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ツイッターはバカに刃物わたすようなモノ

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そもそも情報と言うモノをどう捉えるか? 特に今回のような不測の事態では多くの情報が錯綜し、正しく読み取る事は困難を極める。

世にネットが普及してからは、更にその能力が問われる。

真っ先に持ってくるには少々陳腐だが、以前あるコラムで若者の恋愛とネットについて書いてあった事が有る。 その昔、想いを伝える為にラブレターなる手紙という手段があった。ペンを持ち、何度も書き直し、そして郵送。 先方に届くのに数日、向こうが書くのに数日、またこちらに届くのに数日。 その間こちらはこう書けばよかった、もっと待てばよかったとか、こう書いてきたらこう書こうとか、こう言われたらどうしようとか、色々思案したものだ。

それが時代が変わり、手段が携帯メールなどになった瞬間、今の感情を今すぐ伝えてしまい、相手も突発単発な感情で返してきてしまう。 うまく行かねばトラブルになり、例えいったとしても希薄な感情のやり取りになってしまうのである。


たしかにネットやメールは瞬時に多くの情報交換が出来る画期的なツールであるが、それと同時にその多くの情報を精査する能力を高く求められるのも事実である。

先日もある患者と話していたのだが、40代50代でネットについていく者は何も無い時代からの変化に努力をしてきた者、しかし30代は初めから当たり前のようにあった者たちだと。 当たり前のように便利に楽に使ってきてしまった世代。 しかし10数年経ち、今ネットの存在意義は大きく変わろうとして来ている。 恐らく今の20代は今後山積する問題点をうまく学習して行くであろう。

何が言いたいかと言うと、30代の若者たちネット、様々な繋がりが非常に希薄なのである。

情報が沢山ある時代なわりに、全く使えてない者。 ウチで言えば、ネット検索で見つけたと言うワリに内容など一切読んではいない。酷いと場所や値段も見やしない。 30代に多いのが、自分は上手く使っていると自負している割には、目につく好きな情報だけをつまみ食い。 好き嫌いで完全に偏った情報搾取である。


ツイッターは非常に良いツールだが、一歩間違えれば希薄な言葉の羅列になり、しかも読む者が陳腐な情報処理意識で、結果たんなる言い放ち吹き溜まり、2ちゃんねると大して変わらぬ存在に成り下がってしまっている。

相手を読み取り、意図を汲み、考え、そして和を以て貴しとなす

希薄な先には希薄しか存在しない。 情報を上手に使おうではないか。

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