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あの日から16年の戦い

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もうかれこれ16年の月日が流れた。 寒さ厳しい1月17日、阪神・淡路大震災。 まだまだ記憶に新しいであろう。

今回は更にそれを上回ると言われている東北地方太平洋沖地震、16年前からいったい我々は何を学んだのであろう。

患者の中にも阪神・淡路大震災を経験された方が多くいらっしゃる。 その話しを聞くたびに、東京や神奈川に住む我々がとった行動の愚かさを感じる。

略奪こそなかったが、言われるまでも無く当然である。 世界に称賛されイイ気になっている場合では無い。 人として最低限してはいけない、いや人間失格な行為であるが、それ以外にも今回いくつもの人間失格の行為を取っているのだ。

阪神・淡路で多くの方がお亡くなりになられた原因に火災が有る。 幸いにも今回都心部では大きな火災は発生しなかったが、それは結果論。 当日の自動車の交通渋滞を見ろ、もしもあれで大火災が発生でもしていたら消防・救急車両はいったいどうなっていたかは想像が付く筈だ。 にも拘らず車で送り迎えに出るとは、人命を重んじない卑劣な行動以外の何物でも無いのだ。 災害時には車を出さない というのは常識だ。


当時神戸に住む小生の知人が数名いる。 家屋等には損壊はあったが、皆元気であった。 しかし完璧に元気かといえば、少々話が違う。 一番親しい友人はその日を境に視力を失い、現在ではほぼゼロに近いと話しを聞く。 

阪神・淡路大震災当時、その地方で治療院を営む者が言うには数週間後から病院も我々も患者が急増したらしい。 ピンと張詰めた気が一気に限界を超え、様々なストレスが爆発したのだと言う。 怪我・負傷以外にも、現在でも多くの人が様々な影響と戦っているのである。


今我々が出来る事、しなければならない事は商品を買い漁る事でも、並べて売る事でも無い筈。 健康と安全を重んじれば、自ずと自分自身、家族の為、皆の為にとらねばならぬ行動が見えてくる筈なのだ。


本当に素晴らしい街、都市、世界に誇れる国にする為に、まだまだ我々は学ばなければならない事が多くあるようである...

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