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運転免許の存在意義

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今月より飲酒運転の罰則が更に強化されたが、以前違反者はなかなか無くならない。
昨日も所用で高速道路を走ったが、運転中に堂々と携帯電話で話しているのを3台も見かけた。 高速道路でだ。

今朝のニュースでもそうだが、未成年者の事故も依然後を絶たない。

ここで少々個人的な事を。

小生が高校生の頃、バイクの免許を取りたいと父親に言ったら、 『勝手に取って、勝手に死んで来い!』 ぐらい言われた。 もちろんびた一文金は出さず、バイトして取りに行ったが、死ぬ可能性が高いものだという事を父親なりに言ったのだと高校生ながら理解した。

二十歳になり、自動車の免許を取りたいと父に言ったら、 『ダメだ! バイクは自分が勝手に死ぬが、車は他人を傷つける。お前には他人の責任を負える立場じゃ無い!!』 と言われた。 それでも金をため説得するまで時間がかかったが、最後まで良いとは決して口に出さなかった。

数年前、この話を年頃の女の子がいる患者に話したことがある。 娘さんも患者で来ていたので小生も良く知っている。 その子が免許を取り、すぐに近所で事故を起こした。 幸いにも大した事故ではなかったが、母親がこんな話を言ってきた。 「車(自宅の)に乗る時は、必ず親に承諾を得てから乗りなさいと言っていたんですが、勝手に乗って事故を起こしたんです。 その時先生の話が真っ先に頭をよぎりました。」 と。 自分の子供だけは違うなんて事は絶対無いのだと。 その後娘さんも気まずそうに治療にやって来た。

賛否はあるだろうが、俺は自分の父親のその考えを誇りに思う。 大抵の親は、 『バイクは怪我するから車にしなさい』 と自分の子の事ばかり考える。 “人様・世間に迷惑をかけない子供に躾ける”のが当たり前だという世の中は、とうに死んだのかもしれない。

ハンドルとアクセルとブレーキ操作ができたら運転できると、本気で思っているのだろうか?!

本当に教わらなければならない、教えなければならない事があるということを、こんな時代だからこそ考えなければならない。

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