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勝利とドーピング

昨日、国際オリンピック委員会(IOC)はスイスのローザンヌで開いた理事会で、北京五輪の陸上男子ハンマー投げで2位、3位の選手をドーピング違反で失格とする事を決定した。これにより当初5位の室伏広治(34)=ミズノ=が銅メダルに繰り上がることになった。

ドーピングが良い悪いと論議し、その理屈を選手に説いたところで変わらない選手は変わらない。その選手には辞めれない理由がある。

景気後退だと言っても、日本はまだ豊か。 就職難と言ってもより好みしなければ、収入の糧はある。最低限の保障の手もある。 最低限の保障で最低限の生活ではダメだと思う気持ちが、強いか弱いか。 

自己申告タイムが自分より少し遅い、場所もよくわからない国の選手と競い合うと、最後の最後で強いのはやはり彼ら。 彼らにとっては遥か遠いアジアの片隅の小さな日本に、世界陸上などで来れるチャンスなど千載一遇の好機なのだ。 自分だけでは無く、親戚一同の生活がかかっている。 だがそんな彼らほど、ものすごく純粋で心がまっすぐだったりする。 親兄弟の顔に泥を塗るような、恥は決して行わない。 どん底じゃない奴らに限って、中途半端な事をしやがる。 

そもそもスポーツは一体何の為にやるのか?

金の為に何でもやるなら、銀行強盗と大して変わらんよ。

自己表現、自分自身への挑戦なら、すべて自分自身でやってこそ、初めて自分でやり遂げたと言う事になるのではないか。 たとえそれがドーピングでなくとも、他の物、他の力を借りれば借りるほど“自分自身で”とはまったく言えないのだ。 

親の車でクラブチームまで送り迎えされてプロの選手になった奴より、寒空の下、大きなカバン背負って鼻たらしながらチャリンコで練習に行ってた、部活動レベルのスポーツ歴の奴の方が何倍も評価される。 まっすぐな気持ちでスポーツに取り組める子どもになるかどうか、真の勝利を掴めるかどうかは全ては大人にかかっていると言う事だ。

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2008年12月12日 08:01に投稿されたエントリーのページです。

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