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トレーニングの意味と意義

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健康である人間、特に若者は身体を鍛えたいと思い、トレーニングをしたいと言う。

身体に不具合のある人間、初老(正確には40代以降)で自分はまだまだだと思い、筋力をつければ動けるからトレーニングをしたいと言う。

学生・社会人時代、共にスポーツ関係以外、身を置いた事の無い小生に哲学的な脳みそはまったく無い。 それでも何故自分はスポーツをやるのか、したいのか? スポーツ、運動と言うモノの “意味と意義” を19、20歳からずっと考え続けている。

ここで小生が意味と意義の定義を書くのは専門外なので、各自各々調べて欲しい。  大切なのはそのような事を考えながらトレーニングをしているのかどうかなのだ。

バーベルを挙げるのはトレーニングだが、そのバーベルと挙げる事に満足をしてしまっているのか、そのトレーニングの先にある目標を考えながらバーベルを挙げているのか。  重量挙げ、ボディビルなら前者中心でも良いのかもしれないが(厳密には違うが)、大多数の人間は違うであろう。 ましてや怪我からの復帰となれば問題は大きく変わって来る。 当然指導する側の思想をともなうスキルの高さを要求されるのだ。

昨日の新規スポーツ外来でやって来た患者さん2名には、患者としての高い意識を感じられた。 今までその意識に答える治療やトレーニングに巡り合えなかったとしたら、それは我々健康・スポーツにかかわる人間全体、業界全体の未成熟な部分を反省する。 本気には本気で答えるべきなのだから。

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