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戦争と原爆から学んだ事

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未曾有の大災害となった今回の東北大震災。 今現在も原発の放射能漏れに混乱と不安に駆られる日々を過ごす国民も多く居る。

目に見えぬ放射能の情報が毎日一方通行で流れ込んで来る。 それを信じるか信じ無いか、悩むポイントをその一点に絞り、そこから先の行動は一切悩もうとなどはしない者も多い。


今だからこそ世界で唯一、原子爆弾被爆国の我々だから、世界へ向けて取れる行動があるのではないか。


放射能が何シーベルトが危険だと言う情報は、世界中どの国でもわかり得る事。 そんな机上の理論では無い、被爆国の我々だから発信できる情報があるのではないか。


脳科学者の茂木健一郎氏やサッカーのラモス瑠偉氏らも言う通り、地方や海外に避難する事は個人の判断であり、それを否定するつもりは小生も甚だ無い。
しかし、広島や長崎から数百キロ離れた地に居た者を、当時の人々は被爆者としたであろうか。 規模も状況も違い、科学的根拠に少々欠ける考えかもしれん。 しかし当時福岡や大阪に住んだ者にどれだけ影響があったと言うのであろうか。

にも拘らず原発から数百キロ離れる都市の人間が、家族、母子を安じ神経を尖らせる必要がどこまであるのであろう。 心配だからと言って、全員が海外に逃げ水を買い漁ったらどうなるのだろうかは誰もが容易に想像がつく筈である。


長野に今年93になる爺さんが居る。 戦争当時自分の部隊を持ち、サイパンへ行かされ、横浜に現在も停泊する氷川丸で引き上げて来たそうだ。 戦争へ行く前、戦時中、そして敗戦後と、一体どのような気持ちで過ごしてきたのだろう。 田舎に行き、当時の話しを直接聞くと、自分でも理由の分からぬ涙がとめどなく流れてくる。 今も尚、爺さんの中では戦争は続いているのである。


戦争とは武器で戦うばかりでは無い。 血を流し合うだけが戦争では無い。


いったい日本人は、戦争と原爆から何を学んだのだろう?


もう一度言いたい。 今だからこそ、被爆国、敗戦国の日本人にしかとれない行動を、世界に向けてとるべきではないだろうか。

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2011年03月24日 08:31に投稿されたエントリーのページです。

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