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仕事の流儀 人と向き合うと言う事

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毎日不快なブログを書いているが、たいして誰も読んではいないだろうから今回は少し自分の事を。


高校を卒業し、少々事情があり自宅から電車で2時間半ほど離れた、東京の反対側にある祖父母の近隣にある某体育系学校に通う事になった。

当時小生が勝手に思い描いた学校、授業の内容とは大きくかけ離れたレベルの低いものであった。

少々腐りながらも授業を受け、学校にもだいぶ慣れてきた6月の、今でも鮮明に記憶に留まっている日曜日の父の日の出来事であった。

少々風はあったが非常に温かいその日、バイクで少し足をのばし神奈川は茅ヶ崎の防波堤の上から海を眺めていた時の事、寝転んだ防波堤から2、3メーター下の波打ち際から小さな女の子の声で「助けてー」と言う言葉が聞こえてきた。 慌てて下を覗き込むと年下の男の子(後に分かったが5歳の女の子と3歳の弟であった)を抱えた女の子が足元をすくわれたように波打ち際からほんの数メーター流されていた。

小生が驚いている間に父親らしき男性が岸から走り込んで、二人を抱え込み事なきを得たように思われた。 しかし天気は良かったのだが風の影響もあってか沖からの波と岸から返る波、そして防波堤からと見た目以上に水面下では渦を巻くような状況になっていた。 三人はみるみる沖に流され始め、何も考えず気が付いたら小生はジーンズを脱ぎ、パンツ一枚でその海に飛び込んでいた。

あまりにも突然の出来事で、正直記憶がどこまで正確か自信など全く無いが、たしか男の子だけを受け取り、無我夢中で岸に向かって泳いだ。

スイミングに通っていた友達には敵わなかったが、それでも小中学と水泳は学校で1、2位を争い、泳ぎには正直自信があった。 しかし特別水難救助を学んだ訳でも無く、その波に体力だけでは打ち勝てず小生もどんどん沖へ沖へと流されていった。

これ以上は武勇伝を書いている訳では無いので割愛するが、しこたま水は飲んだが何とか子供を抱え岸まで辿り着いた。

暫くして大勢に抱えられて父親が岸まで連れて来られたがその意識は無く、今すぐにでも蘇生術が必要な状況であった。 『誰か人工呼吸出来る奴は居ないのかー!!』と大きな声が飛んだ。 海開きにはまだ程遠いその時期、海辺にはライフガードなどは当然いない。 実はそのひと月ほど前に学校で人工呼吸、心臓マッサージの授業を受けていた。 しかしまだ18歳の自分には人の命を前に頭が真っ白になり、気道確保と体位変換しか出来なかった。

暫くし救急車が到着し、事情聴取先の茅ヶ崎署でそのお父さんの訃報を耳にした。


腐りながらも誰よりも勉強が出来る、暗記し点数が取れると思い込んでいた自分を一生辱、後悔をする。 使えない知識・勉強など一生しないと。

資格取得に躍起になっている知人もいたが、資格を取る為の勉強など、ましてや資格を取って働こうなどとはまるで思わない。 そもそも資格とは働き、作業に当たり、現場で必要になった時に取得するもの。 是から自分が何処へ向かい、何をしたいのかも見えて気もせず先ず資格ありきは本末転倒である。


サッカーやジョギング、自転車など、この数年で日本でも一気に市民スポーツが広がりを見せた。 それに伴い小学生から70歳過ぎまで、スポーツ愛好家の患者も以前にも増して増えてきた。 しかし、熱心すぎる程スポーツに打ちこむ患者に少々変化が表れ始めている。

時間をかけその患者達の話しを聞くと、非常に最新のトレーニングを取り入れていると言うのだ。 しかもその指導者を聞くと、皆30歳中盤~40歳前半のトレーナー達。 20代30代と熱心にお勉強、研究していたのだろう。 それがある年齢を迎え、独立をしたのであろう。 医療でも研究と臨床の専門家は違う。 ある著名な医師の先生が、医学部の学生が全員医師になっては困る。研究して下さる方がいるからこそ、我々は臨床で患者と向き合えるのだと言っていた。

お勉強した知識で指導に当たってしまう。 元気な若者、スポーツ選手になら問題は無い。その知識を単純にスケール、レベルダウンして一般人にもっともらしく語ってしまうところに問題が発生してしまう。 耳や目が遠い、足腰が弱いお年寄りに最新の車や携帯電話を渡すのか? もしくは単純にスペックダウンした物を与えるのか?!

スポーツ選手に競技別の特性があるように、子供や年配者、一般人には一般人向けのセオリーがある。 商売の為に自分の専門分野、身の丈を超えたものまで請け負おうとしてしまっているのである。


数年前にNHKの番組で、長野県にある佐久病院を題材に、其処を訪れる医学部の学生達を通して地域医療について、医師に必要なものとは何なのかをやっていた。

医師として人として本当に必要なものを伝えようとする熱心な医師の気持ちは、残念ながらほんの数パーセントの学生にしか伝わる事は無い。 その殆どが最新を学ぶのが先だと言って、都心の大学病院へとインターン先を決めていくのだ。

確かに最新の医療は努力をし、取り入れなければならない。 しかしそれよりも何よりも先に患者と向きあう大切さを学ばなければならない。 検査検査ばかりの治療になり結果、検査に出ぬモノは見落とされてしまう。 本当に困っている人を誰が受け止めるのだろうか。


資格や肩書に惹かれるのであれば、どうぞそういう処へ行くがよい。 資格取得に時間を費やしたいのであれば、どうぞそうしてくれ。 小生はその時間の多くを患者の為に使う時間にしたい。 答えは本の中から出るのでは無い。 患者の中から出るものなのだ。

本と向き合うのでは無く、人と患者と向き合って生きていきたい。

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2011年05月12日 08:22に投稿されたエントリーのページです。

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