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2011年03月 アーカイブ

2011年03月01日

定着しました、東京マラソン。

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休診日だったので一日空けての今更東京マラソンネタ。

珍しく良いお天気で、参加された方も応援された方もとってもイイ一日で。 寒くて諸々マダマダ盛り上がりに欠ける2月に盛大なイベントとして定着しましたね。 こうやって官民一緒に地域を盛り上げるのは大切です。 一スポーツメーカー主催の大会ではこうは行きませんから。

テレビのニュースでも近年のマラソン人口増加について幾つもやっていた。 先日もブログで書いたのだが、何故だか突然オヤジに殴られて毎朝走りに行かされた小学一年生時代。少々の雨なら合羽着て。 皇居に初めて走りに行ったのが12歳。 かる~く30年以上前。 既に当時、日曜朝の皇居桜田門にはランニングをする方々の集団が幾つもいた。 祖師谷大蔵からひとりチャリンコで来ていた姿は大人達には珍しく映ったのか、良く話しかけられた。 そもそも中学生時に気が付いたのだが、朝走っていた砧緑地で会う大人がテレビで走っている姿をみて「こんなスゲー人に敵うワケねーか」と、自分の環境に驚いたりもした。

普通はそこで何クソ!と言って速くなりたいと思うのだろうが、あまりにもその差が歴然で全然そんな気にもならなかった。(笑) それよかそのお兄さんたちは皆楽しそうに毎朝走っていた。 すれ違いざまに冗談など言ってきたり。

小学生当時3年弱ほどリトルリーグをやっていたのだが、コレがまた毎朝のランニングで感じる事とは真逆の取り組みで。 子供ながらに、この練習って意味あんのかな~?!と思いながらやっていた。 いや、やらされていた。  結果当然レギュラーになどなる訳が無い。 完璧落ちこぼれ。 足が速いのに。(爆

話しは東京マラソンに戻るが、ご存知の通り毎年応募の多さに落選する人が数多くいるのだが、コレは仕方が無い事。 中には本当に走りたい人が走れ無くて、ブームやノリで参加する人が走れるのはどうかと思う! と意見する人も居るが、別にそれでイイではないかと小生は思う。 地域活性化のイベントがたまたまスポーツで、たまたまマラソンだっただけの話し。 毎回毎回目を吊り上げて走んなくたってイイではないか! 

楽しく走るが8割の大会が有っても良いと思う。 きっとそれが東京マラソンなのだろう。 しかもっ結果的に皆が健康になると言うオマケ付きで尚結構。 

強く速く、勝ち負け中心のスポーツは不毛だ。 例え金メダルを取ったとしても、多くの人に忘れ去られてしまうもの。 あとは自分自身の内面、自分の人生にどう影響するかと言う事。 肩の力を抜いたほうが、きっと後々の人生にはハッピーな影響を与えるだろう。 鏡を見てくれ。其処に肩と目が吊り上った自分が居はしないかを。

2011年03月02日

嬉しいですケド、同業者。

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日々偉そうに書いてはいるが、ウチは所詮場末で田舎。 学も無けりゃイケメンでも無い。 それでも何故か仲間・同業には人気が有る。 いや、ウザイ紙一重で単に気になるだけだろう。 

最近新患が多い。 そろそろその中に探り偵察も入ってきたりで。 分かりますワナ、そのぐらい。 来院理由、症状、求めているモノが不自然。 明らかに他の患者と違いが有る。 診察・治療には既往歴等の問診が非常に重要である。 当然正しい情報が得られなければ良い治療は提供出来ぬ。 逆にコッチが不完全燃焼で気持ち悪い。 

理学療法士や作業療法士はもちろん、カイロの院長や整体、はては医師の方も来院されるのは喜びであり、正直自慢である。 お陰で毎回ボロが出はしないかと心臓バクバクだ。

患者が良くなる為に全力を尽くす。 一円でも多くもらう為に全力を尽くすのとはワケが違う。

近所でも評判の良い同業者の先生は何人もいる。 勿論その逆も居る。 どちらにせよ流石に近隣の先生は来はしないが、出来れば来てみてもらいたい。 整体でもカイロでもマッサージでも無いウチとしては、患者としても小生としても行き来してみたいものだ。 ササッと揉んでもらいたいわ。 自分じゃ揉めねーし、スタッフじゃ色々言いたくなるし。  こね~かな~~、近所。

2011年03月03日

腰椎すべり症はX線

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大抵の腰椎すべり症が画像診断で確定されてやって来る。 しかしその多くが日常はもちろん、他の検査所見が理論と一致しない事が多い。

まず身体形態としては腰の過剰前弯。いわゆる反り腰。 酷い場合は棘突起触診でも確認できるが、うつ伏せ時には意外と無い。
腰痛・下肢痛の腰椎伸展位、うしろに反った時の痛みの増強。 これも意外と少ない。 下肢に痺れ、歩くと痛みが増強する間欠跛行が生じるぐらい神経圧迫が有ればKemp徴候も出るが、出無かったりもする。

画像診断より身体所見を重んじた診察をすれば、すべり症以外の腰痛の可能性も生まれる。 そもそも長年すべり症の治療を受けて良くならないのであれば、他の可能性の治療を行うべきだが、患者も治療側も視野が狭いとキタもんだ。 コレでは難しい。 必ず本症の一番初めの概要ですべりが画像で発見されても全く無症状の事も多いと教わるにもかかわらずにだ。

ただ単純に腰椎が前方へ滑った原因にしても、“何らかの理由で”と言われる。 この“なんらか”を確定し治療するのが重要であり、滑ってるモノだけ戻してもソリャまた滑る。 コルセットなんか今日明日だけ見れば有効だが、半年一年後見れば完全無意味。 何らかの原因の一つでもある筋力はどんどん低下するのだから。

消炎鎮痛薬や硬膜外ブロックによる疼痛コントロールも良いが、日常生活改善指導の方が大切。 今だけ何とかしろと、努力を先送りにすればした分だけ、そのツケを後々大きく払う事になる。

手術になる前の努力。 それは患者も治療する側もしなければならない典型的な症状でもあるのが本症である。 ただ一言、頑張らねば。

2011年03月04日

集客に困る鍼灸・整骨・整体・カイロ諸君へ

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景気が良くなった良くなったと言う者もいるが、未だ厳しい状況が続いているのは事実であろう。

今年に入り小生の同業者も数件廃業した。 そんな中でもそれなりに善戦している者もいる。 いったいその差はどこにあるのだろうか?

私の知人で40過ぎて未だ色々学校に行っている者がいる。彼は昔から学歴経歴に執着心が強い。 若者は彼に魅力を感じる様だが、逆に私は昔から彼に微塵も魅力を感じてはいない。何故なら彼は自分に必要だと思う知識を学び、それが仕事や顧客、結果的に自分の人生に役に立つと思っている。  合っているか間違えているか、正しいか正しくないかを問う気は無いが、だが一つ言える事は、この不景気にもかかわらず善戦健闘している者とは明らかに違うと言う事実。

金と時間に余裕がある奴、景気の良い時で有ればその余裕を自分の為に使う事が出来る。 例えば英語を話せるようになりたいと思えば英会話を習いに行き、その英会話を使いたいが為に海外旅行へ行くという様に。

だがココが善戦健闘している者は違う。 以前は自分の為に使っていた時間を、直接的に他人の為に使っているのだ。 小生の仕事であれば患者。 その一人一人の患者の事を真剣に想い考え、8割も9割もの時間を費やし、そして残りの1割ちょっとを最後の最後で勉強に使う。 前回この講習会出たから次はコレ、今度はこの講習会などと言う時間の使い方は一切していないのである。 小生も非常にこの一年参考にしている。 

先に登場した知人はとにかく資格資格。 資格で治るならとっくに病院、医師が治しているし治っている。 その病院で治っていないのだから患者は困っているのだ。 病院で治らず困っている患者を治したいと思う心。 医師以上、医学部以上の医学的知識を得る気でいるのか!? そもそも根本的に何かが抜けてる、見落としている事が有るのではと思う気持ちが重要。 “想い”と言う言葉の一言に尽きる。

一生自己満足の勉強なんてまっぴらゴメンだ。

2011年03月05日

今より歩きたい動きたい人の為の麻生スポーツ理学センター

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最近一番多い障害・疾患は腕の痛みやしびれ。 特に肩が多い。

動いている時は大丈夫だが、ジッとしていると痛みが出るとか、グルグル動かしている方が楽とか。

整形外科疾患の多くが基本運動痛。 動かすと痛くて安静時は痛くないのが基本。 安静時にも痛みが出るようであれば炎症が有るか、内臓起因性等、他の可能性を考える。 折れてる切れてるであれば動かせば痛いのである。

にもかかわらず筋肉だ靭帯だ軟骨だと、レントゲンやMRIとにらめっこしてみたり。 自分の脳みそとにらめっこしてみろ!と言いたい。

たとえそれが筋肉の萎縮拘縮のせいであっても、押して電気で針で以外の選択肢などまるで頭に浮かばない。 まぁせいぜい動作改善の指導ぐらい。 

近年ロボットが二足歩行を出来るようになった過程が良い例。 某工学系大学の先生とも良くこの話をする。 たしかに動作解析は必要である。 そしてそこに協調運動と言うモノも加味され円滑に動けるようになってきた。 問題はこの動作解析と言うところにある。 構造や神経命令系だけでも見掛け上は歩ける。 しかしそこに歩けていた者が歩けなくなってしまった理由と言う問題が有る。 一番重要なのは此処である。 どうすれば?と同時に、どうして!?を解決する手段も“同時に”提案しなければならないのだ。

口で言うの、文字で書くと簡単であるが、すべての疾病疾患において最も難しい点である。

スポーツ選手をイメージして作った屋号では無い。 今より歩きたい動きたいをイメージしての、歩きたい人動きたい人の為の麻生スポーツ理学センターで在りたいとの願いを込めて。

苦難ではあるが誰もが目を逸らしてきた部分に真剣に向き合っていきたい。

2011年03月06日

絶対許さない!不正保険診療接骨院!!

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昔から我々の業界で問題になっている不正な保険診療、不正保険請求。 流石の小生も暫く前は言いにくかったが、現在はウチも保険診療をしているので堂々と声を大にして言いたい。


保険を不正に使って来院、診療しては絶対ならぬ!!


未だ知らぬ者も多いようだが、保険適応できる症状は骨折や脱臼、捻挫などの急性期疾患。 肩コリや慢性的な腰痛などは適応外。 やって良い治療も固定、温冷療法に電気。 それだけ。 マッサージは不可。 保険適応であっても一部の症状は医師の診断書が必要。 しかも適応期間は上限6ヶ月。常識は3か月。

それを何でもかんでも昨日今日急に痛くなった事にしてずっと通わせて、やってる事は慰安マッサージ。 そんで期間来たら部位変え症状変え、コレマタ不正診療スタート。 悪質以外の何者でも無い。

タチが悪いのは自分で自分が悪い事をしていると言う自覚が無い事。 特にこの2、3年接骨院で治らないと言ってやって来る患者が大半を占めているが、小生近隣に何十件も接骨院が有っても、いつもやって来るところは柿生で一軒、鶴川で一軒、新百合ヶ丘で一軒と、その三件に大集中。 しかも患者の不満理由が三件とも同じと言うのが一興。 この内容は絶対教えたくない。

そもそも良い先生とは何か?!

5年、10年我々なような仕事をする者は、次に色々考える。 ある者はそこそこ軌道に乗った治療院を下の者に任せ、自分はふんぞり返るか自己満勉強に走る。 そしてある者は経験を積んだスタッフ達を独り立ちさせ、あとは残った患者を自分とスタッフもう一人ぐらいで診ていく者。

患者としてどちらの先生、どちらの人間が良いかは考え無くも分かるだろう。 当然小生の近しい者は全員後者である。

良い人間、悪い人間で分けてしまえば、そりゃ犯罪者以外皆良い人になってしまう。 いや、犯罪者であってもTVのインタビューで「根はイイ子だったんですよ...」となる。そんな事言ったら世の中悪い人間はゼロである。 

良い人間か悪い人間かは行為・行動だけで分けるべきでは無い。 人の良いふりして媚びへつらう人間を見切れない、自分の目の無さが悪いと気が付かねば良い先生、良い治療には一生出会えぬ。

残念ながら年寄りや子供、井戸端会議好きなオバちゃん相手ぐらいしか誤魔化せぬ世になりつつある。 

さぁ、此処からが本物、真価が問われる。 質の高い人間になろうではないか!!

2011年03月08日

パーキンソンとパーキンソニズムで出来る事。

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年に1、2名ですが毎年必ず治療のご相談の方がやって来られます。 様々な問題で病院や自分で自宅での治療・リハビリが困難でやって来られます。

真正のパーキンソン、本態性パーキンソニズムは医学的にもその病態解明は難しく、症状の原因は未だ明らかではありません。 パーキンソンニズムには症候性パーキンソニズムと言うものもあり、その中でも薬剤性パーキンソニズムに関しては唯一治療が現在可能とされています。 この薬剤性に関しては抗精神病薬や抗うつ薬に起因している物も有り、特に女性・高齢者に多く、起立性低血圧、便秘、発汗低下やうつ症状等、精神症状を合併する場合もあります。 実はこれに関しては年に十数名該当患者が居るのが現状です。

何であれ高度医療施設でもこの手の病気は困難であるのが現実である以上、当然高度医療施設で無い我々のようなところではやれる事に更に制限が有ります。 しかしその制限とは単なる一部のスケールダウンでは無く、数多くある類似疾患と、より正確な鑑別診断が必要となります。 それは検査では無い、膝をつけ合せた親身な問診から導き出されるものなのです。こればかりはいくら知識をつけてもで来る事は無い、人として内面から滲みだす答えなのです。

パーキンソンは治せなくても小刻み歩行に対して出来る事はあります。安静時振戦、姿勢保持反射障害、筋強剛に関してもしてあげれる事はいくらでも存在します。 それが我々の仕事です。

いやらしい自慢話には為りますが、昨年一昨年といらした患者さん達は皆普通に歩けるようになりました。 やれる事は必ずあるのです。 決して諦めないで下さい。  何度も言いますが、それが我々の仕事なのですから。

2011年03月09日

誰もが自分は広く浅くとは思っていない。

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最近暇ですが、お陰さまで毎日新患さんが多いです。 日々首の皮一枚って感じですナ。

今年に入りネット、ブログでの来院・質問が激増。 とりあえず頑張って返信してはいるが、マッタクもって追いつかず状態。 申し訳無いですが、今しばらくお待ちください。

流石にあまり直接的な事は此処では書けんが昔から、15年以上前から気になっていた事の一例に、心拍計(ハートレートモニター)の件が有る。

小生が前職でPOLAR(ポラール)社のハートレートモニターのセールスプロモーションをしていた事は過去に何度か書いた。Jリーグ初年度各チーム、実業団陸上部、もちろん小生もトライアスロンで使用し、そのお陰もあってか数度優勝する事も出来た。 もっとも、ローカル大会ではあるが。

心拍トレーニングと言うモノは奥が深い。 学生の頃はそれらを専門で勉強・研究していたが、途中で気が付いた事が有った。

以前から様々なSNSのコミュニティーでPOLARの情報交換も多く見受けられる。 そこでいつも違和感を感じるのが、初心者の質問よりそれらに答えている回答者に対して。

たしかに何処かで良く読んで、良く話を聞いて、良くお勉強しているようなのだが、どうもそれらが今一つ形になっているようには思えないのだ。 

そもそも何の為に心拍計を使おうとしたのか? 速くなりたいは当たり前。 誰も遅くなる為に使いはしない。 プロ選手を目指して速くなりたいのか、自分の時間・体力範囲で向上したいのか、健康維持・増進・管理の為なのか?! 当然それらによってトレーニングの内容も使い方も変わってくる。

スポーツ選手、最前線での成績向上データはたしかにその後の成長・発展に対して重要。 しかし問題はそれをどう一般レベルにフィードバック出来ているかと言う事。 車だってF1の形のまま市販車を作ったりはしない。 もちろん市販車をF1を目指して開発したりもしない。

目標・目的はもちろん、道具と使い手側の温度差がどんどん離れていってしまうのだ。

自分は詳しいと自負する者、当然その一分野を掘り下げる。 掘り下げて学べば学ぶほど、その考えは一方向へ向かう。 散々自分が学んだ事を無意味だと否定する人間は非常に極僅かだ。

此れについて自分は此処まで学ぼう、そして次はこの角度からこの分野を学ぼうとは多くの人間は出来はしない。 知識の山積みで、結局答えは出ずに終わっている。 それは医療や治療も同じである。

一言で表せば、情報のバランスが悪い。

表題の通り、その事自体に自分が一番気が付いていないのが最大の問題点なのだ。ハートレートモニターが一番難しいところは其処にある。 最大心拍測って、AT見つけて、この心拍でずっと走れて大満足で終わってしまう。 せいぜい、今月はこの心拍でこのトレーニング、そして後半はこの心拍でここまで追い込んで、さぁレース。 ウチではそんな低次元なレベルの使い方や指導は絶対しないが。

普及にはまだまだ時間がかかりそうである...

2011年03月10日

春からの進路と大学院

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不景気不景気と言いながら、学生はもとより成人でも様々な学校に通う者が増えた。 食うに必死で勉強嫌いな小生には、学校へ通うなどと言う選択肢は毛頭無かった。

以前一度書いた事が有るのだが、数年前まで付き合いのあった某体育系学校の会社訪問を受け止めていた。 しかしやって来る子たちの多くが春以降の進路希望を聞くと、進学と言うのである。 んじゃ遊びで会社訪問なのか、はたまた別の理由かと思い担当先生を呼び出し聞いたところ、彼ら彼女らは自分に自信が無いのだという。だから少しでも資格が取れたり、少しでも就職を先延ばしにしたいのだと言う。

それじゃ今まで学んだ数年間は何だったのか!? そんな事言ってたらこの先一生繰り返すぞ!!

これも書いた事だが、長い付き合いの公立校から東大へ行き、一流商社でプラント関係の仕事で海外を飛びまわっている患者さんに大学院卒の事を聞いた事がある。 その人が言うには『ウチは基本、高校高専卒しか採用しない。よほど研究職に欠員が出たら別だが。 高校高専でて経験5年、かたや大学院修士卒で経験ゼロ。 どちらが使えるか一目瞭然。給与が高いうえに、オマケに生意気な事言われたら頭クルしナ。』と言っていた。 

なかば半分ジョークとしても、世の中そんなに甘くは無い。 しかし親も世間も勉強が悪い事とは全く思っちゃいない。 むしろ100%良い事だとぐらい思っている。 学校だってこのご時世、商売。 様々な苦労はあるだろうが、声を大にして学びたい心を全力でくすぐって来る。

先の患者さんとコレマタ小生も含め3人仲良しのもう一人、その方は某大学の先生。 その人にも大学院卒の話を聞いたところ、速攻で厳しいの一言。 特に博士課程は無理の一言。もっとも人生で経験を積まねばならぬ、頭の柔らかい9年間を学内から出ぬ人生。 社会性の欠落は著しいと言う。 勿論その先生はドクターだと言う。(爆  コリャ説得力があるナ。(笑)

そもそも勉強とは、学ぶとはどういう事か?! その意味と意義は何なのか??
20代といえども我々から見ればまだまだ子供。 それを周りの大人が正しく導く。 その大人がダメだから、若者は更にダメになる。

小生の周りでもっともダメな奴は、患者が減って来ているのに悠長な奴。 気が付けば周りには患者では無く、勉強したいと言う社会性の欠落した人間ばかり。 本当の勉強を小生はスタッフにこれからも伝え続けなければならない...

2011年03月11日

暇すぎて鼻ほじってマス

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いや~、暇です。見栄張ったって来りゃバレるので隠したって始まらない。

当り前な事ではあるが、当然忙しさと言うモノは量に比例する。 仕事をするうえで重要なのは “量を重視するのか質を重視するのか” である。

両者が多く高ければ申し分無いのであるが、そうは上手くいかない。 ではまずどちらが先に来るべきなのかを考える。

とにかく質より一人でも一円でもはマズイだろう。 しかし傍から見たらそのような奴も、本人自身は決してそうは思っていない。 むしろウチは質の向上に力を入れていると言いきったりもする。 少々自分で言っていても耳が痛い部分もあるが...

分かり易いところで一日の人数でも言ってみよう。 小生のところでも保険診療を受け付けているが、この保険診療で100人来ようが200人来ようが人数は全く気にもカウントにもしていない。 まぁそもそも場末の小生のところにそんなに来んが、治療家としての実力と真価が問われるのは保険外診療である。

それ相当の料金を患者は払ってでも診てもらいたいとやって来る。 当然コチラはそれ相応の治療を提供せねばならぬ。 近いから安いから保険がきくからと言ってやって来た患者とは気持ちが違うのだ。

正直、一日5人10人の保険外診療しか呼び込めないようでは実力もその程度。 5、6年はもつが、このご時世潰れる輩は皆そのレベル。 保険外40、50人やって、あとその他諸々。 もちろん癒し系保険外は含まず。

小生も不景気のせいにはせず、頑張らねばと思う今日この頃である。

2011年03月12日

全力で。

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地震から一夜明け、皆さまご無事でいらっしゃるでしょうか?

昨晩は長時間徒歩でご帰宅された方も多くいらっしゃると思います。お疲れさまでした。 捻挫や打撲された方もいらっしゃるようで、昨夜より連絡も多く頂いております。

本日は通常通り営業いたしております。 むしろ泊り込んでおりますのでご連絡いただければ時間外でも診療いたします。

まだまだ余震等続いておりますので、ご家族間での安否確認方法等、健康と安全を第一優先でお過ごしください。

何かありましたらいつでもご連絡ください。

2011年03月13日

今できる事を皆で一つずつ

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東日本大震災で被害に遭われた皆さまへお悔やみ申し上げます。

我々一人一人にいったい何が出来るのであろうかを改めて考える。


よく「愛する人一人も救えなくて男とは言えない」と言うが果たしてそうであろうか?!


此処で話すのは不適切かも知れんが、小生が会社を辞め現在の仕事に腹をくくった時、実家の母親にある話しをした。 親父も小生も長男であり、何かの時は先に立たねばならぬ事は重々承知はしているが、冠婚葬祭何であれ、俺は真っ先に仕事を投げ出し駆けつける事は出来ぬと伝えた。 痛くて辛くて、思い上がりかもしれんが頼って来る患者を何が有っても後回しになど出来ぬと。  母は無言であったがそれから1年、関係はギクシャクした。 その後肩を痛めた母親が、小生に内緒で地元の整形外科に通い更に痛め、仕方が無くやって来た。 そこで愚息のそれなりの仕事ぶりを見たせいか、その件についての蟠りは少しずつ消え去った。


事故や事件、災害にまっ先に駆けつける警察官や救急隊、自衛隊の方々には感謝の念でいっぱいである。 今回の災害でもお亡くなりになられた警察官の方もいらっしゃる。 おそらく最後まで住民の方々の安全を最優先で考えられたのであろう。

今我々一人一人に出来る事は、社会の一部としての自分の役割である。 小生の患者の方々の多くが今週末急遽出勤である。 スムーズな物流やトラブルの無いインフラ等、様々な職種業種で円滑な社会の為に全力を尽くしているのである。 飲食店であれ何であれ、魂を持って全力でその自分の役割を全うする事が何よりもの社会貢献である。

万一に備えても分かるが、災害とは関係無い地区の者が自分達だけの為にガソリンや食べ物を買い込む姿に小生は異常に違和感を感じる。 交通手段であれ食べ物であれ、今現在我々の地区は何とでもなる。 その分のガソリンや電気、食料を災害地に回せるのではないかと何故考え無いのか!? その昔にあったオイルショックから何故学べないのか!?!?

一方では買い込む人間がおり、一方では広場でボール投げをしている大人集団がおり、また一方で救援災害地へ飛ぶ者、様々な義援活動する者がいる。 今自分達に出来る本当の事は何なのかを、今一度一人一人が考えるべきではないかと問う。

2011年03月15日

品薄、ガソリン、道路混雑に怒りを感じる!

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災害地で被災された方々にお悔やみ申し上げます。

幸い被害の少なかった都内でも、昨日は混乱の一日となりました。 停電等、もう暫くこの混乱は続くと思われます。 昨日は休診日だった事も有り、所用で院周辺地域に居ましたが道路やスーパー、ガソリンスタンドは大混雑。 その混雑は災害とは関係無い地域までも広がりつつあるようです。

その事はツイッターやネットでも問題として、下記の様にもの凄く取り上げられています。

“都内で買いだめが多発しています。料理など作れずコンビニやスーパーの食料に頼っていたお年寄りが買えずに困っています。東京は無事です。必要な分だけの買い物をしてください。お年寄りに食料が回らないのは立派な二次災害です。自ら災害を起こさないように! ”

その通りです! ガソリンだってそう、人間には二本の足が有るのです! 地震当日の大混雑で車より歩いた方が早いと分かっているではないですか! その一人一人の粗雑な意識、行動が更なる渋滞を招き、必要な物資の遅延を招き、自らが商品の品薄を生んでいるのです。 

困っているのでは無く、アナタが困った事を生んでいるのです!!

普段から歩いてでも自転車でも独りで行ける距離を、甘やかして車で送り迎えという普段からの低意識が招いた混乱なのです!!

我々が被災された方々に一番出来る事。 それは節度ある行動を取る事なのです! 買占め行列に並んでいる身内がいたらシッカリ叱ろう!! 

誇りはスポーツだけで表現できるものでは無い! 今こそ世界に誇れる、本当の日本人になろうではないか!!!

2011年03月16日

柿生鶴川新百合ヶ丘近隣情報配信

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まだまだ混乱の日々をお過ごしかと思います。 そこで当院では近隣商店や道路の無駄な混雑・渋滞解消の為、皆さまからの情報を元に、メンバーサイト内掲示板で近隣情報配信を始めました。

患者の皆さま、積極的な情報書き込みに是非ご協力ください。 尚、同情報をツイッターでも配信しております。是非フォローお願い致します。

http://twitter.com/asaosp

2011年03月17日

その行列が被災者の足を引っ張る

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まだまだ混乱の日々を過ごされている方も多いと思われます。

しかしこういう時だからこそ常識的な、いや、常識以上の行動をとれるかどうかで人間の価値と言うのが出るのではないか!?

普段どんなに偉そうな事、もっともらしい事、自分は正しいと言ってる事が真実か虚偽
かが明白になる。

殆んど災害の無い東京で今一番言われている事、それは無駄に買い集める行列だ。

必要なものを買う。それ自体は悪くは無い。 しかしその心の中に、『今買わねば』とか、『無くなったら困るから』というあるのではないか!?

他人が並んでいるから自分も並ぶ。 問題外で低レベルな人間の思考だ。

米でも水でもガソリンでも、買いに行って行列であったら、『自分は切迫していないのだから又にしよう』と全員が思えば行列など出来ぬ筈。 たとえ電車が動いていなくとも、こういう時だからこそ車で送りぬ迎えを出さない。

是こそが、水も公共交通機関も遮断されて無い我々が、今被災された方々に最低限出来る、最低限しなければならない支援ではないだろうか!?

一日も早い、円滑でスムーズな世の中に戻す為に一人一人が最大の努力をしなければならない。 今自分に出来る使命。

行列に並ぶ人間を見るたびに、悲しい思いになるのは小生だけなのだろうか...

2011年03月18日

ご存知ですか?環境に優しい柿生発電所

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都心でも計画停電が実施され、改めて電気の大切さを重要さを実感します。

今日は少し話題を変えてみましょう。

実は我々の街には日本でも珍しい、柿生発電所という名の水力発電の小さな発電所が在ります。

環境に優しく、京都議定書約束事項にもある二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素等の削減に役立っている可愛らしいミニ発電所だそうです。

ダムも無いところで何故水力発電か? と言う理由を、一部黒川情報の専門サイトより抜粋させて頂きます。


“『何故ダムもない黒川に水力発電所なのか』ということですが、これは川崎市民の飲み水である水道水が、津久井分水地(相模湖)から地中の導水路(隧道管)を経て、17.4km運ばれて、当地で12.2mの落差があることを利用して水力発電をしているのです。水路式発電所です。発電に使用された水は、一滴も無駄にせずに、そのまま長沢浄水場に運ばれて、市民の水道水となります。”(麻生区 はるひ野・若葉台・黒川の生活辞典さまより。)


う~ん、小生も知りませんでした。

今回、柿生がまったく停電にならなかったのはこの発電所とは関係無いらしいですが、我が町の誇れるところをまた一つ知る事が出来ました。



2011年03月19日

ほんの少しですが...

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まだまだ様々な物が品薄状態。 皆さん、本当に心の底から言わせて頂きます。


本当にその商品、今行列を作ってでも絶対買わなければならないものですか!?


昨日来院された男性患者さんが、自分のウチもそろそろトイレットペーパーが無くなると言っていた。 もともと業務用で買い置きが有るからお分け出来ますよと言うと、

『いいのいいの、水でジャっと洗って、お尻用のタオル置いときゃイイんだから。向こうじゃみんなそうだから。』

仕事でいつも海外を飛び回っているその方、流石。


ガソリンスタンドの大渋滞、本当に違和感で迷惑で気を疑います。 本当にあそこに並ぶ全員が全員、今すぐ入れなければならない人なのですか?! 無くなったら困るからって人は一人もいないのですか!?

こちらは道路も陥没して無けりゃ、脱線もしていません。 バスだって電車だってまだまだ全然動いているじゃありませんか! そんなにガソリン心配なら、今入っているガソリン使わないで車以外使えじゃイイじゃないですか!! みんながみんな、全く歩けない車イス生活なワケじゃ無いでしょうが!!

その理由、言い訳、ホントに矛盾していませんか?? 自分に都合が良い言い訳していませんか!?!?   子供の頃、親父は忘れているかもしれないが、男は言い訳するな!とよく言っていた。 他人へはもちろん、自分で自分に言い訳するなんて、人として腐敗の一途を辿るのだ。

無きゃ無いなりに有るもので生活しましょうよ。 そして困っていたらお互いで分け合って助け合って生活しましょうよ。

待合室で患者さん用に取り寄せている各種ドリンク。 スタッフ分で取り寄せている小さな牛乳パックがほんの少し有ります。 無くなって困っている方にはお分けしてます。 行列に並んで混雑、混乱を少しでも削減できるのであればトイレットペーパーでも何でもお分けします。

募金もそうですが我々に今できる事、小さな事ですが日本人としてモラルと誇りを持って、今だからこそこれからの未来・子供たちに胸を張れる行動を取ろうではありませんか!!

2011年03月20日

明日21日は全額東日本大震災義援金へ

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患者様に今回震災に遭われたご身内の方をお持ちの方が多くいらっしゃいます。心よりお悔やみ申し上げます。


今我々に出来る事、しなければいけない事、してはいけない事を日々日記に書いておりますが、当院として出来る事として休診日の明日特別診療を行い、全額を東日本大震災義援金として送りたいと思います。

今回ばかりは癒しマッサージでも何でもやらせてください。


院長が一人ですべて手だけで30分¥2,000-で治療いたします。1時間ご希望の方、応相談。
一人で診る都合上、検査等の問題で新規外来は基本お受け出来かねますが、こちらもご相談ください。

営業は午前10時より午後3時まで。2Fラボ利用も可能、その料金も全額寄付いたします。

院長私ひとりで診る都合上、時間等ご迷惑をかけるかもしれませんがご了承ください。
経営者としてスタッフ君達を消耗させる訳にはいきません。彼らには痛くて困ってやって来る方の為に、健康で円滑な世の中の為に、また翌日から全力で仕事をしてもらいます。それが一番の社会貢献なのですから。


治療で無くてもお近くまでお越しの方、是非募金の為だけでもお立ち寄りください。 ガソリン、電車賃もかかるとは思いますが、それも是非協力と思って頂ければ幸いです。

お電話、ご協力心よりお待ち致しております。


院長 大友

2011年03月21日

歳だけとったコドモ大人

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小生が昔から言い続けている事が有る。

“子供はやりたい事はやりたい、やりたくない事はやりたくない。 大人はそれじゃダメだ。 大人はやりたい事をどれだけ我慢できるか、やりたくない事をどれだけやれるかだ。 だから子供の頃学校で他人の嫌がる事をやりましょうと教わるだろ!”


幸運にも災害が最小限で済んだ都内近郊。 にも拘らずナンだ! この日々の混乱は!! 停電、電車の運行は仕方が無い。 しかし、スーパーやガソリン給油の行列は一体ナンなんだ!!

無い者が買うならまだ話しが分かる。しかしまだ有るにも関わらず行列に並ぶとは何事だ!

先日患者が、知人が万が一の時に子供を迎えに行くからガソリンが無いと困ると話していたと小生に言って来た。 勿論、その患者もその自分にだけ都合の良い言い訳を腹立たしく思っており、今後の友人関係を見直すとも言っていた。  先週の金曜夜、あれだけ渋滞を目の当たりにしても何故学べないのか!?


未成年が親の世話になる。これは当然。   二十歳を過ぎ成人しても尚、親に学費を払ってもらい学校へ行く。 三十代になり親の援助で何かを始める。 四十代で親が元気なうちにと、もちろん負担してもらい二世帯住宅。  五十を過ぎ、相続で引っ越し、新たな家を買う。 賃貸にでも住めよ!! 

まぁ、こんな感じで一生親離れなど出来ぬ “コドモ大人” が世に増え、さももっともらしい事をのうのうと言い放つ。


いつの日から日本人は『有るもので我慢する』という気持ちを忘れたのだろう。 無ければお互い助け合う気持ちを忘れたのだろう。 少なくとも普段から物に溢れる都内近郊に住む人間ほど忘れているのではないか。


米やティッシュ、ガソリン買い込み行列に並ぶ人の数だけ、コドモ大人が居るのだろう。 列を見るたび、怒りを感じるのは果たして小生だけなのだろうかと思う...

2011年03月22日

幸せな休日

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幸せとは一体何であろうか? このような未曾有の事態で一層考えさせられる。


物やお金に囲まれた生活が幸せの頂点であろうか。 小生が思うには安全と健康は全てに於いて優先し、その意識の上に成り立ってこそどんな事であれ幸せと言えるのだと考える。

寝てる時、食べている時が幸せとよく言うが、それは今だけの事。 その幸せ第一優先で食べ続け寝続けたらどうなるか!? 安全と健康を優先させた上で、はじめて食と休養が存在するのだ。

しかしその安全と健康ですら、今だけの視点では人として大きく外す事だってある。 今回の震災による原子力発電所問題、脳科学者の茂木健一郎さんが、

『東京から、退避する方がいらっしゃるのは、もちろん構いません。その方の自由ですから。一切責める気などありません。問題は、交通網の能力を超えた、大量の退避行動が起こること。そのような「パニック」を煽るような言説を流す人は、無責任だと私は考えます。 』

と言っていた。 自分が正しいと思ったことでさえ、一歩間違ったら大きな問題に発展するのである。 ガソリン給油渋滞も商品買い占め問題も、基本的には各々はそれが正しいと思ってとった行動の集まりなのである。

幸運にも小生の周り、患者の殆どが今回の様々な行列・大衆の行動に違和感を超えた怒りすら覚えると言っていた。 行列に並ぶ人間の数だけ、自分は助かればと思う人間が居ると言う事なのだ。


微力ではあるが、休診日の昨日限定で診療代金を全額義援金送付する治療を行い、賛同して頂ける患者を募った。 僅か一時間で一コマ残らず予約は埋まり、キャンセルどころか遅刻ひとりいなかった。 それどころか募金だけで訪れてくれる患者も多く、来院された方も自分以外の家族の分と、多くお金を入れる患者が多かった。


休日だからと言って使うエネルギーは同じだと考えるのが体育学部流。 社会人時代などはむしろ休日の方が普段より多く泳ぎ、走ったりもした。 体力的に疲れるのは休日の方だ。 そもそも休日、休みなどと言うのは気持ちの問題だけ。 安い・近いという、低い意識で治療にやって来る患者が居ない事が、昨日の企画に賛同して下さった人数に繋がったのだろう。

昼休み抜きでブッ通しでやったが、あんなに楽しく嬉しく疲れない、幸せな休日を送れた事に、そしてそれは皆一人一人の気持ちの上に成り立っている事にとっても感謝し、それを実感した有意義な一日であった。


今週一週間、待合室に募金箱を設置しております。 お目にとまった折は、是非ご協力ください。

2011年03月23日

無神経な業種

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今回の震災、様々なところにまだまだ大きな爪痕を残している。 

被災も無く、停電程度、混雑程度で文句を言っている我々は人としてどうであろうか。
むしろその程度で済んでいる事に感謝し、授かった生命・使命を人として使わねばならないのだが。

町田で商売をしている友人は、地震以来客足が遠のいているという。 しかも停電が有る日は客は入れられず、さぁ停電終わりました来て下さいと言っても来る事は無いと。

小生のところは幸いにも今現在停電には遭遇していないが、それでも暇である。まぁそもそも暇であるから開き直ってはいるが。

それとは逆な事をある患者が言っていた。 コンビニに勤めるその人が言うには、地震後2日は通常の3日分売り上げが有り、店長は喜んでいたと。 当然その後は品薄で低迷するが、一時でも喜んだと言う事に違和感と不信感を抱いたという。

ネットでもこれを期に商売しようとする輩もいる。 もしくは自分の商売は影響が無いせいか、無神経な言動をしている者もいる。 様々な方面に配慮を欠いた者、当然本人は気が付かぬ。

アラブの大富豪が大金を恵まれない者に寄付をし、自分の善意に陶酔するが、豪遊生活は変わりはしない。 小生の親友とも呼べる友人が、ある悪役プロレスラーの話しで例え偽善であれやらぬよりやる方が良いのは当然だと言っていた。 わざとアンキャッチなコピーを言っていたが、十分男気に溢れ、超善意魂の塊である。

昨今話題に問題になるプロ野球開幕問題。開幕を決めたトップのオヤジはどんだけ魂が有るのか!? 全然困ってネーから無神経な奴らだと思われても仕方が無い。 一部の人間達のせいでその業種・業界が無神経だと判を押されてしまうのである。 男気溢れる選手たちの意を汲んでいない人間がトップに立っている事実に、今後選手会は立ち向かう事にきっとなるだろう。

良い悪いでは無く、問題はハート。 大切なのはその心。 心使いと言う様に、意気消沈した者に一番必要なのは心をどう届けるか、使うかなのである。

今現在のネットは今思った事が発言が、すぐに多くに配信されてしまう。しかもなかなか取り消す事が出来ない。 まぁ、子供の頃親に一度口から出た言葉は取り消せないんだぞ!と言われて育った事が無い世代・人間なのだろう。


多くの者がまだまだ苦しい生活を虐げられる現在、本物のお互いを思いやる配慮のある気持ち、行動を取らねばならない。

2011年03月24日

戦争と原爆から学んだ事

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未曾有の大災害となった今回の東北大震災。 今現在も原発の放射能漏れに混乱と不安に駆られる日々を過ごす国民も多く居る。

目に見えぬ放射能の情報が毎日一方通行で流れ込んで来る。 それを信じるか信じ無いか、悩むポイントをその一点に絞り、そこから先の行動は一切悩もうとなどはしない者も多い。


今だからこそ世界で唯一、原子爆弾被爆国の我々だから、世界へ向けて取れる行動があるのではないか。


放射能が何シーベルトが危険だと言う情報は、世界中どの国でもわかり得る事。 そんな机上の理論では無い、被爆国の我々だから発信できる情報があるのではないか。


脳科学者の茂木健一郎氏やサッカーのラモス瑠偉氏らも言う通り、地方や海外に避難する事は個人の判断であり、それを否定するつもりは小生も甚だ無い。
しかし、広島や長崎から数百キロ離れた地に居た者を、当時の人々は被爆者としたであろうか。 規模も状況も違い、科学的根拠に少々欠ける考えかもしれん。 しかし当時福岡や大阪に住んだ者にどれだけ影響があったと言うのであろうか。

にも拘らず原発から数百キロ離れる都市の人間が、家族、母子を安じ神経を尖らせる必要がどこまであるのであろう。 心配だからと言って、全員が海外に逃げ水を買い漁ったらどうなるのだろうかは誰もが容易に想像がつく筈である。


長野に今年93になる爺さんが居る。 戦争当時自分の部隊を持ち、サイパンへ行かされ、横浜に現在も停泊する氷川丸で引き上げて来たそうだ。 戦争へ行く前、戦時中、そして敗戦後と、一体どのような気持ちで過ごしてきたのだろう。 田舎に行き、当時の話しを直接聞くと、自分でも理由の分からぬ涙がとめどなく流れてくる。 今も尚、爺さんの中では戦争は続いているのである。


戦争とは武器で戦うばかりでは無い。 血を流し合うだけが戦争では無い。


いったい日本人は、戦争と原爆から何を学んだのだろう?


もう一度言いたい。 今だからこそ、被爆国、敗戦国の日本人にしかとれない行動を、世界に向けてとるべきではないだろうか。

2011年03月25日

ツイッターはバカに刃物わたすようなモノ

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そもそも情報と言うモノをどう捉えるか? 特に今回のような不測の事態では多くの情報が錯綜し、正しく読み取る事は困難を極める。

世にネットが普及してからは、更にその能力が問われる。

真っ先に持ってくるには少々陳腐だが、以前あるコラムで若者の恋愛とネットについて書いてあった事が有る。 その昔、想いを伝える為にラブレターなる手紙という手段があった。ペンを持ち、何度も書き直し、そして郵送。 先方に届くのに数日、向こうが書くのに数日、またこちらに届くのに数日。 その間こちらはこう書けばよかった、もっと待てばよかったとか、こう書いてきたらこう書こうとか、こう言われたらどうしようとか、色々思案したものだ。

それが時代が変わり、手段が携帯メールなどになった瞬間、今の感情を今すぐ伝えてしまい、相手も突発単発な感情で返してきてしまう。 うまく行かねばトラブルになり、例えいったとしても希薄な感情のやり取りになってしまうのである。


たしかにネットやメールは瞬時に多くの情報交換が出来る画期的なツールであるが、それと同時にその多くの情報を精査する能力を高く求められるのも事実である。

先日もある患者と話していたのだが、40代50代でネットについていく者は何も無い時代からの変化に努力をしてきた者、しかし30代は初めから当たり前のようにあった者たちだと。 当たり前のように便利に楽に使ってきてしまった世代。 しかし10数年経ち、今ネットの存在意義は大きく変わろうとして来ている。 恐らく今の20代は今後山積する問題点をうまく学習して行くであろう。

何が言いたいかと言うと、30代の若者たちネット、様々な繋がりが非常に希薄なのである。

情報が沢山ある時代なわりに、全く使えてない者。 ウチで言えば、ネット検索で見つけたと言うワリに内容など一切読んではいない。酷いと場所や値段も見やしない。 30代に多いのが、自分は上手く使っていると自負している割には、目につく好きな情報だけをつまみ食い。 好き嫌いで完全に偏った情報搾取である。


ツイッターは非常に良いツールだが、一歩間違えれば希薄な言葉の羅列になり、しかも読む者が陳腐な情報処理意識で、結果たんなる言い放ち吹き溜まり、2ちゃんねると大して変わらぬ存在に成り下がってしまっている。

相手を読み取り、意図を汲み、考え、そして和を以て貴しとなす

希薄な先には希薄しか存在しない。 情報を上手に使おうではないか。

2011年03月26日

長期的恒久的な復興支援とボランティア

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時間が経つにつれ、災害そのものだけでは無い、真の爪痕、全貌が見えて来た。

日本国内にとどまらず、世界各国の方からも多くの支援を頂いている事にとても感謝する。 しかし、災害が大きければ大きいほど復興には時間がかかり、短期では無い長期の支援が必要となって来る。

損保の考えとして、一年目の支払額より二年目以降の支払額の方が多い契約内容が一般的。 一見逆なようにも思えるが、実際給付される側からすれば一年目より二年目の方が蓄え余力も底をつき、苦しさが増大するからなのである。

そのような観点からすれば継続的、且つ一定生活確保まで支援の手は右上がりにしなければならないのである。

患者さんで何十年もの間、ある施設の方々に音楽のボランティア活動をされている方が居る。 簡単な事では無い。 その方が長く継続できる秘訣がたった一つあると言った。 それは完全無償は絶対続かないと言う事だ。 それは決して金銭だけという意味では無いのだが、考えてみれば昨今問題になった某テレビ局が長年毎年開催している長時間チャリティー番組の出演者に、我々が思う以上のギャラが発生していたと言う事があった。   もちろん悪い風にもとれるが、だからこそ長く続いていたのかもしれない。

現在も食品メーカーがインスタント食品などを何十万食送ったとも聞く。 しかし永遠に送り続ける事などは当然不可能。 大切な問題はここから。

個人の短期的な思考・行動による支援やボランティア活動は致し方無い。 しかし企業や団体活動ともなればそれでは駄目だ。 長期的な支援を考えたうえでの行動をどうとるか。 やらぬよりやった方が良いうと言う考えは、あくまでも個人レベルでの話だ。


今だからこそ多くの人の心を引き付け、個々では弱い力を一つにし、決して場当たり的では無い支援が企業や団体に求められるのだと思う。  微力ではあるが小生も仲間達と、進めなければならない幾つかの事を地道にやっていこうと思う。

2011年03月27日

あの日から16年の戦い

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もうかれこれ16年の月日が流れた。 寒さ厳しい1月17日、阪神・淡路大震災。 まだまだ記憶に新しいであろう。

今回は更にそれを上回ると言われている東北地方太平洋沖地震、16年前からいったい我々は何を学んだのであろう。

患者の中にも阪神・淡路大震災を経験された方が多くいらっしゃる。 その話しを聞くたびに、東京や神奈川に住む我々がとった行動の愚かさを感じる。

略奪こそなかったが、言われるまでも無く当然である。 世界に称賛されイイ気になっている場合では無い。 人として最低限してはいけない、いや人間失格な行為であるが、それ以外にも今回いくつもの人間失格の行為を取っているのだ。

阪神・淡路で多くの方がお亡くなりになられた原因に火災が有る。 幸いにも今回都心部では大きな火災は発生しなかったが、それは結果論。 当日の自動車の交通渋滞を見ろ、もしもあれで大火災が発生でもしていたら消防・救急車両はいったいどうなっていたかは想像が付く筈だ。 にも拘らず車で送り迎えに出るとは、人命を重んじない卑劣な行動以外の何物でも無いのだ。 災害時には車を出さない というのは常識だ。


当時神戸に住む小生の知人が数名いる。 家屋等には損壊はあったが、皆元気であった。 しかし完璧に元気かといえば、少々話が違う。 一番親しい友人はその日を境に視力を失い、現在ではほぼゼロに近いと話しを聞く。 

阪神・淡路大震災当時、その地方で治療院を営む者が言うには数週間後から病院も我々も患者が急増したらしい。 ピンと張詰めた気が一気に限界を超え、様々なストレスが爆発したのだと言う。 怪我・負傷以外にも、現在でも多くの人が様々な影響と戦っているのである。


今我々が出来る事、しなければならない事は商品を買い漁る事でも、並べて売る事でも無い筈。 健康と安全を重んじれば、自ずと自分自身、家族の為、皆の為にとらねばならぬ行動が見えてくる筈なのだ。


本当に素晴らしい街、都市、世界に誇れる国にする為に、まだまだ我々は学ばなければならない事が多くあるようである...

2011年03月30日

日本はこの困難に対し決して孤独ではありません

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『タイの発電所、日本に丸ごと貸し出しへ』

こんなニュースが目に飛び込んだ。


「日本に貸し出されるのは、巨大な煙突、タービン、発電機といった発電設備一式、これを2セットです。発電所ほぼまるごと、日本に移設されます。

 東京電力に貸し出されるのは12万2000キロワットのガスタービン発電設備2機などで、およそ24万世帯分の電力を賄うことができます。この発電設備は日本製で、95年から稼働していますが、現在はピーク時を除いて使われていないため、電力不足に悩む日本に無償で貸し出すことになりました。」


タイ人の友人もおり、タイを訪れた時も大変親切にして頂き、親日でもあるタイの人々の温かさをとてもよく肌で感じた。


「日本はこの困難に対し決して孤独ではありません。何でもサポートします」(タイ電力公社の社員)

ただただ、涙が出て来た。

2011年03月31日

義援金治療、募金のご報告

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3月21日に行いました全額義援金治療、並びに先週一週間待合室に設置いたしました募金箱へのご協力誠に有難う御座いました。 合計金額¥91,239-、日本赤十字社へ昨日送金させて頂きました。 今後も我々に出来る事を皆で考えていければと思います。

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