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裸足で出血ランニング

10代の後半から20代、三流選手ながらトライアスロンに勤しんでいた。  ローカル大会ながら数度の優勝も経験でき、それなりに充実した時期もあった。 

しかし当時の自分に一番足りなかった物、いや、今でも足りないのであるが、それは今やってる事、考えている事、思っている事がどうしても絶対だと思えないところ。

確かに優勝して嬉しくて次もこのままと思うが、だから何!? と考えてしまう。 

上手くいく為の努力が嫌な訳でも無い。 本を読んで、確かに勉強になっても所詮それは他人が書いた、言った事。 自分自身の奥から滲み出たモノでは無い事に、違和感が常にある。

学校に行き、就職して働き、朝4時5時に起き走り、昼休みも走り、夜残業しようとも泳ぎ走りトレーニング。 異性・友情もあり、自分自身のアップデートにも時間を使う。

そこで考えたのが、同じ時間を使うのなら出来る事より出来ない事に、やりたい事よりやりたくない事に時間を使った方が新たな答えが出るのではないかと、単純に考え取り組んだ。

スポーツが良い悪いでは無く、自分自身の中でどういう位置づけ、存在か? 運動したい欲も、酒飲みたい欲も、遊びたい欲も大して変わらないのではと。


トライアスロンは最後のランを裸足で靴を履き、走る事が多い。 小生は20km以上のランの時はソックスを履くときもあったが、基本は裸足。 自身や環境のコンディションによってはフォームが乱れ、靴擦れで足が裂け、血が噴き出しながら完走を余儀なくさせる事もあった。

たとえ血が吹き出ようと足が裂けようと、結果は結果で負けは負け。 ならばなるべく普段から靴擦れが出来る靴で走ったらオモロイのでは?!

靴擦れが出来る靴で、靴擦れが出来ないように走る。 もしくは靴擦れが出来た状態で痛くないように走る。

過去最長、靴擦れで45km走った事がある。 もちろんその後復活には数カ月かかったが。(笑)


自分に都合よく欲を肯定するか否か。  ベアフットランニングの面白さと学ぶべきところはそんな事ではないかと思う。

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