患者にとってはたまったモンじゃ無い。

常識で考えれば一人で平均15名。 スタッフ10人で100名なんて、経営者はチョイ揉みやらせて小銭で満足だろうが、そこに勤める従業員は当然10名以下の実力しか付かぬ。 これは悲劇だ。

ウチはスタッフ3名で50人が目安。 最近は小生の頑張りが足りんのか、かなり毎日綱渡りなのだが。

何にせよ、人は誰にでも本分と言うものがある。 それをそれぞれの職種で見極め、発揮せねばならぬ。 今自分がやりたい事、たとえそれが勉強であっても、目の前の 『コレを今したい』 という欲に目を曇らせてはならないのだ。 本質は既に自分の中にあるものなのだから。

2011年09月25日

肩を痛めるタイプと肘を痛めるタイプ

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痛くも悪くもトラブル不具合全く無い人間を、肩を痛めるタイプと肘を痛めるタイプに分ける為に、まずどのような所に重きを置くか?


姿勢チェックで身体の歪み?!     う~ん、整体的。

反応・反射で検査マニアで、ハイみっけ。     カイロっぽいね。

筋硬結で、あとはハリ一発ダヨ!     サスガ鍼灸師!!

動いて歩いて解析して。     PTっぽい、PTっぽい。

可動・柔軟、後はモーションキャプチャー。     最新スポーツトレーナーさん。


これが肩・上肢で無くても、下肢でも殆どが同じパターン。 なにか、どっかで教わった事が頭の中の全てだと、この域を出る事は無い。 重要なのは、自分の特定の知識に患者を当てはめる事では無く、患者から何を学ぶかと言う事。 情報、データを頭に入れるのが勉強では無く、その得たデータから何を学ぶかが、初めて勉強となるのだ。


例えば今回の肩。 幾つかのパターンの上肢の動きをしてもらうとしよう。 痛ければ当然だが、痛くなかったとしても理想の動きをトレースできない部分が必ずある筈。 そのトレースできない理由から、過負荷部位を見つけ、将来的な障害部位を特定する。 しかし必ずしも過負荷部位が障害部位とも限らない。 

予測が出来たら、回避も分かる筈。 正直是らは本や学校で学ぶ事はほぼ無い。 あるとすれば臨床の場。 やって来る患者、何百何千という被験から痛みのパターンを見出す。 そして予見する。


防御は最大の武器。 その防御を持たずして、治す武器ばかり会得しようとする。 子供に刃物を持たせて振り回させるようなものだ。 完璧とはいかないにしても、その精度は日々上げる事は出来る。 何事も、日々毎日の積み重ねが大切なのだ。 本気で学べる人間を目指して。

2011年09月27日

地元商店大先輩の男気

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若干パート2的なネタ。

先日9月21日、首都圏を襲い、交通機関の運行状況にも大きく影響を与えた大型台風15号。 倒れた町の倒木も近隣ではだいぶ片付いたようである。

雨・雪・台風には昔から少々強い当院の事は書いたが、近隣で商売を営む大先輩の患者と先日の台風当日の話しになった。 流石に 『当日は開店休業状態になって参ったヨ』 と、その人は話していたが、『それでも店は閉めないけどサッ』 とも付け加えて言った。  『暇な時だからこそ、やれる事は開ける事』 とも言っていた。

確かに小生の同業も、暇だとしょっちゅう電話して来て、取りあえずコッチも暇だと答えるとスグ真に受けて、安心するのか、予約入っていないからと言って閉めてどっか行ってしまう奴がいた。 山手線沿線と、好立地にもかかわらず3年ともたなかった。

最近は保険診療をやる奴に多いが、オープン初っ端から、日曜祝日休み、土曜は午後休診、毎月第2、第3木曜は午後お休みと、休む事ばっか医者の真似して考えている輩。 困っている人を治す為に志した職業じゃねぇのか!? 医者で治らず、医者がやってねぇ時だから困ってやって来るんじゃねぇのか!! と昔から言われてやってきた商売なのにもかかわらず。

仕事を収入の糧ぐらいとしか考えていない、窓際サラリーマンみたいな人間ばかりで、男気なんて何処かへ行ってしまった世の中になっちまった。


患者でも必ず定期的に来てくれる、その大先輩。 小生も月に数度、必ずスタッフや友人を連れて、その先輩の所へ食べに行く。 お互い持ちつ持たれつ。 一方通行の人間関係。 そんなつまらない関係は無い。 客であれ患者であれ、全力で付き合いたいものだ。

2011年09月28日

20代、30代、ア~ンドそれ以降。

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ウチには現在6名のバイトちゃんがいる。 平日は暇なので全員週末要員。 まぁそれでも小生入れていつもの3名で100人まではこなせるのだが。 患者100名でスタッフ5名以上などとは問題外。 質も業務改善意識も低い証拠。 そもそも100名取らんし、来んが。

その二十歳チョイのバイトちゃん達を見ていて、最近思う事がある。 他の世代より携帯電話やパソコンへの執着が少ないのだ。

おそらく彼らは、もの心ついた時には携帯電話やパソコンが当り前のように身の回りにあったのだろう。 どうらやその価値観は限りなくテレビと同じレベルのようだ。

40代半ばの小生が社会人になりたての頃は、まだパソコンなどはワンフロア、もしくは一部署で1、2台程度であった。 社内の多くの者がパソコン導入に戸惑い、従来の業務をどうOA化するか試行錯誤していた。 結果、全員が必然的に業務改善と言うものを身をもって経験していった。

逆に小生の世代より一回り上の世代は、最新機器に直接翻弄する事無く、ただただ自分の経験で業務をこなし続ける者が数少なくなかったのも事実。

さて、ココで一番問題なのは30代。 多少の年齢前後はあるが、得てしてパソコンや携帯機器の使い方、位置付けが間違えている。  おそらくそれは、学生時代とは全く違った環境が、彼らの就職時期と大きくカブったせいだろう。

今までに無い新たな機器、武器を手にして仕事を行う。 むしろ武器を手にして仕事をするのが当たり前であり、自分の実力と武器の実力を大きく混同して職務に付き、業務能力を自分の実力以上に理解してしまっているようだ。 結果、他の世代より異常に機器への依存が高くなってしまっている。

それもまた時代と言えば時代であるが、ツイッターなどの様な、たまたまつぶやいた軽薄な発言を元に、軽薄な人間関係を構築していく事に何ら疑問すら感じないのである。

30代に限らず、正確にはどの世代にも数パーセントは必ず居るであろう、そのような人間。 全ての世代、全ての人間がその軽薄さに染まる前に、今一度人の繋がりとは何なのか? 仕事、営みとは何なのかを考え直さねばならぬ時代なのだ。

2011年09月29日

小学生・中学生・高校生の可能性。

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若者には無限の可能性がある。 だが、その世代の時に大人に言われても、その言葉の意味を理解する事はほぼ不可能。 自分の10代を振り返ってもそうだった。

今自分が置かれた環境から、無理と答えを出してしまう。 これは子供に限った話では無く、我々大人にも言える事。 一番問題なのは、環境が変われば状況が変わると思っている事にある。

時間があれば環境が変われば、資格を取れば外国にでも行けば自分が変われると思っているのか?!

周りの大人がこんな短絡的な思考しか出来ぬのだから、当然子供たちはその過程、途中の努力を重んじる訳が無い。  更に少々精神論的になってしまうが、人間の本分は、どう生きたかという過程にあると思う。

目的に向かって、今何をなすべきか? その今が重要。 それを飛び越えて大人がスポーツやトレーニングをやらせたり、我々であれば痛みをとめる、誤魔化す治療を行い、やれ筋力だ柔軟性だバランス感覚だ使い方だと言う治療を行えば、子供は何かあれば頼れば、やれば治る・上手くいくと思ってしまう。

ネット検索で、人の輪、自分の道を何でも見つけられると思っている者たちよ、今一度自分の足元をしっかり見つめ直そうではないか。 きっとそこに次の世代へつなぐ道があるのだから。

2011年09月30日

ハッキリ言おう! たぶんダメだろう。

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質の高いサービスを提供する。 ユーザーは質の高いサービスを手に入れる努力をする。

こんな当たり前の事、出来ていない人間になってはいないだろうか?!

物や技術だけでなく、提供される全てのサービスで質の向上に勤める。 これらが人間性と一致して初めて形となり、生業として成り立ち、多くの人が集う。

勤めていた時よく言われたのは、安くしてモノが売れるのは最低ランクな営業手法だ。 割引券やサービス券、企画、イベントばかり考えている人間に、質の高いサービスなど理解は出来ぬと。 

特に社会や人間を理解する経験が乏しい若い世代ほど、イベントや企画をやりたがる。 確かに悪い事では無いのかもしれないが、そのような短絡的な集客で満足してしまう事に問題があり、今、自分自身を研鑽する事に全力を費やす方が先では無いのか!となる。 特にその事に気付かぬまま20代を過ごしてしまうと、残念な30代になってしまう。

客、小生の仕事であれば患者であるが、患者もそこで働く者も、チラシや広告、駅前立地で来る者拒まず、ビラ配りに時間を費やしている事に疑問を持たぬのだろうか? 安売りしているところを質が高いと、安さに惹かれる客を質が高い客だと言えるだろうか?!   これは完璧に、質の低い所へ、質の低い客が集まって来る方程式だ。 


先日も詳しくは聞かんかったが、どうやら接骨院で働いていると思われる若者から、アメブロ経由でメッセージがきた。 今現在ウチに勤めるスタッフにも、ブログ経由で直談判採用に至った者もいる。このままではダメなのではと思い、メッセをよこして来たらしい。

不安に、疑問に感じながらサービスを提供、もしくは受けてはならない。 ハッキリ言おう! その先に良い答えなど100%無い!! 在るとすれば、自分を肯定する言い訳ぐらいだ。

自分の人生を無駄にせぬ為にも、本質を見抜く目と、それを受け止める強い心を是非持ってもらいたい。

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